母がくれたおまじないは、エールか呪いか……毒親イヤミスの真骨頂『あさひは失敗しない』

文芸・カルチャー

公開日:2021/12/26

あさひは失敗しない
『あさひは失敗しない』(真下みこと/講談社)

 たとえば、ピアノの練習をしているときや料理を手伝うとき。『あさひは失敗しない』(真下みこと/講談社)の主人公・あさひは、失敗を恐れるシーンで、幼いころから繰り返し「あさひは失敗しない」と母から励まされて育った。大学に進学したあさひは、いつも正しい道を歩めるよう助言してくれる母を信頼しつつも、新生活に少しの“遊び”を求めるようになる。それがたとえ、母が望まない失敗につながる道でも。しかしそのわずかな反抗が、これまで失敗しなかったあさひの生活に、歪みを生み出していく。

 本作品にはふたつの軸があると思う。ひとつは、親から子へと継がれる教育である。子育てに正解はない。家庭における常識はそれぞれで、子がその正誤を客観的に判断するには、ある程度の社会経験と主体性が必要だろう。したがって、それらの素養を重んじない環境下で育てられた場合、子は親の教育を疑わない。疑い方がわからないからだ。

 子から親に対する盲信と、親から子に対する執着。これらの不気味さが物語では強調されているが、この不気味さはどの家庭にも多かれ少なかれ存在するのではないだろうか。“毒親”という言葉が注目されて久しいが、本作品で描かれる親子関係は、その原因について思いを馳せるきっかけになる。

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 そしてもうひとつの軸は、ひとりの人間の自立と成長だ。あさひは母を慕い、愚直に信じる一方で、自らの羽で飛びたい気持ちも捨てきれない。大学でのある出会いがそんなあさひの背を押したことで、物語は一気に転がり始める。それは、あさひにとって初めて自ら選択した失敗であり、成長の起点でもある。

『あさひは失敗しない』というタイトルに反して、あさひは失敗し続ける。その過程は凄惨で、代償はあまりに大きい。しかし、たとえそれが悲劇であっても、物語を読み進める読者の心情は少しずつ明るくなっていくはずだ。どんなに歪んだ形であれ、あさひの心には主体性が芽吹いていくから。

 親から子へと継がれたものとの闘争。ふたつの軸の交点には、そんなテーマが浮かび上がってくる。この物語を読む読者も、親から継がれた何かしらを抱えているだろう。それが人生を縛る呪いになるか、それとも成長の起爆剤となるかは、自分次第。あさひが母から受け取ったものは、果たしてどちらになっただろうか。その答えは、作品を読んで確かめてほしい。

文=宿木雪樹