目には見えないひとりひとりの物語。『わたしは地下鉄です』【NEXTプラチナブック】

文芸・カルチャー

更新日:2024/4/3

絵本ナビがおすすめする「NEXTプラチナブック」(2024年2月選定)から、ご紹介する一冊はこちら!

わたしは今日も走ります。わたしを待つ人を乗せ、毎日同じ時間、毎日同じ道を。毎月発売される新作絵本の中から、絵本ナビが自信をもっておすすめする「NEXTプラチナブック」。今回ご紹介する絵本は、『わたしは地下鉄です』。ソウルを走る地下鉄2号線の視点で語られる物語、いったいどんな内容なのでしょう?

NEXTプラチナブックとは…?

絵本ナビに寄せられたレビュー評価、レビュー数、販売実績など、独自のロジックにより算出された人気ランキングのうち、上位1000作品を「絵本ナビプラチナブック」として選出し、対象作品に「プラチナブックメダル」の目印をつけてご案内しています。

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そして、毎月発売される新作絵本の中からも、注目作品を選びたい! そんな方におすすめするのが「NEXTプラチナブック」です。3か月に一度選書会議を行い、「次のプラチナブック」として編集長の磯崎が自信を持って推薦する作品を「NEXTプラチナブックメダル」の目印をつけてご案内します。

目には見えないひとりひとりの物語。『わたしは地下鉄です』

わたしは地下鉄です

作:キム・ヒョウン訳:万木森 玲

みどころ

わたしは今日も走ります。どこかから来て、どこかへ行く人たちを乗せ、毎日同じ時間、同じ道を……。

ソウルを走る地下鉄2号線による語りで始まるこの物語。導入、モノクロームで描かれるのは、どこででも見かけるような見慣れた景色と乗客たち。けれど、タイトルが登場し、地下鉄が乗客について語り出すと、途端に画面は鮮やかに彩られ、一人一人の背景やかけがえのない日常のひとこまが見えてくるのです。

改札を猛ダッシュで駆け抜けていくのは、かけっこの選手だったサラリーマン。潮のかおりを漂わせているのは、娘が好きなタコと娘の娘が好きなアワビを包んだ荷物をぎゅっと抱える海女のおばあさん。あんなにこわがりで泣き虫だったユソンはふたりの子どものお母さんになり、久しぶりに見かけたナユンは受験真っ最中。物売りのおじさんが乗り込んでくると……。

トンゴトン トンゴトン
ゴトン ゴトン ゴトン ゴトン

さっきまで、名もなき乗客だったはずの隣人たち。いつの間にか、その表情や服装、どこに向かっているのか、誰に会いに行く途中なのか。家族は? 友だちは? そんなことまで気になり始めてしまっているのです。

大都市ソウルの地上と地下の風景を、端正な水彩画で魅力的に描きだしているのは、韓国の絵本作家キム・ヒョウン。本書は韓国内で数々の賞に輝いたほか、米ニューヨークタイムズ紙が選ぶベスト絵本(2021年)、英ガーディアン紙が選ぶベスト絵本(2022年)にも選ばれています。

ここかしこに流れていく、目には見えないひとりひとりの物語。やわらかい午後の日差しが包み込みます。

編集長のおすすめポイントは……

新しくて懐かしい

どこかで見たことあるような、似ているようで少し違う、韓国の地下鉄の風景。大きなリュックと手荷物を持ち、花柄のシャツにズボンをはいた小さなおばあさんの背景に見えるのは、海の中を自由に泳ぎまわる頼もしい姿。靴職人のジェソンおじさんの視線は近くの人たちのつま先に注がれ、じっと携帯電話を見つめるナユンからは、そびえたつビルの大きさに押しつぶされそうになりながら歩く姿が見えてくる。なんて魅力的な物語なのでしょう。乗客それぞれの顔に刻まれているしわや表情からも、人生が透けて見えてくるようで、いくら眺めていても飽きることがありません。新しくて懐かしい、そんな一冊なのかもしれません。

磯崎 園子(いそざき そのこ)

絵本情報サイト「絵本ナビ」編集長。著書に『はじめての絵本 赤ちゃんから大人まで』(ほるぷ出版)、『ママの心に寄りそう絵本たち』(自由国民社)、監修に『父母&保育園の先生おすすめの赤ちゃん絵本200冊』『父母&保育園の先生おすすめのシリーズ絵本200冊』(玄光社)がある。