矢部太郎とバッドボーイズ清人、新作漫画執筆のため福岡へ2人旅。放浪の画家・山下清展で感動に震える【紀行&対談】(前編)
更新日:2024/12/30
お笑い活動をしながら漫画も描くという芸人ではとても珍しい共通点を持つ同期芸人の矢部太郎とバッドボーイズ清人。そんな2人が旅に出て、新作漫画のテーマを探すというのが今回の企画。
ことの発端は、偶然互いの新作の発売日が近かったため実現した今年4月の対談。久しぶりの再会に盛り上がり、「旅に行って一緒に漫画を描こうよ」ということになり、すべてがスタートした。
そして向かった先は、清人の生まれ故郷である福岡。果たして2人は新作コミックエッセイのテーマをこの旅で見つけることはできるのか⁉︎ 1泊2泊の漫画旅の様子とインタビューを、前・後編に分けてお届けします!まずは1泊目。
コミックエッセイ旅・福岡編1日目①
奇人・矢部太郎と清人は仲良くなれるのか⁉︎ 手始めに博多ラーメンで接待
11月下旬のある週末。矢部太郎とバッドボーイズ清人は、仲良く隣り合わせの座席に座って羽田空港を飛び立った。向かう先は福岡。目的は「新作漫画のテーマを見つけること」。インスピレーションを求め、現地では画家の山下清さんの巡回展鑑賞、そして清人の生まれ育った志賀島巡りを予定していた。なお、この旅はBSよしもととの合同企画であり(放送は12月30日、詳細は欄外を参照)、その撮影スタッフと編集部記者が同行している。

福岡空港に降り立ち、博多駅周辺で動画のオープニングを収録したのち向かったのは『秀ちゃんラーメン とんぼ店』。旅の目的とは関係ないが「美味しい店に連れて行ってほしいな」という矢部の要望に応え、清人が予約した店で腹ごしらえ。ちなみに店主のあかみねとんぼさんは元芸人。バッドボーイズが福岡吉本に所属したときの一つ上の先輩だった。「矢部さんにとっても叔父貴筋にあたるから」というのがセレクトの理由。言うまでもなく、ラーメンはうまい。餃子をいってからとんぼラーメンというのが清人のおすすめだ。

空腹を満たしたのち、ホテルにチェックインして1時間ほど休憩。その空き時間を利用して矢部、清人それぞれにこの旅の意気込み、そして互いに仲良くなれそうか、感触を聞いてみた。まずは矢部太郎から。
――「旅しながらコミックエッセイを描く」という今回の企画は、矢部さんが言い出しっぺと聞きましたが、どんな意図があったんでしょうか。
矢部 非日常みたいなものと密な関係があるのかなと思います。自分の中にあるものを出すというよりも、旅先であったことを描きたいというのがまずはあったような気がします。普段描くときも「きっかけ」みたいなものがどこかにあるわけですけど、今回は旅先で目にしたものとかそこから得られる感覚だったり刺激だったりに、きっかけを求める気持ちがあったんだと思います。
――紀行文的に描くこともできるでしょうけど、旅先に身を置くことで東京での日常だったり過去の出来事も普段とは見え方が違ってくる気がしますね。
矢部 海外旅行だとすごいわかりやすいと思うんですけど、外から自分の普段の生活を省みることで、ああ、僕の日常ってこうなんだなってわかったりすると思うんです。それって国内旅行でもあるような気がします。
――ホテルにチェックインしたところですが、どんな気持ちですか? 漫画家とか小説家とか、個人的な表現活動をする方は、つるむのが苦手そうという印象がありますが。
矢部 共有できるのは楽しみですよね。清人さんと話したりできるから、創作の悩みが半分くらいになりそうですよね。でも、清人さんからアドバイスを求められたとしても、僕は答えられるかわからない。描きたいものはそれぞれだと思うから、安易に答えていいものなのか……そこは不安です。あとプレッシャーはあります。自分はできていないのに、清人さんは順調に進んでいたりしたら……そういうスピードの不安が(笑)。
――これまでの清人さんとの関係はどんなものだったんですか?
矢部 う~ん、同期の芸人以上でも以下でもないかも(笑)。友達と言えるほどは濃密な関係ではなかったです。でも芸人で漫画を描く人はほとんどいませんし、絶対旅は楽しいから、これをきっかけに清人さんと仲良くなれたらうれしいです。そのうえで最終的には出来上がる作品がいいものになったらいいなと思います。
――この旅で矢部さんが楽しみにしていることはなんですか?
矢部 山下清さんの絵画展を観たいというのが一番ですね(福岡県立美術館で行われた『生誕100年 山下清展-百年目の大回想』)。僕はこれまで、山下清さんは対象を全部記憶して、後から描いていた方というイメージを持ってきたんですね。それをまず確かめたいんです。僕も自分の記憶にある思い出とかそのときに感じたことを描いているわけで、実は山下清さんがやってこられたことと、近いんじゃないかと思っているんですよね。あの花火の絵(山下清の代表作『長岡の花火』)って大玉は1発ずつでしか上がっていなかったらしいんです。でも清さんの絵だと何発も同時にドドドドドーンって打ち上げられている。あんな瞬間はなかったはずなのに、でも清さんの中にはあるんですよね。それはエッセイ漫画にも通じるんじゃないかなと思うんですよね。
――山下清さんの心象風景を描いている、と。
矢部 まさに心象風景という言葉ですよね。実際に起こったことじゃなくて、その人にとっての真実を描いて残すものだから、なんか僕のやっていることと近いんじゃないかなと思っていて、それを確かめたいな、と思っているんです。
――矢部さんはアーティストですねえ(笑)
矢部 山下清さんをレンズでたとえると、偏光レンズだと思うんです。その、かなり曲げられた光が映す映像というのはピュアに自分の描きたいものなんだと思うんです。でも僕は、自分が描きたいものはもちろんあるけれど、読者の方には今こういうのが受けるんじゃないか、という気持ちもあるから……。そういうことじゃなく、山下清さんの絵画からなにかを受け取りたいな、という希望もあるんです。
――読者の反応ってやっぱり気になるんですか?
矢部 読者アンケートとかに縛られず、ゆるく好きなように治外法権的にやらしてもらってきたんです。でもやっぱり気にはなりますよね。
――ほかにも楽しみはありますか?
矢部 福岡は清人さんの地元ですから、彼の思い出の場所に行くことで僕も追体験できるかなって。そうすることで清人さんのことをもっと知りたいし、彼が描く作品をみんなより楽しめるようになれたらなと思うんですよね。
続いて清人。同期の芸人と言っても年齢は上。そして漫画歴も長く『大家さんと僕』で手塚治虫文化賞を受賞している矢部太郎に、若干の気後れがあるそうだ。なにより穏やかさや丁寧さの陰からチラチラとのぞく「何を考えているかわからない」矢部のたたずまいが恐ろしいと言う。
――ことしの春に『おばあちゃんこ』で漫画デビューを果たしたわけですが、40代半ばを過ぎて漫画を描くことになるって想像していました?
清人 ずっといつか漫画を描きたいなと思ってはいたんです。でも、きっと60歳くらいかな、って考えていたんです。20年以上芸人をやってきて、モノを作ること、漫画を描くということが甘いものであるはずがないと思い知っているからこそ、それくらいは準備期間は必要だろうということでの設定でもあったんです。でも、拙いにせよ早く始めるに越したことはないので、漫画を描かせていただいたことも、それをきっかけに今回こうして漫画の先輩である矢部さんと一緒に漫画を描くというのは、すごくうれしいことですね。
――矢部さんとは同期で気も合うとは聞いていますが、そこまで密な関係ではないんですよね?
清人 正直、福岡に来る前は不安はありました。あのつかみどころのない矢部さんが心を開いてくれるかどうか(笑)。今回の旅で漫画のことでもなんでも相談し合える仲間みたいになれたらいいな、と思ってたんですけど、でも行きの機内で少し話したら、なれそうな予感がしてきました(笑)。
――飛行機では座席が隣りだったんですよね。距離は縮まりましたか?
清人 僕は矢部さんのことを、クセのかたまり、みたいにずっと思ってきたんです。けど、普通にちゃんと話してくれるんだ、と思いました(笑)。想像以上にたくさん話ができました。たとえば、漫画を描くときに僕は手描き派で、矢部さんはiPad派なんです。矢部さんは機内で作業をしていたんですが、ここはこういうシステムだよ、とか、こういうのをインストールしてやるんだよ、ってずっと作業も見せてくれたんです。清人さんもすぐできるよ、っていう言葉には実感がこもってませんでしたが(笑)、フランクに教えてくれてうれしかったですし、「え~、描き方が全然違う」と目からうろこでした。
――清人さんもいずれはデジタルに。
清人 でも、しばらくは手描きでいきたいんですよ。手描きが今は面白いんです。僕は漫画の世界に入りたてで手描きへの憧れてがありまして……いわゆる漫画家っぽいじゃないですか、インク付けて手描きして、って。まだその気分に酔いしれていたい(笑)。でも矢部さんの教えてくれたことも覚えていかないと、今後行き詰ることもあるな、と痛感したので、デジタルも練習しておかなきゃ、と思います。
――この福岡旅で、清人さんが目指していることを教えてください。
清人 まずは作品。せっかく2人でやるので、作品の芽を見つけ育てるというのが最優先です。そして矢部さんとの出会いというかこの旅の中で、何かを見つけたいです。まだ数時間しか一緒に過ごしていないけれど、すごい刺激をすでに受けてるんです。以前、『東京ワンピースタワー』で尾田栄一郎先生の原画を観てめちゃくちゃ刺激を受けて「わっ! 描きたい」「こんな感じで描いてみたい」って家に急いで戻って絵を描いたことがあるんです。そのときと同じくらいのテンションなんです、今。だからもっともっと矢部さんから技術でも考え方でも盗んで吸収できたらいいなと思います。矢部さんはただ一人僕が知っている芸人であり漫画を描いている、そしてしゃべることのできる人なんで、もっといろんな話ができたらいいな、この旅をきっかけに友達になれたらたらいいな、と思っています。
コミックエッセイ旅・福岡編1日目②
初日のメインイベント、山下清展で創作意欲が爆発‼

インタビューを終え、向かうはこの日のメインイベント、『生誕100年 山下清展-百年目の大回想』の会場である福岡県立美術館。今回、旅行先を選定するにあたり、矢部太郎は、松尾芭蕉、種田山頭火、尾崎放哉など先人たちの名前をリストアップし、彼らの足跡を調べ、目的地を検討したらしい。そして最終的に放浪の画家・山下清の巡回展が福岡で行われることを知り、そのタイミングで企画をスタートしたいと提案し、この旅が決定したのだ。
いざ館内に踏み入り、幼少の頃に描いた昆虫の絵を目にすると、2人のテンションは爆上り。一点一点を食い入るように観て、丹念に解説を読み、感想を言い合いながら廻るので、閉館時間までに観終わらないことは序盤でほぼ確定した。放浪にフォーカスした『絵日記帳』の展示コーナーの鉛筆画『学園から出かけるところ』『汽車道を歩いているところ』には、特に感じ入るところがあったようで、真剣なまなざしで長く眺め続けていた。

そんなしんみりした空気が一変したのは、山下清が放浪時に使用したリュックサックの展示。一気に明るい空気に戻り、特に矢部は「清が護身用に石ころをリュックに常備していた」と知って、なぜか大喜び。代表作である貼絵『長岡の花火』を観て最高潮に達した。一通り観終えて、お土産にお揃いのTシャツを購入後、美術館の方々のご厚意で、受けたインスピレーションそのままに館内でスケッチを描かせていただき、山下清展の鑑賞は終了した。


たくさん歩き、たくさん騒ぎ、お腹が減ったところで「清人の矢部接待 夜の部」へ。東京での打合せ時に「清人さん、美味しい水炊きを僕、食べたい」と矢部が蚊の鳴くような小声で発した一言に、「あの矢部さんが自己主張した!」とほだされた清人が用意した店、「水たき 長野」で鍋を囲む。実際は、生まれてから上京するまで常にその日暮らしで高級店など全く知らなかった清人は、同郷の大先輩・博多大吉さんをはじめ、何人もの知人にリサーチしてこの店に辿り着いたのだそう。ビールとスプライト(矢部)で乾杯し、舌鼓を打った。上機嫌の中、各々がその時点で頭に浮かんだ執筆テーマなどを発表し合い、おひらきに。
ホテルに戻り、就寝前に今度は2人で、初日のことを振り返ってもらった。
――1日目の予定が終わりました。一緒に過ごされてどうでしたか?
矢部 芸人さんとこんなに長時間一緒に過ごすことはないんですが、ノーストレスでした。あ、ほんこんさんとはあった! でも、ほんこんさんは……
清人 (割って入って)やめてください、慎重に話してください!
矢部 ストレスじゃないです! 先輩だから気を遣うというか……ですよね、清人さん⁉︎
清人 僕もほんこんさんには長時間お世話になったことありますから、どういう状況だったかわかります(笑)
矢部 同期だとガリットチュウとかは仕事で一緒になることはあったんですけど、清人さんとはなかったんですよね。
清人 今までこんなにしゃべることはなかったんです、挨拶してちょっと話すくらいで。でも、今日丸一日一緒に過ごして、変な意味じゃなくていい意味ですよ、いい意味で当たり障りなく、ストレスもなく……わかります? 言っている意味(笑)
矢部 わかりません。接しやすい、ということでしょうか……。
清人 そう! 接しやすい。
――漫画制作についてお話しする時間はありましたか?
矢部 行きの飛行機の中で、デジタル作画を強く薦めたんです。清人さんはiPadをすでに持っているんですよ。だったらやらないともったいないから!
清人 なにがいいか、もう一回教えて。
矢部 やっぱり、一番は効率がいいですよ。失敗してもいいからどんどん描ける。手描きだと失敗しないように超慎重になるでしょ?
清人 なるなる! 矢部さんは最初からデジタルだったの?
矢部 そうです。子供の頃、漫画家を目指したときに石ノ森章太郎先生の『マンガ家入門』を読んだんですが、激ムズだったんです。漫画は描きたいけどあれはできないと強く思ったからデジタルに挑戦したんです。
――文明の利器は利用する方が良いのかもしれないですね。
矢部 そうですよね!
清人 あんな剣幕の矢部さんを見たことがなかったから、素直に「すみません。僕も勉強しておけばよかった」と思いました。でも、僕はまだ漫画を描き始めたばかりだから、漫画家っぽくペンで描くということにまだ酔っていたいです。とはいえ同期の芸人でいつでもしゃべることのできる数少ない漫画の先輩がこれだけ熱心に薦めてくれたのだから、学習してiPadを開いて、ちゃんとやろうと思いました。ところで手描きとデジタルのミックスってあるんですか?
矢部 あるんじゃないですか。ペン入れまでやってスキャンして、トーンとベタ。あと修正したり。
清人 奥深い。難しそう。
矢部 でも手描きは手描きでメリットもありますもんね。手描きで描いてるって言ったら「すごい!」ってなりますしね。今の時代、デジタルでやってる人が多いから、手描きは希少価値がありますよね。あと、線とかにムラが絶対に出ますから完璧じゃなくなる、っていうところが温もりというか人間味につながりますよね。そしてこれが一番ですけど、原画展ができるというのは大きいですね! 僕も展示会はやっていますが、それは出力であって原画じゃないですから。
――今日、お互いのクセみたいなものは気づきましたか?
矢部 オープンな人だなあ、と思いました。山下清展は僕の希望で清人さんに付き合ってもらったわけですけど、「あぁ、すごい!」って何かを吸収しようとしているというか没頭して楽しんでくれてたみたいなんで、うれしくなりました。「早く水炊き食いに行こう」って言われたらどうしよう、と思っていました。
清人 こう見えて意外とツッコミの人なんだな、って気づきました。そこが新鮮でした。あと、矢部さんって目を合わせているのか合わせていないのかわからないんですよね。目を見て話しているはずなのに、確信が持てない(笑)。その辺は明日さらに観察したいと思います。いろんな人にこれまで会ってきましたけど、誰にも似てないんです。これまで出会った、どんな飲み仲間の酔っぱらいよりも、キャラが立ってる。
矢部 飲み仲間のおじさんと比べられても(笑)。
――さて本題ですが、初日のメインイベント、山下清展はどうでしたか?
矢部 すごい良かったです……けど、時間が足りなかった! 反省しました、仕事で来る場所じゃなかったって。ここはマジでプライベートで来る所だった。
清人 矢部さんは、いつから山下清さんが好きなの?
矢部 本格的に好きになったのは、結構最近です。この旅のことを考え出してからかもしれない。もともと作品は好きだったけど、旅と創作、っていうことで考えたときに山下清さんが頭に浮かんで、「どういう人なんだろう?」ってどんどん興味が湧いてきた。
清人 本当に素晴らしかった。すごかった。
矢部 画集が家にあって、それを観て想像を膨らませてたんだけど、本物はずっとすごかった! リアルに観ると細かさがわかるし、あれを一枚一枚こんな距離で貼ったんだな、というのが伝わりますよね、近くで観ることで。
清人 でも会場で動画を観てたら、思ったより雑に貼ってたよ。
矢部 雑じゃないでしょ! すごいスピードで貼ってたの!
清人 (爆笑)。なにがそんなに矢部さんの心を打ったんだろう?
矢部 言葉にするのは難しいんだけど、全体的に寂しい絵だなと僕は感じたんですよね。そこがすごい好きなのかもしれない。花の絵ですらなんかちょっと寂しいんですよね~。
清人 矢部さんも心の中に寂しさがあるから、いっそう感じるんじゃない?
矢部 そういうところはあるかもしれないし、みんなそういうところはあるんじゃない? お笑いだと、「寂しさ」って必ずしも重要なテーマにはならないけど、漫画では重要なテーマになるし、むしろ笑いがそのフリになるんだな、って再確認できました。
――山下清さんの作品から、漫画制作のために得られるものがあったんですね。
矢部 あの絵日記も印象的だった。面白いとかよかったとか、一言で言い表せないんだけど、背中しか描いていない、っていうのが共感できるなって。
清人 自分の姿を正面じゃなくて後ろ姿で捉えている、っていうのがなんか考えさせられるよね。
矢部 本で読んだ限りでは、山下清さんの放浪って単純な放浪という感じでもないんですよね。当時入っていた施設を抜け出してはどこかに行って住み込みでお弁当屋さんやお寿司屋さんで働いたり、なんですよね。絵のすごい山下清さんがいま行方不明なんですって新聞に広告が出て、見つかって連れ戻されて、という繰り返しだったんですよ。だから絵を描きたくて放浪したわけでもないのかもしれない。
清人 じゃあ、絵がすごいっていうのは山下清さんにとって不幸だったのかな。
矢部 どうなんだろう……。わからないけど、寂しさというか居心地の悪さのようなものは抱えていたんじゃないか、って想像はしちゃうよね。
清人 それが山下清さんの創作の動機だったのかしら。矢部さんも同じ?
矢部 僕も居心地の悪さというのはあるよ。どこにいても自分の居場所がない、みたいな。学生のときも芸人になってからも。漫画にしても中心にいるわけでもなく、芸人が漫画を描いている、くらいの感じだろうし。そういう寂しさかもしれないですね、僕が感じているのは。清人さんは「自分は芸人だ!」というどっしりした軸があるだろうけど、僕はそこまでの自意識は持てないから……。でも、そういう「この世界に居心地が悪い」みたいな感じは山下清さんの作品から受ける部分はありますよね。
清人 僕は山下清さんの作品にきちんと触れるのは今日が初めてで、背景の話とか人となりとか全然知らないんです。だから的外れかも知れないんだけど、純粋さをすごく感じたんだよね。僕みたいにひねくれていないな、って。あれこれ考えずに感じたままに描いている気がした。僕は今、絵を描くときに考えちゃうんですよ、読む人にとってのわかりやすさとか伝わりやすいような構図とか。もちろんそれも大事なんでしょうけど、もっと感情とか衝動に従って素直に描いていいんだ、って教わった気がした。
矢部 僕もおんなじ印象を持ったし清人さんの意見はめちゃくちゃわかります。でも、本で読んだだけなんですけど、当時ゴッホブームがあって、「日本のゴッホ」みたいな演出をされていた側面もあったみたいなんですよね。だから自画像だったり、ちょっとゴッホを想像させるような絵もあったり……。
清人 なるほど! そういうことか。
矢部 ドーンとした作品はあの一枚しかなかったでしょ。だからあの自画像は本当に描きたい絵ではなかったのかもしれないですよね。でも清人さんの言っていること、すごくわかります。プリミティブというか、アカデミックな美術教育を受けていない人が自由に描いた絵、という良さですよね。
清人 僕たちも美術の教育は受けてないけど、それは武器になるのかな。
矢部 う~ん、どうなんだろう……。でもどこかで、今日受けた影響が出てくるかもしれないよね、今後描く漫画で。『長岡の花火』に感動した僕らは一枚の絵の中にすごいたくさんの人々を描いてみたくなるかもしれないよね。こういう絵も人の心を打つんだということを僕らは今日、知ったわけだから。
清人 山下清展も楽しかったし、水炊きもおいしかったし、いい一日でしたね! 刺激をたくさんもらいました!
矢部 ただ、やっぱり楽しいだけじゃだめだ、何か描かなきゃいけないというプレッシャーが……。不安がうっすらありますよね。
清人 刺激をめちゃくちゃもらった分、ピリッとしますよね。僕は描きたいものが明確になりました……どうしたんですか、泣いてるんですか、矢部さん?
矢部 泣いてない! でも、どうしよう、何を描こう……。

(取材・文=編集部、撮影=八島崇行、三宅勝士)
矢部清人の漫画旅~コミックエッセイ執筆物語~
12/30(月)22:00~23:00に放送! YouTubeの配信も!
今回の旅はBSよしもととの連動企画! ということで福岡に到着してからの、旅の全行程をより詳しく、笑いと学び満載でお送りする。山下清展での矢部太郎のハイテンションぶり、そして清人のコミックエッセイ『おばあちゃんこ』で描かれた志賀島の実家跡地ほか思い出の地巡りや現地の人たちとの触れ合いは必見だ。なお、再放送やYouTubeでの配信もあるので、見逃した方はそちらをどうぞ!
【BSよしもと】
https://bsy.co.jp/programs/by0000021510
12/30(月)22:00~23:00
(再放送)1/5(日)17:00~18:00【YouTube】
前編 12/30(月)23:00公開
【矢部清人の漫画旅】コミックエッセイを描くためにネタ探しの旅へ!【一泊二日福岡旅密着】1日目:天才画家 裸の大将 山下清展でインスパイア。
https://youtu.be/n06X_w6-vc8後編 12/31(火)18:00公開
【矢部清人の漫画旅】コミックエッセイを描くためにネタ探しの旅へ!【一泊二日福岡旅密着】2日目:「感慨深い」清人の地元巡り
https://youtu.be/kKmkUXfgpul