「作品の内容で戦える、作家の世界はとてもフェアなもの」五十嵐律人×柿原朋哉/匿名時代の作家対談

文芸・カルチャー

公開日:2022/9/17

柿原朋哉さん、五十嵐律人さん

「パオパオチャンネル」のメンバーとして人気を博した、YouTuber・ぶんけいさん。このたび『匿名』(講談社)で作家デビューした彼は、それに伴い、作家名義を本名である柿原朋哉に変更した。そこにあったのは、ひとりの作家として真摯に小説と向き合いたいという覚悟だ。

 そんなデビュー作『匿名』を上梓した柿原さんが、先輩作家と「匿名時代」を考える対談企画。今回登場していただくのは、現役弁護士でありながらミステリー作家として活躍する五十嵐律人さんだ。この夏にはタイムリープと法廷ミステリーを掛け合わせた『幻告』(講談社)を発表し、大きな話題を集めている。

 ふたりの作家が互いの作品に思うこと、そして作家として生きることとは――。

(取材・文=五十嵐 大 撮影=干川修)

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「むき出しの感情を表現するのがとても難しかった」(柿原さん)

匿名
匿名』(柿原朋哉/講談社)

五十嵐律人さん(以下、五十嵐):僕、本を読むのがめちゃくちゃ遅いほうなんですけど、『匿名』はほぼ一気読みできました。それくらい面白かったし、文章が読みやすかったんです。読みやすいんだけど、個性がありますよね。

柿原朋哉さん(以下、柿原):ありがとうございます!

――特に惹かれたポイントなどはありますか?

五十嵐:『匿名』は“音楽”が物語の鍵になっているじゃないですか。そして、それを聴いたキャラクターがどんな感想を抱いたのか、ちゃんと言語化されている。そこを読むと、一体どういう音楽なのか想像力を掻き立てられます。ふだん音楽を聴いても「なんか良いな」とか「エモいな」とか、僕はそんな感想しか出てこないので、そこを言語化されているのが素晴らしかった。

 それと、僕はやはりミステリー作家なので、作中の謎めいた部分がどうしても気になるんです。『匿名』でいうならば、“Fの正体”ですよね。「この人がFなのかな?」と推理しながら読み進めていきました。ただ、本作が面白いのは、そのミステリー部分だけで終わっていないところ。Fの正体が判明してから、その先がさらに膨らんでいく。本当に楽しい読書体験でした。

柿原:こんなに具体的な感想をいただく機会もまだないので、うれしいです。ありがとうございます。

柿原朋哉さん

五十嵐:書いていて大変でしたか?

柿原:う~ん……。最初のうちは「小説っぽさ」を意識しすぎていて、そこから抜け出すのは大変だったかもしれません。でもそこを抜けて、「もっと素直な気持ちで書こう」と思ったんです。そうしたら今度はそれが難しくて。いままでインフルエンサーとして活動してきて、言うべきこと・言うべきではないことが無意識に刷り込まれていた自分に気づきました。「これは言わないほうがいいな」「いま感じたことは、表に出さないほうがいいな」と自分を抑圧するような性格になっていたんです。それを取っ払って、むき出しの感情を表現するのがとても難しかった。

――逆に柿原さんにお聞きしますが、五十嵐さんの最新作『幻告』を読まれていかがでしたか?

幻告
幻告』(五十嵐律人/講談社)

柿原:こんなに複雑で設定が盛りだくさんの作品を、よく書き上げられたな……と、一読者として感動しました。「タイムリープ×法廷ミステリー」という設定だけを見たとき、「これ、料理しきれるのかな」と思ったんです。法廷ミステリーをリアルに描くだけでも大変なのに、そこにタイムリープという特殊設定も入ってきて。ただ、過去のインタビューで「タイムリープと裁判は親和性が高い」みたいなことを仰っていますよね。読み終えたとき、その意味がわかりました。

 そしてもっと難しい内容だと思っていたけれど、僕にも理解できるように噛み砕いて書かれていることにも驚きました。ストーリーは面白いし、自然と法律についても理解できるようになっているし、そんな小説を書かれる作家ってどんな人なんだろうと、今日はお会いできるのを楽しみにしていたんです。実際にこうしてお話ししてみて、やはり五十嵐さんは頭のいい方なんだな、と感じました。もともとロジカルに思考するタイプなんですか?

五十嵐:学生の頃から口喧嘩が強くて、常に正論ばかり述べるようなタイプだったんですけど、そのせいで「正論にもTPOがあるだろ!」と叱られることもありました(笑)。

 でもその後、法学部に進学したら居心地が良かった。法律を解釈するときには余計な感情が入り込まない。みんな、一律で解釈するわけです。それが自分には合っていて、そのままロースクールに行って、司法試験に合格して弁護士になりました。

 ただ、法律が正論だけの世界かというと、そうでもないんです。まさに『幻告』で描いている裁判の場面なんかがそうですが、「どうして罪を犯したのか?」を突き詰めていくと、やはり感情が大事になってくるんですよ。「お金が欲しかった」「相手を許せなかった」と、犯罪者にもそれぞれ感情に起因する動機があって、法律家はそこに法律を当てはめていく。ロジカルな世界だと思っていたら実はエモーショナルなところもあって、非常に面白いなと感じました。『幻告』で家族のつながりや絆を描いていますが、それは法律におけるエモーショナルさを感じた影響が大きいかもしれません。

柿原:そう言われてみると、五十嵐さんの作品のなかで一番温かみを感じるものでした。五十嵐さんの感情が滲んでいるというか。これまではクールな作風という印象が強いんですけど、『幻告』は法廷を舞台にしたヒューマンドラマのように読めました。

「小説のラストは“終わり”ではなく、“ターニングポイント”」(五十嵐さん)

――『匿名』と『幻告』、両作品には“やり直し”という共通点があるように感じます。それを小説のなかで描くことについて、それぞれの考えも聞いてみたいです。

柿原:『匿名』では『幻告』のように過去を変えることはできませんが、それでも「変わることを決意する瞬間」を描きたいと思いました。なにかから逃げ続けていた人が、どう変わるのか。そこでなにが起こるのかではなくて、あくまでもキャラクターがどう変化するのか、を書き留めたいと思ったんです。

『幻告』のようなタイムリープもののラストって、過去を変えられる・変えられないの二択になるじゃないですか。そして変えられたとしても、代償が待っていたりもして、それも読みどころになる。だから、五十嵐さんはどんな風に物語を畳むんだろう、と想像しながら読み進めるのが楽しくて。結果、想像以上にキャラクターたちが救われていて、「五十嵐さんってやさしい人なのかもしれない」と思ったくらいでした(笑)。

五十嵐律人さん

五十嵐:ありがとうございます(笑)。ただ、ハッピーエンドにするつもりで書きはじめたわけではないんです。もともと作り込まれたエンディングが好きじゃなくて。今回はタイムリープを何度も何度も繰り返して、最善の道を探るストーリーだったので、その過程で自然と、必然性のあるハッピーエンドに落ち着いたのかな、と思います。

 またその上で、この300ページ以上の本を読み終えたとき、読者になにかを感じ取ってほしかった。犯罪者に対して罰が与えられるという警告だけではなく、そこにはちゃんと救済の道も用意されているのだ、ということを伝えたかったんです。

柿原:『幻告』を読んで、「友香もタイムリープできたらよかったのに……」と思ってしまいました。

五十嵐:ネタバレになるのであまり言及できませんけど、友香みたいな人が自分の過去と決着をつける方法って答えがないんですよね。すごく難しい。でも『匿名』のラストシーンで「たしかに、こういう選択になるよな」と納得できて、読んでよかったと思いました。

 小説のラストって迷うこともあるし、最初から決められるときもあるんです。ただいずれの場合も、ラストシーンの後もキャラクターは生きていく。むしろ、ラストシーンは“終わり”ではなくて、その後も人生は続いていくという前提の上で、そのキャラクターにとっての“ターニングポイント”なんじゃないかな、と。

柿原:すごく共感します。これは好みも関係していると思うんですけど、僕は物語のラストを「チャンチャン!」って終わらせたくないんです。最後まで読んで本を閉じたとき、それでも物語の世界は終わらないでほしい。それは一読者としても常に感じてきたことですし、書く側になって尚更そう感じます。

「作品の内容で戦える、作家の世界は平等」(柿原さん)

柿原朋哉さん

――『匿名』では名前も顔も隠して活動するFが描かれますが、柿原さんも五十嵐さんも、対照的に名前と顔を出して活動しています。

五十嵐:僕はもともと司法修習生だった頃に作家デビューしていて、当時は顔出しをしていなかったんです。その後、弁護士になって、徐々に肩書きによるイメージの固定化を感じて。スーツをビシッと着て、七三分けで、厳しい表情を浮かべているんだろう、みたいな。それがすごく嫌で、だったら素顔を出してみようかなと思いました。

柿原:たしかに弁護士で作家となると、しっかりしている人というイメージを持たれそうですね。

五十嵐:そうなんです。でも僕、本当はポンコツで……。たとえば、自転車でどこかに出かけたのに自転車を置いて帰ってきたり、サイドブレーキを掛けたまま自動車を数十キロ運転したり、シャンプーとリンスがわかんなくなって何度も髪を洗ったり……。それが本来の僕なんですけど、でもそれを言うと、「弁護士なのに、狙ってる!」と思われてしまう。この肩書き問題は難しいですね。

柿原:実は僕もそこに悩んでいます。僕はやはり「YouTuberぶんけい」として認知されているんですけど、作家としての名義は本名である「柿原朋哉」に変えたんです。正直、他人からすればどうでもいいと思うんですよ。ぶんけいだろうが、柿原だろうがどっちでも。それでも僕は、自分がどちらを名乗っているのかに固執してしまう。それは名前や肩書きによって、ブレーキの踏み具合が変わるから。YouTuberぶんけいであればやはり炎上を恐れてしまう。でも、そうなると書きたいことが書けない。だから僕は、「作家・柿原朋哉」という新たな肩書きを自分に付けたんです。

 ただ、今後は作家としての肩書きが持つイメージにも飲み込まれていくのかな、と。YouTuberが「面白いことをしてくれる人」と思われるように、作家として「真面目なことを考えている人」といったイメージに付きまとわれるというか。そのとき、どう振る舞えばいいのかはわかっていないんですけど、だからこそ『匿名』を書いたんだとも思います。

五十嵐:作家になると、割と変なことをしていても「作家っぽいですね」と言われるようになるかもしれません(笑)。それに過去の黒歴史や失敗を、作家というのは活かせる職業だと思います。そして消したい過去を文章に変えることで、自分自身を肯定できる。世間のイメージはあると思うものの、なにもかもを活かせるという意味では割と楽な仕事とも言えますね。

柿原:YouTuberの世界と比較すると、作家の世界はもっと平等に戦えるような気がしていて、そこはうれしい。YouTubeって「誰が」言っているのかで評価が変わるんですけど、小説は書かれている内容次第じゃないですか。

五十嵐:作家の場合は作品が先行していて、作家の人となりは陰に潜んでいますもんね。

柿原:そうなんです。そこがフェアな世界だなと感じています。

五十嵐:その上で、やはり柿原さんは稀有な体験をたくさんされているので、それを書いていってほしいです。自分自身の歴史って、自分にとっては当たり前のことじゃないですか。弁護士としての経験も僕にとってはふつうのこと。だけど、作家になってみると、そこにオンリーワンの要素があったりするんです。そしてそれが読者を面白がらせる。

 柿原さんはYouTuberとして活躍してきて、アパレルブランドも立ち上げていて、本当に珍しい存在です。だからこそ、そこで見たこと聞いたこと感じたことを、ぜひ小説にしてほしい。誰も読んだことがない、面白いものになると信じています。

柿原:ありがとうございます。なんだかこうしてお話ししてみて、五十嵐さんともっと仲良くなりたいと思いました。複雑で謎めいていて、わからない人ですよね。僕、そういう人が大好きなので、ぜひご飯に行きましょう!

(柿原さん)ヘアメイク=入江美雪希 スタイリング=金野春奈 衣装協力:コート5万3000円、パンツ3万4000円(semoh/Bureau Ueyama inc. TEL:03-6451-0705)、その他スタイリスト私物(すべて税別)

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