巧妙に連れ去られた女子高生・奈々未はどうなる?/ 松岡圭祐『高校事変 II』⑤
公開日:2019/9/11
超ベストセラー作家が放つバイオレンス文学シリーズ第2弾! 新たな場所で高校生活を送るダークヒロイン・優莉結衣が日本社会の「闇」と再び対峙する…!

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城山はラブホの廊下にいた。405号室のドアの前、サトシと待機中だった。また腕時計に目をおとした。時間が経つのが遅い。一分が十分に感じられる。現実に十分を超過しても、なお鍵が開く気配はない。
サトシが苦い顔をしながら、ドアに耳を這わせた。「なかにいるのはまちがいないんですけどね。シャワーの音がきこえますよ」
「もう浴室に入ったのか」城山は苛立ちとともに吐き捨てた。「ナナミはなにしてる」
「ラインで連絡してみましょうか」
「素っ裸でシャワー浴びてたら、気づくはずもないだろうが」
「なら電話してみます」サトシがスマホを操作した。静寂のなか、サトシは訝しげに眉をひそめた。
城山はサトシにきいた。「ナナミのスマホ、鳴ってるか?」
「部屋のなかから音はきこえませんね。でもバイブにしてるのかも」
これ以上はまてない。城山は業を煮やし、ドアを叩きだした。「おいナナミ。タカダ、いるんだろ。ここを開けろ」
反応がない。浴室内までは声も届かないのかもしれない。城山はいっそう力をこめ、ドアを打ち鳴らした。「タカダ! 用がある。さっさと開けろ」
サトシが真顔になった。「スリッパの音がします。誰か近づいてきますよ」
ほどなく解錠の音が響いた。じれったく思うこと数秒、ゆっくりとドアが開いた。不審な顔をのぞかせたのは、二十代半ばの男だった。バスローブを羽織っている。シャワー中にでてきたらしい、濡れた髪から雫が滴っていた。
城山は強引にドアを開け放ち、部屋に踏みこんだ。「タカダだな」
男が怯えたようすで後ずさった。「なんですか、いったい」
「落とし前をつけてもらいにきた。もう逃れようはねえ、覚悟をきめな」
「まってください。人ちがいじゃないですか?」
サトシが男につかみかかった。「冗談も休み休みいえ。JKデリヘルなら文句をいわれる心配もねえってか? タカダ。俺たちをなめんな」
「タカダって?」
妙な空気が漂う。城山は声を荒らげた。「おまえがそう名乗ったんだろうが。本名はなんだ。いまゲロさせてやる」
そのとき浴室のドアが開いた。肉付きのいい身体にバスタオルを巻いた、金髪に褐色の肌の女が、城山たちを見るなり悲鳴をあげた。
城山は面食らわざるをえなかった。この女は何者だ。
サトシもぎょっとした顔になった。「なんだ? 誰だおまえ。ナナミはどこだ」
金髪女は怒鳴った。「なんのことよ! タキちゃん、こいつらなに?」
タキと呼ばれた男が情けない声を発した。「わからない。急に部屋に入ってきて、タカダがどうとか」
室内は凍りついたように静止した。直後、金髪女が動きだした。部屋に備え付けの電話機に駆け寄った。受話器をとるや、悲鳴に近い声で叫んだ。「すみません。部屋に男の人たちが入ってきたんですけど」
フロントに通報している。サトシがあわてたようすで金髪女を制止にかかった。「やめろ、このブス。ぶっ殺されてえのか」
城山はいった。「サトシ。よせ。ずらかるぞ」
逃げるしかない。城山はドアを開け、廊下に飛びだした。サトシも後につづいてきた。
閉じていくドアの向こうで、タキなる男の声が金髪女に呼びかけた。「フロントより一一〇番だよ!」
やばい事態だった。城山はサトシとともに全力疾走した。廊下を駆け抜け、階段へと転がりこんだ。
心臓がはちきれんばかりだった。ラブホの経営に迷惑をかけてはならない、それがデリヘル業界の不文律といえる。なかでも警察沙汰は忌み嫌われる。いまは急いで立ち去るしかない。なんとしても関わりを避けるべきだ。女子高生のナナミがどの部屋で見つかろうと、もう赤の他人にすぎない。

1968年愛知県生まれ。97年に『催眠』で作家デビュー。代表作「万能鑑定士Q」シリーズは累計450万部を突破。他の作品に「千里眼」「探偵の探偵」各シリーズ、『ジェームズ・ボンドは来ない』『ミッキーマウスの憂鬱』など多数。
写真=森山将人