『打上花火』で話題の歌手・DAOKOの処女小説『ワンルーム・シーサイド・ステップ』で描かれる、ひりつくような現実
更新日:2017/11/11

はじめてこの小説を読んだとき、爽やかさのなかにほんの少し毒が滲むその文体に夢中になった。『ワンルーム・シーサイド・ステップ』。この処女作を生み出したのは、弱冠20歳のラップ・シンガーであるDAOKO(だをこ)だ。
そして、彼女のことを調べていくうちに、自分のなかに嫉妬心が芽生えていることに気づいた。彼女は動画投稿サイト「ニコニコ動画」出身のアーティスト。中学生の頃に投稿したラップがきっかけとなり、気鋭のアーティストとして階段を駆けあがっていった。最近では、映画『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』の主題歌も担当しており、その知名度は急上昇している。そして、このたびの小説出版。DAOKOはまさに、現代のシンデレラだ。
本作で描かれるのは、イラストレーターを夢見る〈渚〉のサクセスストーリー。彼女は、イラスト投稿サイト「DrowwW」に投稿した作品がきっかけとなり、アーティストとして少しずつ成功をおさめていく。そう、奇しくも本作の主人公・渚と、著者・DAOKOの姿は重なっているのだ。夢を抱くことでさえ容易ではない現代において、いかにシンデレラは誕生するのか。本作ではその一端を知ることができる。
しかし、読み進めると、夢と現実の狭間で苦しむ少女の姿に胸が苦しくなる。傍から見れば、イラストレーターとして順風満帆な道を進む渚。そんな彼女を苦しめるのが、恋愛だ。仕事で成功しているからといって、プライベートが順調とは限らない。むしろ、多感な年齢の少女にとっては、恋愛の方が重要だったりもするだろう。そう考えると、途端に渚が幸せなのか不幸なのかわからなくなる。この時点で、DAOKOへの嫉妬心など消え失せてしまう。そこに残るのは、純粋に渚を応援する気持ち。渚が生きる世界を知り尽くしているDAOKOに対して、「どうか渚を幸せにしてほしい」と願わずにはいられないほどだ。
過去と現在の恋愛が交差し、幾度も傷つけられる渚。傷だらけになりながらも、イラストと向き合う後ろ姿。そこにあるのは、「表現」で自らを救おうとするアーティストの業かもしれない。そんな渚が、ラストで開こうとする扉。その選択を見たとき、きっと読者は愕然とするはずだ。
“私には今どれくらいの価値がある?”
渚はこう独白する。自らの価値を確かめたくて、最愛の人にその価値を認めてもらいたくて、彼女は筆をとる。自身もアーティストとして活躍するDAOKOが綴ったこの言葉には、どれほどの重みがあるだろうか。
本作は、DAOKOの私小説ではない。渚と彼女とを重ねて読んでしまうのは無粋というものだ。けれど、随所に散りばめられたアーティストとしての言葉に偽りはないだろう。だからこそこんなにも胸を打たれるのだと思う。それと同時に、「夢があるんだ」などと軽々しく口にして、その場を動こうとしない現代の臆病者に、「本気で生きること」を明示しているようにも読める。本作は、アーティスト・DAOKOの「本気」の塊なのだから。
文=五十嵐 大