西暦2999年、南極から連れ帰った「獣」が惨劇を引き起こす!? 世界を足元から揺るがす驚愕のミステリー!

文芸・カルチャー

公開日:2021/10/16

楽園のアダム
『楽園のアダム』(周木律/講談社)

 ページをめくるごとに、かすかな違和感がチクチク胸に引っかかる。この世界は何かがおかしい。だが、その正体をつかもうとすると、するりと指先から逃げてしまう──。

『楽園のアダム』(周木律/講談社)は、事件が相次ぐスリリングな展開に加え、世界そのものに秘められた謎で読者を魅了するミステリーだ。最後にすべてが明かされた時、今まで見てきた世界が大きく崩れるような衝撃が待っている。

 始まりは、600年前に起きた「大災厄」だった。突如蔓延した伝染病により、人類はわずか5年で人口の半数を失うことに。さらにさまざまな混乱が引き起こされ、発電所が暴走した挙句、大陸は不浄となる。その50年後には、人口はかつての1%未満、わずか数百万人にまで減少してしまった。かくして滅亡の危機に陥った人類だったが、生き残った人々が人工知能カーネを開発し、あらゆる問題の解決をカーネに委ねることでなんとか復興を成し遂げる。やがて温暖な島々に移り住んだ人々は、島ごとにコミュニティを築き、今では恒久の平和を享受していた。

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 この世界では、島のコミュニティはそこに暮らす人々の職業と直結している。ある島に住む人々は小麦の収穫を、ある島に住む人々は化石燃料の採掘を、また別の島に住む人々は荷物の運搬を仕事とするといった具合に、居住する島によって職業が規定されているのが面白い。主人公アスムが暮らす「珊瑚礁の島」の生業は、知の探究。アスムも、幼なじみであり恋人でもあるセーファとともに、カレッジで日々学業に励んでいた。

 だがある夜を境に、平和な島に異変が訪れる。その晩、旧研究棟に入り込んだアスムとセーファは、哺乳類学を研究するヤブサト助教授の無残な死体を発見。ふたりはすぐさまシュイム学長に報告するが、学長は彼らに口止めし、事件を忘れるよう諭す。しかし、ヤブサト助教授の妻アマミクと出会い、アスムはヤブサト助教授がひそかに進めていた研究について知ることとなる。半年前、調査旅行のため南極に向かった彼は、ある生物を捕獲。“禁忌”とされるその巨大な獣を、島に連れ帰り、詳しく調べていたというのだ。ヤブサト助教授を殺したのは、この獣なのか。だとしたら、今どこに隠れているのか。そして、シュイム学長はなぜ事件を隠そうとするのか。謎が深まる中、カレッジでは第2の死体が発見されてしまう。

 世界の根幹を成す謎が解き明かされた時、感じるのは強い驚きだけではない。暴力や闘争はなぜ起きるのか。その根源を断てば、世界は平和になるのか。そもそも正しい世界とは何なのか。そんな壮大な問いが脳内を渦巻き、人間の営みや人類史にまで思いを馳せることとなる。最後まで読み終えれば、『楽園のアダム』というタイトルが深い意味を持って胸に響いてくるだろう。読了後、身近な人と感想を語り合いたくなる衝撃作にして問題作だ。

文=野本由起