スマホ普及とともに消えた「ガールズ官能」。ケータイ小説から生まれた官能小説家・逢見るいが目指す場所【官能小説家という生き方】

文芸・カルチャー

公開日:2020/1/14

 2000年代、中高生の間では新たな文学の形として「ケータイ小説」が流行した。人気のさきがけは、2000年10月からYoshiさんが個人サイトで連載していた『Deep Love』である。同作は書籍化しベストセラーに。

 その後、個人のホームページを作成するサイト携帯サイト「魔法のiらんど」に続々と素人の小説が投稿されるようになり、そこから多くの作品が出版へとつながった。

 Chacoさんの『天使がくれたもの』を皮切りに、美嘉さんの『恋空~切ナイ恋物語~』、メイさんの『赤い糸』などはともに上下巻で100万部を超えるヒット作に。そこに描かれるのは、著者の実体験をベースとした物語で、レイプやドラッグ、そして病による死など、センセーショナルな描写が多いことが特徴的だ。

 正直に言えば、ケータイ小説における文章表現は拙く、一般的な文学作品とは断絶をもって語られることが多いだろう。しかし、そういったケータイ小説ブームの最中から、ウェブサイトでケータイ小説を書き続け、今も官能小説家として現役で活動している作家がいる。逢見るいさんである。

ケータイ小説と「ガールズ官能」

 逢見さんがケータイ小説の世界に足を踏み入れたのは、自身が更新していたブログがきっかけだった。

「ちょうど『Deep Love』や『恋空』が流行っていた時代ですね。私は24歳くらいだったかな。アメブロで、個人の些細な日常を書いては更新していたんです。そしたら、それを見つけた電子書籍の出版社から連絡がきて、『うちのレーベルで書かないか』と。

 正直、それまでケータイ小説にはひとつも触れたことがなくて、それどころか小説だってほとんど読んできませんでした。でも、文章を書くこと自体は好きだったし、それ以外に自分ができることも思いつかなくて、軽い気持ちでやってみようかな、って。そのときに初めて『魔法のiらんど』などでケータイ小説を読みました」

 当時初めてケータイ小説を読んだときの印象を伺うと、逢見さんは申し訳なさそうに眉を下げながら「私でも書けるな、って思った」と笑う。

「私がサイトで書いてほしいと言われたのは、女性が抜く専門の官能小説でした。今でいう『ティーンズラブ』ですが、当時はそのジャンルはなくて代わりに『ガールズ官能』と呼ばれていましたね。読者層は25歳から30歳くらいのOLや主婦の方。

 サイト内には他にも小説のジャンルは色々あったけど、ガールズ官能が圧倒的に読まれていた。そこで私は週に1〜2本、月に10本くらいの小説を書いていました。当時は紙媒体と電子媒体って完全に違う世界として分断されていて、電子書籍の市場ってとても小さかったんですね。だからこそ、とにかく出せばなんでも売れた時代でした。

 具体的な額までは言えないのですが、とても稼げたんですよ。ガールズ官能一本で、十分に豊かな暮らしができるくらいには収入がありました」

スマホの普及とともに生まれた「ティーンズラブ」

 しかし、そんなガールズ官能も時代とともに形を変えていくことになる。

「ガラケーからスマホに移行し始めたあたりで、『ティーンズラブ』や『ボーイズラブ』というジャンルが一気に広がり始めたんです。それと同時にガールズ官能というジャンルは消滅しました。

 求められる内容にも変化がありました。それまではとにかく抜けることが目的で、濡れ場がメインのショートストーリーだったけど、それに加えて恋愛要素やストーリーを楽しみたいという読者が増えてきた。携帯と比べて画面が大きくなり、長いテキストも読みやすくなったことも影響はしていると思います。

 それまでケータイ小説はリアルさが求められていましたが、時代の変化とともに、いつのまにかシンデレラストーリーや現実とはかけ離れた物語が流行るようになっていたんです。ドキドキしたいとか、ハッピーエンドで終わりたいとか、そういう女性読者の欲望が強い時代だったように思います。物語の中でくらいは幸せでいたい、みたいな気分もあったかもしれない。

 そうすると、濡れ場の描き方も変わります。昔は陵辱ものばかり書いていたけど、ティーンズラブになってからは愛情を感じるようなセックスを描くようになる。その後、読者は刺激が足りなくなったのか、次第に不倫ものが流行るようになりました。そしたら禁忌を感じるような濡れ場を求められる。時代と売れているところに合わせて書き続けていましたね」

ケータイ小説家から官能小説家へ

 ずっと電子媒体で書き続けてきた逢見さんは、しかしひとりの編集者の提案により作家としての方向性を変えることとなる。

「ずっとお世話になっていたサイトの編集担当の人から、そろそろちゃんとしたところで書いた方がいいと官能小説雑誌『特選小説』を出している辰巳出版に連れて行ってもらったんです。ただ、やっぱり官能小説なんて一度も書いたことがなかったし、ずっと電子でやってきた身だったので、『ケータイ小説は小説とは違うだろ』という偏見の目は感じました。

 おまけに今もあまり変わりないのですが、官能小説というのは昔から男性が気持ちよくなるためのジャンルなんですよ。私はずっと女性向けに書いてきたこともあって、余計に『本当に書けるの?』という圧もありましたね」

 そんな逢見さんは、そこでささやかな抵抗を見せる。

「実際にひとつ『背徳の雨』という作品を書き上げて、小説を掲載していただくところまで漕ぎ着けました。そのときに書いたのは、義理のお父さんが主人公の物語です。ただ、視点は男性なのだけど、描かれるセックス描写は女性が気持ちいいと感じてもらえるような表現にこだわり、男性だけではなく女性にも読んでほしいという想いで書き上げた作品でもありました。

 それは、女性作家という自負もあったし、これから官能小説は女性のためのものになる、という予感があったからでもあります。これを言ったら怒られてしまいそうだけど、今の官能小説の読者層って主に男性のシニア層なので、どうしても先細りすることは見えている。一方で、女性の読者はわりと若い方も多いんですよね。

 実際、初めて書いた官能小説が『特選小説』に掲載された際、読者アンケートで女性の方から感想をいただきました。それまで雑誌に女性読者が感想を寄せてくることはなかったと編集部の人にも言われて、ちゃんと自分が書いた作品が女性に刺さったのだという実感を得られましたね。これまでずっと女性のために作品を書いてきたことは、決して無駄ではなかった。そこに電子と紙の差はなかった、と思えました」

時代の波に乗り、売り続ける

 ケータイ小説からデビューし、王道の官能小説雑誌『特選小説』でも掲載を果たした彼女は、しかし今は漫画の原作者としての活動がメインになっているという。

「もともとは、ケータイ小説よりも先に漫画の原作で賞をいただいていたんです。昔から読んでいた少女漫画の雑誌にシナリオの募集があって、それに応募して賞金50万円とブルガリの時計をもらったことがあります。そのあとちょうどケータイ小説の波に乗っていたので、漫画の原作からは少し離れていました。

 ただ、現代はティーンズラブもボーイズラブも小説はあまり売れなくなっていて、どんどんコミックに移行しているので、再び漫画原作に戻ってきたという感じですね。スマホによって娯楽も増えたし、ゲームも動画もなんでも無料で楽しめる時代に、わざわざ小説を読むっていうのはなかなか疲れるものなのかな。書いている方からしたら、やっぱりちょっと切ないですけど。

 電子コミックはめちゃくちゃ売れますよ。5年くらい前から『パパと私、壊れた境界線―ケモノのように繋がる身体』という作品を連載しているんですけど、ミリオンセラーになっています。あと、男性向けのエロ漫画も出しているんですが、面白いことに読者はほとんど女性なんですよね。陵辱とかちょっと激しめのエロが欲しい女性は男性向けを買う、みたいな暗黙のカテゴライズがあります。

 ただ、以前のケータイ小説と同じでとにかく作品が増え続けている状況なので、じょじょにまた売れなくなってくる時代がくるのだろうな、という予感もしています。そしたら次は中国かな、と思っていて。中国はまず人口が日本と圧倒的に違うし、スマホで読みやすい縦スクロール漫画が流行りだしているけど、それこそ初期のケータイ小説界のように作品数が少ない状態。だから今日本で出している作品を中国語に翻訳して輸出していこう、というのは電子媒体の企業はすでに考えていることです。

 いずれにしても時代は移り変わっていくし、読者はすぐに飽きていくので、飽きた読者の食いつき先をあらかじめ作っておかないと廃れてしまうんですよね」

ハッピーエンドは書きたくなかった

 ガールズ官能から、ティーンズラブ、不倫もの、電子のエロ漫画、常にバブルの波に乗り続けてきた逢見さん。それはとても世渡り上手のように思えるが、彼女自身にも葛藤はあった。

「正直に言えば、私はティーンズラブが嫌いでした。仕事だから書いていたけど、どうしても好きになれなかった。私はもともとバッドエンドが好きなんですよ。でも当時のティーンズラブはハッピーエンドを求められていたし、過激な描写も排除された平和な世界だった。私にとってはそれがあまりにリアルとかけ離れたファンタジーのように思えるんだけど、あたかもそれが世間一般の日常であるかのように書かないといけない」

 逢見さんがそこまでしてハッピーエンドを嫌うのは、彼女の生い立ちによるものでもある。義理の父親からの虐待や母親のネグレクト、母の離婚後にできた恋人たちからの性的な目線、再婚後の父親からの暴力……など、彼女は幸せな家庭環境とは程遠い世界で生きていた。

「虐待されていたってことは、大人になってから気づいたんですよ。当時は暴力をふるわれることは当然のことだと思っていたから。食べたことがないものがあまりに多くて、それを言うたびに周りの人に驚かれるから『おかしいことだったんだな』って少しずつ認識し始めた。

 一度バイト先の人たちとお風呂の話になって、私が子供の頃、洗濯機をお風呂代わりにしていた話をしたらドン引きされて、ああこれは話しちゃいけないことだったんだ、と気づきました。『タライじゃダメなの?』って聞かれたけど、タライじゃお湯が冷めちゃうからダメに決まってますよね(笑)。

 そうやって生きてきたせいか、人生の半分以上は辛いことが起こるし、それを乗り越えていくことが当然というか、乗り越えないと死んでしまうと思っている。だからこそ、ささやかな幸せのありがたみにも気がつけるんです。それなのに、たとえばティーンズラブに出てくる女の子たちは、些細なことで悩んだり文句を言ったりするんですよ。私からしたら、そんなにウジウジしてないで、全力でぶつかっていこうよ、と思ってしまう。

 だから、ちょっとした不満で文句を言っている人に対して、お前らどれだけ幸せな生活してるか自覚しろ、って思い知らせたい気持ちはあるし、だからこそドロドロとしたバッドエンドを描きたいと思ってしまうんです。もちろん、悩みや不満の大きさは人それぞれで比べられるものではないですし、みんななにかしら抱えているからこそ、せめて物語の世界では夢を見たいと思っているはず。その気持ちはすごくよくわかっています。それでも私は、現実の厳しさを小説で表現したいとも思ってしまう。

 同時に、どんなに不幸な状況に見えていたとしても、本人にしかわからない幸せもあるはず。バッドエンドを通して、現実の理不尽さと、主人公にしかわからない幸福の両面を描きたいと思っているんです。

 それはケータイ小説を書いていたときから変わらないし、これから、昔のガールズ官能のような作品が求められる時代が揺り戻しでくるかもしれない。そしたらまた、好きなようにたくさん書ける気がするんですよね」

参考:『ケータイ小説的。――“再ヤンキー化”時代の少女たち』(速水健朗/原書房)

取材・文=園田もなか 写真=石川ヨシカズ

【プロフィール】
逢見るい
あいみ・るい●1983年生まれ、神奈川県出身。講談社主催の漫画シナリオ大賞で最優秀賞を受賞し、執筆活動をスタートさせる。電子書籍ブームの先駆けとして、女性向け官能小説やティーンズラブなどを数多く執筆。漫画の原作も精力的に手掛けている。主な作品に『背徳の雨』『淫靡な形代』『パパと私、壊れた境界線―ケモノのように繋がる身体』など。
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