中村倫也主演で『ハヤブサ消防団』が連続ドラマ化!「小説と違った料理の仕方を存分に楽しんでほしい」池井戸潤インタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2023/7/7

池井戸潤さん
撮影/大槻志穂

 この地区には、自分の知らない何かが埋まっている――。

 都会を離れ、亡き父の残した家のある山間の静かな町・八百万町のハヤブサ地区に移住したミステリ作家。誘われるがまま地元の消防団に入団し、穏やかな日々を送るはずが、突如発生した連続放火に端を発する一大事件の謎を追うことに。謎が謎を呼ぶ中で、小さな集落が抱える因縁や人々の数奇な運命が浮かび上がる〝田園〟推理群像劇『ハヤブサ消防団』は、昨年9月の刊行以来、多くの読者の驚きと感動を誘っている。

 そしてこの夏、早くも連続ドラマ化が決定! 7月13日からの放送を前に、あらためて本作で目指したこと、映像で見る『ハヤブサ消防団』への期待を、原作者・池井戸潤さんに尋ねた。

取材・文=大谷道子

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田舎の風景、人々の息遣いを生のまま伝えたかった

――池井戸作品初の〝田園ミステリ〟と銘打たれた『ハヤブサ消防団』。主人公がミステリ作家であり、ご自身の出身地をモデルにしたこの作品の刊行時には「書きたい小説であると同時に、書いておかなければならない小説でもありました」とお話しになっていたのが印象的でした。

池井戸 田舎の風物を書きたいというのが、『ハヤブサ消防団』執筆の最初の目的でしたから。そういう小説は、自分のように実際に田舎で生まれ育った人間にしか描けないだろうし、亡くなった父から伝え聞いた土地にまつわる逸話や伝承も何らかの形で書いて残しておくべきではないかと、以前から思っていました。書き上げた後では、何かすごくなまっぽい小説になったなという手応えが残っています。

――「生っぽい」とは?

池井戸 この小説、全体の半分くらいまでは、田舎の風景や消防団の訓練の様子、食べものの描写などがゆるゆると続くじゃないですか。だから「ああ、ゆったりした田舎の話なんだろうな」と思って読んでいくと、中盤から後半にかけて次々と事件が起こり、展開がギュッとタイトになっていく。ハヤブサ地区にまつわる何十年も前の人間関係が浮かび上がり、さらにはある目的を持って町に近づいてきた集団の思惑が明らかになって……全体を通して見ると、緩急の差がちょっと極端なんですよね。本来ならば、もう少し前半に出来事を割り振ってペースが均一になるよう整理すべきところですが、この作品では、そういった構成の甘さみたいなものがそのまま残っているんです。実際、小説誌で連載してから単行本化するとき、いつもはすごく改稿をするのに、今回はほとんどしませんでした。

――あえてそのままにした、ということでしょうか。

池井戸 そうです。プロットもなく書き始めて、思いつくままに話を転がしていって、ラストも、自分が「ここまで」と思うところまで書き切った。展開に凸凹があるのはわかっているんですが、そこを整えてしまうと、小説がきれいにまとまりすぎてしまう。そのことによって、本来書きたかった田舎の風物や、そこに暮らす人たちの息遣いのようなものが失われてしまうような気がしたんです。

 だから、あえて無駄を残して、結果、今までにはない書き方をした小説になりました。ほかの作品と比べると完成度という点では一歩譲るかもしれませんが、そのぶん、シズル感(感覚を刺激する、触発する要素)は出せたのではないかと、自分としては満足しています。

 刊行後の読者の方々の反応を見ていると、こうした毛色の違いの部分が、ある種の副反応も引き起こしているようにも感じますが、エンタテインメント小説は「ここから何かを学ぼう」として読むものではなく、読んでいる時間がただただ楽しいということが絶対的な正義。テイストの違いも含めてじっくりと味わっていただければ、作者としてはうれしいです。

ドラマにおける原作者の仕事は「方言監修」?

――ドラマは主人公の作家・三馬太郎役に中村倫也さんを迎え、順調に撮影中だそうですね。

池井戸 先日、撮影スタジオにお邪魔してきましたが、中村さんと個性豊かな消防団のキャストが和気あいあいと収録されていて、いい雰囲気でした。消防団の面々が集う居酒屋のセットを見学したのですが、卓上のメニューやお酒のラベル、置いてある週刊誌まで細かく作り込まれていて、プロデューサーや監督をはじめ、スタッフの方々が力を込めて作ってくださっているのを実感しましたね。原作者にとって、ドラマの撮影現場を見学するのは、アトラクションを見にいくような感覚です。自分が頭の中に思い浮かべていたイメージが「ああ、こうなったのか」と、楽しく拝見しました。

――脚本は『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』などを手がける香坂隆史さん。解禁された予告映像は、サスペンスやホラー色を強く感じるスリリングな内容でした。

池井戸 確かに、ホラーっぽさはありましたね。単純に「夏だからかな?」と思ったんですが(笑)。今、手元に届いている脚本はそろそろ終盤に差し掛かっていますが、このドラマで楽しみなのは、原作のゆるやかな構成を再構築して、異なる雰囲気を作り出しているところ。結末も、かなり違った展開になるのではないかという気配がしています。

――改変は、原作者としては歓迎ですか?

池井戸 登場人物が「こんなことするわけないじゃん」という不自然な行動を取っていたりするのはさすがに困りますが、ロジックとしておかしくなく、自然に読める内容ならOKというのが僕のスタンスです。今回の脚本では、原作にはない場面や、ある出来事をきっかけにガラリと雰囲気が変わるところなど、映像的な見せ場がきちんと作り込まれているように感じますね。僕がとくに手を入れるようなことは……あ、ひとつあるとしたら、方言かな。

――故郷がモデルとなると、やはり気になりますよね。

池井戸 まさかあんなにちゃんと岐阜の方言を使ってくるとは思いませんでした。字面だけだと、けっこう標準語に近いんですが、岐阜の言葉はイントネーションが難しいんですよね。僕の出身地と都市部では微妙に異なっている。うちの言葉には独特のまろみのようなものが……まあ、そんなにガッチリとネイティブになっていなくてもいいんですが。俳優の方々にとってはアドリブを言ったりするのがなかなか難しいのではないかと思いますが、舞台で鍛えた実力のある方々なので、きっと見応えのある映像になっていることでしょう。

――地元の方々も、きっと放送を楽しみにされていることでしょう。

池井戸 ドラマ化が決まって、地元の書店さんが追加注文をしてくださったり、町おこしの企画が持ち上がったりして盛り上がっていると聞きました。ドラマは、視聴者の目線を熟知したスタッフの方々がきっと完璧なエンタテインメントに仕上げてくださると確信していますので、すでに小説を読んでくださった皆さんも「読んだからもういいや」ではなく(笑)、小説とドラマの題材の料理の仕方、その違いを存分に楽しんでいただけたらと思っています。

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