2025年大河ドラマの主人公・蔦屋重三郎の物語を先取り!「不安定な社会を明るくする」志で娯楽の新たな道を切り拓いた、波乱万丈の生涯を辿る

文芸・カルチャー

PR 更新日:2025/1/20

華の蔦重
華の蔦重』(吉川永青/集英社)

 人は流されやすい。だからこそ楽しい流れを作れば、世間の空気もどんどん良くなっていくはずだ。自分は世の中を「娯楽(エンタメ)」で動かしていく。

華の蔦重』(吉川永青/集英社)は、江戸時代の封建的な社会の中、出版界に旋風を巻き起こした蔦屋重三郎(つたや・じゅうざぶろう)を主人公にした歴史小説である。

 蔦屋重三郎、通称「蔦重」と呼ばれる青年は、吉原で生まれ育つ。

 明和9年。その吉原が大火災に見舞われ、人々はてんやわんやで逃げ惑っていた。同じく避難を急ぐ重三郎は、恐怖や不安から大混乱になっている群衆を自らの掛け声で鎮められたことから、「人の流されやすさ」を知る。

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 そこから彼は「いい本、いい絵を流行らせれば、人は楽しい方向に流される。そうすれば世の中全体が楽しい雰囲気になる」と、「本を貸す」だけだった貸本屋の商売から、「出版する」ことを目指すように。

 しかし当時は誰もが自由な商売ができるわけではない。本屋になるためには同業者から株を買う必要があるのだ(ちなみに当時の本屋は企画編集から販売までを担っている)。

 株を買うには大金が必要である上に、人脈も不可欠。たとえ株を得て本屋になったとしても、執筆してくれる作家や絵師と信頼関係を築けなければ、本屋として大成しないからだ。

 つまり、貸本屋でしかなかった重三郎は、数々の壁を乗り越えなければ本屋にはなれなかった。だが彼は、その才覚と人柄の「気持ちよさ」で仲間を増やし、江戸一番と言っても過言ではない「耕書堂」の主人となっていく。

 有名になった後も、重三郎は幕府を風刺した書物を出版したことからお咎めを受けたり、長年懇意にしていた作家を亡くしたりと、様々なことを経験していく。それでも「娯楽を流行らせ、世の中を楽しい流れに」という志を失うことなく、その一生を駆け抜けた。

 本作は、そんな重三郎の一生を堪能することができる一冊である。

 重三郎は、とにかく「気持ちがいい」人間だと思った。

 厚い信念があり、それを貫き通す強さもあるが頑固ではない。自らの間違いを素直に認め、反省もできる。野心家な面もあるが、それが私利私欲のためではなく首尾一貫して「世の中のため」であることも「気持ちよさ」を感じる一因だ。妻のお甲と犬も食わないケンカばかりして、使用人に呆れられているところなども、人間味があっていい。

 重三郎だけではなく、本作に出てくる人々はみな、情があって小気味いい。重三郎の周りには教科書に載っているような有名人――山東京伝や喜多川歌麿、松平定信など――が多数登場するのだが、それぞれが信念と優れた才能を持つ一方で、弱さを持ち合わせている。本作には完全なる悪人がいないように感じた。重三郎のライバルと言える西村屋与八でさえ、彼なりの事情があったのだと察することができる。

 共感できないような悪人がいないからこそ、本作の登場人物はみな「気持ちいい」と感じるのかもしれない。

 2025年大河ドラマの主人公・蔦屋重三郎の一生を先取りするなら、本作がオススメだ。

文=雨野裾

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