ガールズバンドと信仰――。執筆当時17歳だった著者のデビュー作で描かれる、痛々しい少女たちの物語『みるならなるみ/シラナイカナコ』
公開日:2022/4/21

どこまでも必死で、ときに痛々しく、醜くもある。小説『みるならなるみ/シラナイカナコ』(泉サリ/集英社オレンジ文庫)で描かれているのは、思春期の少女たちが持て余す、行き場のない感情たちだ。でもそれを「若い」などと笑い飛ばすことなんてできなかった。ただひたすらに、著者の泉さんが紡ぐ言葉に夢中になった。年齢や性別を問わない、「人間のひたむきさ」がそこにはあったからだ。
本作にはふたつの中編が収録されている。「みるならなるみ」の主人公・鳴海(なるみ)はガールズバンドでの活躍を夢見ている少女。高校の入学式で親友のチカと“その夢”を叶えるべく動き出し、あっという間にメンバーを集めてしまう。楽器経験者の集まりということもあって、彼女たちのバンドは徐々に知名度を上げていく。やがて、目標としていたロックフェスへの出場まで手にするが、そのとき、メンバーのひとりが脱退を決める。フェスを目前に途方に暮れる鳴海たちは、期間限定のサポートメンバーを募集するが――。
「みるならなるみ」で描かれるのは、「夢に向かう若者たちの姿」という青春ストーリーの王道だ。挫折や葛藤を乗り越え、少しずつステップアップしていくさまは、やはり面白い。しかし、そんな青春ストーリーに小さな影を落とすキーワードも登場する。それは「新興宗教」だ。
そのキーワードはもうひとつの中編「シラナイカナコ」でメインテーマに据えられる。主人公の四葉(よつば)は生まれながらにして信仰を強制させられている。それだけではない。彼女は信者たちから崇められる立場にいるのだ。もちろん、自身で選んだわけではない。でも、彼女には逃げ場がない。血の繋がりがない信者たちと疑似家族を形成し、そのなかで信仰の対象として振る舞うことだけを求められる。
そんな四葉にとっての友人は、いじめられっ子の加子(かこ)だけだった。それなのに、四葉は加子に対して取り返しのつかないことをしてしまう。加子が大事にしていたものを残酷にも破壊するのだ。どうして四葉はそんなことをしたのか。その胸中にあったのは、とても醜く、けれど決して否定はできない切ない孤独感だった。
ガールズバンドと新興宗教。それぞれの作品にはなんの接点もないように思える。しかし、読み進めていくと、ふたつのストーリーがリンクしていることに気づく。まるで陰と陽のような物語が、わずかに重なり合っているのだ。
思わず唸ってしまうような構成だが、実は著者にとって、これがデビュー作だというから驚きだ。
泉さんがデビューのきっかけを掴んだのは、2021年度の集英社ノベル大賞。見事「大賞」に選ばれた彼女は、次のような受賞の言葉を残している。
中学生の頃から、勉強しているふりをして小説を書いていました。高校生になってからはコロナ禍で家にいる時間が増え、持てる時間の全てを創作に充てていました。
そう、本作の執筆当時、泉さんはまだ高校生だったという。まさに泉さん自身が、「みるならなるみ」の主人公である鳴海のように、夢に向かってがむしゃらに走っていたのだ。結果、掴んだ「作家デビュー」という栄光は、泉さんの手に相応しいものだっただろう。
泉さんはデビュー前、佐久間泉名義でコバルト短編小説新人賞にも入選している。『林ちゃん』と名付けられたその短編では、一般的な美の尺度には当てはまらない中国人女性を、偏執的なまでに愛する青年を描いてみせた。編集部の選評では泉さんの感性が激賞されており、それがこうして『みるならなるみ/シラナイカナコ』につながった。ちなみに、コバルト短編小説新人賞出身の作家には「後宮の烏」シリーズで人気を集める白川紺子さんがいる。それを踏まえると、泉さんが人気作家になるのもそう遠くはないのかもしれない。
その軌跡の第一歩となる本作を、ぜひ読んでもらいたい。
文=五十嵐 大