sumika片岡健太のエッセイ連載「あくびの合唱」/ 第7回『おもてなしの神』
公開日:2024/12/28
ベッドのマットレスが壊れた。
真ん中の部分だけスプリングが凹んでしまい、寝ようとすると身体がくの字になってしまう。8年間、毎日身体を支えてくれた相棒に粗大ゴミシールを貼って、僕は新しい眠りのお供を探しにいくことにした。
ネットで見つけた、近所で最も多くの種類のマットレスを置いている寝具店。老舗感のある店構えだが、最近よく広告で見かける新しいブランドから、高級品まで幅広く取り揃えているようだった。
店に入るなりスタッフの方が、「いらっしゃいませ」と優しいトーンで声をかけてくれた。白髪眼鏡に蝶ネクタイを結んだその方は、話を聞くと勤続35年の大ベテランらしい。包容力のある笑みを浮かべながら、「わからないことがあったらなんでも聞いてくださいね」と言ってくれた。安い買い物ではないからと、やや食いしばり気味にしていた口元が思わず緩む。兼ねてから抱えていた睡眠の悩みも、このタイミングで解消できたらと思い、遠慮なく相談させてもらうことにした。
まずは腰痛。
7時間以上眠ると決まって腰が痛くなっていたので、解消するためにはどうしたらよいか尋ねた。
「マットレスの硬さが合っていないのが原因で、睡眠姿勢が悪くなっていそうですね。寝返りも上手く打てていないのかもしれません」
そう言って、いくつかのブランドのマットレスを教えてくれた。
「このブランドのコイル構造は人間工学的に〜」
「こちらはマットレスの上にもう一枚マットを敷いたミルフィーユ状の作りになっていて〜」
など解説を入れつつ、予算面も加味した松竹梅のプランを提案してくれた。実際に寝転がって試させてもらい、それを横からスタッフさんが見て確認する。
「お客様の骨格的に、このマットレスは向いていないかもしれませんね」と言ったものが松コースの最高級品だったので、僕は「売上よりもお客さんファーストで考えてくれる、いいスタッフさんに巡り会えたな」と心打たれた。加えて「他にもまだ悩みがあれば、多角的に見て最適なマットレスを選びましょう」と言ってくれた。
ライブが続くと首を寝違えやすくなるのも悩みの種だった。それを相談すると「マットレスの硬さと、枕の高さや硬さの相性が悪いのかもしれませんね」と言って、我が家の枕に似た素材のものを店内で探してきて、先ほどのマットレスの上に乗せてくれた。枕の営業を一切せずに、我が家の環境を考慮した提案の数々。思いやりに満ちたスタッフさんの株が、天井知らずに上がっていく。
うっかりうつ伏せで寝てしまう日があること、夏場の寝苦しい夜の過ごし方、交感神経が昂って眠れないときの対処法など。スタッフさんを信頼しきって、気付けば思いつくすべての悩みを打ち明けていた。それらを受け止めた上で「うん。これしかない」と呟き、いよいよベストなマットレスを提案してくれた。
「先ほどご提案したAというマットレスの上に、本来単体ではお売りしていない、Bの上部にあるマットを組み合わせたものでいかがでしょうか」
「O.M.O.T.E.N.A.S.H.I」という、滝川クリステルさんのジェスチャーが海馬を駆け巡る。ルールを越えて、人に尽くしてくれる真のおもてなし人が、こんな近所にいたなんて。感動に包まれながら僕は魔改造マットレスの上に寝転がった。気に入らない部分があったら真摯に言わなければ失礼だなと思い、背中に感じる圧倒的な“しっくり感”にたゆたいながら、購入の意思を伝えた。
すると、スタッフさんは何か忘れものをしたかのように「申し訳ありません。一点だけ大事な説明が漏れておりました。マットレスの左側に寄っていただいてもよろしいですか?」と言った。僕はその通り左側に寄る。
「それでは失礼します」と言って、右側の空いたスペースにすみやかに乗り込む白髪。右を見ると間近に蝶ネクタイが迫ってきている。数十分前に出会ったばかりの僕たちは、今同じベッドの上で添い寝している。
「寝転がったままで失礼いたします。ご覧の通り、誰かと一緒に寝た場合も、このマットレスは左右のユニットが分かれているので干渉しないのです。添い寝している相手にも、そしてお客様自身にも迷惑をかけない。大変優しい商品となっております」
スタッフさんは嬉しそうに、目を輝かせながら説明してくれた。
我が家にマットレスが届いてもうじき1か月が経つ。
1人で寝ているのに無意識に左側に寄って寝てしまうのは、おもてなしの神と添い寝している残像が消えないからだろう。左側のスプリングだけが凹まないかをやや心配しながら、今夜も格別な眠りにつく。

編集=伊藤甲介(KADOKAWA)
<第8回に続く>神奈川県川崎市出身。sumikaのボーカル&ギターで、楽曲の作詞作曲を担当。キャッチーなメロディーと、人々に寄り添った歌詞が多くの共感を呼んでいる。これまで4枚のフルアルバムをはじめ、精力的に楽曲をリリース。ライブでは、人気フェスに数多く出演するほか、自身のツアーでは日本武道館、横浜アリーナ、大阪城ホールなどの公演を完売。2023年には、バンド史上最大規模の横浜スタジアムワンマン公演を成功に収めるなど、常に進化し続けるバンド。