かこさとしが亡くなる1ヶ月半前に編集者に託した「かこさとし童話集」鈴木万里さんインタビュー (偕成社)

文芸・カルチャー

公開日:2024/4/2

24年3月に完結した「かこさとし童話集」(全10巻)は、かこさとしさん自らが編んだ、初の童話集。「動物のおはなし」「日本のむかしばなし」「生活のなかのおはなし」「世界のおはなし」の4つの分類で、挿絵とともに、246のお話が収録されています。本童話集について、各巻の冒頭でも言葉を寄せていただいた、かこさんの長女・鈴木万里さんにお話を伺いました。

「かこさとし童話集」の原稿は、かこさとしさんが亡くなる一ヶ月半前に、編集者に託していただいたものです。万里さんもその場にいらっしゃいましたが、そのときのことを覚えていらっしゃいますか。

はい。ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが、歴史的な瞬間だと感じて見ておりました。

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というのは、その年(2018年)の初めにだるまちゃんシリーズの3作品が同時発売になり、話題になって取材も多くありましたが、そのすぐ後、父の誕生日(3月31日)に向け、3月には御社から『過去六年間を顧みて』出版していただきました。

その頃、父はもう自分の余命がわずかであることを悟っていました。そのあとがきを書きながら、自身の父親のことを思い出し、感慨にふけっていたようです。父親との思い出のある青年期から60年にわたり書きためてきたこの童話集の原稿を編集者さんに託す父の胸中には、言葉で言い表せない様々な思いがあったに違いありません。

残念ながらその場面は取材に来ていたNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」の番組では紹介されませんでした。

段ボールいっぱいの原稿がこうして10冊の本として、まとまりました。出来上がってみていかがでしょうか?

晩年、80歳を過ぎた頃から笑いながら「余命いくばくもないから、自分がいなくなったら、書斎に置いてある原稿を出版社さんに見ていただき、出していただけるものはそのようにお願いしなさい」と、ことあるごとに繰り返していたので、童話集が出来上がりほっとしています。

かこさとしが詰まっている10冊になりました。初めて印刷された作品が7割以上を占め、私が知らなかったお話も非常に多く収録されています。父の人生の3分の2の時間を費やして綴られてきたものをこの童話集として読み、改めて父の心の中や頭の中を少し覗くことができた、そのように感じています。

特に作家デビュー前の脚本「夜の小人」や「トンネルの童話」(7巻収録)などが、初めて印刷されました。このような若い頃のかこさとしの感性を知ることができる貴重な作品をぜひお読みいただきたいと思います。

川崎セツルメントの子どもたちの作文をもとにした「私たちのまちとつるつるめんと」(1953年作・8巻収録)は当時幻灯にしたものですが、その脚本を入れた紙袋には、歴史的価値があって重要なので大切に取り扱うように、とありました。その言葉通り、今となっては昭和の普通の人々の暮らし、子どもたちの心情を知ることができ、父の創作の原点もわかる貴重な資料だと思います。

本の扉には、かこさとしさんのふるさと、福井県の重要無形文化財、越前和紙がつかわれていますね。

お話の内容については、原稿があり、挿絵も9割ほど用意されていましたが、表紙のデザインなどについては全く指示がありませんでした。父が米寿の時(2014年)に『矢村のヤ助』を絵本にして全国の図書館に寄贈した際、御社が編集をしてくださり、前扉に越前和紙を使い、それを大変喜んでいたので今回もそうしたいと考えました。

その前の年、2013年越前市に「かこさとしふるさと絵本館 石石」が開館、市は読書のまち宣言をし、その基調講演を父がしました。その折には、セツルメントの旧友や、古くからのファンの方々と一緒に和紙の里にある紙の神社のお祭りを見せていただき、和紙のことも絵本にしたいと話していました。

ちょうど童話集の編集が始まったばかりの頃、越前市の和紙を漉かれる伝統工芸士さんのお子さんの発想で、廃棄される野菜クズを入れた和紙が誕生したこと聞き、童話集には、その和紙をぜひ使っていただきたいとお願いしたのです。

 

今回はゴボウとネギが漉き込まれている和紙ですが、サステナブルとかエコという言葉ができる遥か前から、もったいないの精神で裏紙を使ったりしていたかこさとしらしい装丁、生活と結びついたお話にふさわしいものになったと思います。渋くなりがちな表紙とカバーを、絵の色が引き立つ鮮やかで綺麗な配色にデザインしていただいた点にも満足しています。

亡くなる直前まで、子どもたちへの思いを、同じ熱量で持ち続けられていたかこさとしさん。その思いが結実した、まさに集大成ともいえる童話集ですね。

童話集のそこかしこから、かこさとしの声が聞こえてくるようです。