「一瞬で読めて、なのにいつまでも心に残るところが短歌の魅力」ドラマ『舞いあがれ!』脚本家・桑原亮子インタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2023/8/29

桑原亮子さん

五七五七七。わずか31音で思いを表現する「短歌」ブームが、じわじわと広がっている。各地では短歌イベントが開催され、ヒット歌集も次々に誕生。SNSには自作の短歌に「#tanka」のハッシュタグをつけ、日常的に投稿する人も。

数年前からSNSを中心に盛り上がりを見せていた短歌だが、興味を持ったきっかけとして、昨年から今年の春にかけて放送されたNHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』を挙げる人は多い。主人公・舞の幼なじみで後に夫となる貴司が詠む歌は、常に舞に寄り添い、励ましてきた。と同時に、テレビの前の視聴者に31音の中に広がる世界の豊かさや、ひとつひとつことばを吟味し、つむいでいくことのおもしろさを伝えたのだ。また番組からのスピンオフでドラマに登場した人物が詠んだ歌を集めた詩歌集『トビウオが飛ぶとき「舞いあがれ!」アンソロジー』が発売に。さらに8月26日(土)にはドラマで登場した歌人・秋月史子と貴司の担当編集者でもあったリュー北條が登場する『舞いあがれ!』からのスピンオフラジオドラマ『歌をなくした夏』の放送となった。(9月2日までNHK「らじる★らじる」にて聴き逃し配信中)

本作の脚本家で、ドラマに登場した短歌も作った桑原亮子さんに、短歌の魅力や楽しみ方などについてうかがった。

(取材・文=恩田貴子)

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短歌を作る時間は、踊り場から風景を眺められる時間のようなもの

『歌会始の儀』の入選者の一人にも選ばれるなど、歌人としての顔も持つ桑原亮子さん。短歌との出会いは、小学生のころまでさかのぼる。

「初めて俵万智さんの短歌を読んだとき、たった31文字の中に物語が見えることにびっくりしたことを覚えています。『今何を考えている菜の花のからし和えにも気づかないほど』という歌で、そのときの私はまだ菜の花のからし和えを食べたことがなくて、『どんな味なんだろう?』などと思いをめぐらせていました。短歌は私にとって、まだ知らない世界を教えてくれる存在でした。初めて短歌を作ったのは、小学6年生のとき。『修学旅行の思い出を短歌にしてください』という宿題が出て、『広島の石に「平和」の文字を書き祈ったことを今も忘れず』という歌を詠んだのが最初です」

その後しばらく短歌から遠ざかっていたが、大学に入学すると歌人・水原紫苑氏の短歌のゼミに加入。昼間は文学部、夜は司法試験予備校で学ぶ忙しい毎日の中で、短歌を詠む時間は心安らぐ時間だったという。

「短歌を詠むためにはいったん立ち止まり、自分の気持ちや周囲のものをしっかり見つめる必要があります。その時間は、現実の大変なことを忘れて、自分自身に向き合える時間。ずっと上り続けないといけない階段で立ち止まって、踊り場から風景を眺められる時間のようなものです。歌を作ることで、なぜか少し元気が出たことを思い出しますね」

短歌を詠む楽しさは、「ふだんはいえない気持ちを表現できるところ」にあるという。また、「一瞬で読めて、なのにいつまでも心に残るところが魅力的」だとも。『舞いあがれ!』で短歌に触れた人の中には、同じように感じた人も多いのではないだろうか。

気持ちが動いたとき、何が心に響いたかを書き留める

桑原さんのもとには、ドラマをきっかけに短歌を始めたという人の声も多く届いているそう。そんな人に向けて何かアドバイスをとお願いすると……。

「短歌の上の句、『五七五七七』の『五七五』の部分だけでも書き留めておかれることをおすすめします。私は小さなノートを持ち歩いていますが、チラシの裏でも、スマホのメモ帳アプリでもかまいません。ずっと短歌のことを考えていなくても、ふと思いつくことがあります。下の句を思いつくまで上の句を寝かせておく、というのがいいのではないでしょうか。自分の気持ちが動いたときに、一言でもいいので、何が心に響いたかを書き留めていただきたいです。それがとっかかりになって、時間をかけて一首が完成することもあると思います」

では、いくら頭をひねっても気持ちを表すことばが見つからないときは、どうしたらいいのだろうか。

「いろいろな歌人の短歌を読んでみるのがいいのではないでしょうか。ダンスも、リズムに慣れると自然に体が動きます。同じように、五七五七七のリズムに慣れるとことばが出てきやすいと思いますよ」

私にとって短歌は、大きな木のような存在

詩歌集『トビウオが飛ぶとき「舞いあがれ!」アンソロジー』には、ドラマに登場した短歌が収録されているが、それだけではない。未公開の貴司の短歌や、貴司の担当編集者、リュー北條こと北條龍之介、貴司に恋心を抱いていた秋月史子など、ドラマファンにはおなじみの登場人物たちの作品も収められている。

貸金庫みたいだ本は。開くたび預けてあった思い出に会う(北條龍之介)

イヤリングの金具締めゆく限界の摑み難きよ人責むるごと(秋月史子)

これらはそのほんの一部だが、本書に収められた短歌を読むと、歌人・俵万智さんが桑原さんを紫式部と称したのもうなずける。『源氏物語』で登場人物たちの和歌を詠んだ紫式部のように、性別も、歩んできた道も違うキャラクターたちの歌を桑原さんは見事に書き分けているのだ。これらの歌をどのように生み出したのか。

「『この人はどんな人生を送ってきた人だろう』というのは、ドラマの脚本を書いているときから考え続けたことなので、あとは『その人生からどんな短歌が生まれるのだろう?』と考えるだけでした。キャラクターによって言葉でどう世界を捉えるかは違ってきますので、短歌を通じてそのキャラクターだけの世界が見えてくるように、ということには気をつけていました。歌の並びやバランスは、ドラマの中で貴司くんがやっていたように、一首ずつ書いた短冊を並べ替えて決めています」

物語の中のキャラクターとして歌を詠んだことは、とても貴重な経験だったと桑原さんはいう。その経験が今後、自身が詠む歌に影響するのか、気になるところだ。

「自分では詠まない歌を詠む機会をいただけて、少し視界が広くなったように感じています。この経験が自分の歌にどう影響するのかはもう少し時間が経たないと分かりませんが、ふだんとは違う目で世の中を見るのは、おもしろい経験でした。」

最後にこんな質問を投げかけてみた。「桑原さんにとって、短歌はどんな存在ですか?」

「私にとって短歌は、大きな木のような存在です。そばに行くと、いつも木陰で休めたり、木の上にのぼって新しい発見をしたり。そういう、さりげなくて大きい、大切な存在だと思います」

桑原亮子
くわはら・りょうこ●脚本家。1980年生まれ。京都府出身。大学卒業後にシナリオを書き始め、脚本家の道へ。主な作品に、ラジオドラマ『星と絵葉書』『夏の午後、湾は光り、』『冬の曳航』、ドラマ『禁断の実は満月に輝く』『心の傷を癒すということ』など。

『トビウオが飛ぶとき 「舞いあがれ!」アンソロジー』
桑原亮子 KADOKAWA 1980円(税込)
NHK連続テレビ小説「舞いあがれ!」の登場人物たちが詠んだ短歌・詩をまとめたアンソロジー。主人公・舞の幼馴染で、後に夫となる梅津貴司が作った短歌を中心に、貴司のファン秋月史子、貴司の担当編集リュー北條、貴司を短歌の道に導いた八木巌、貴司が『にっぽん一周、短歌おしえます』の旅で出会った、全国の子どもたちの作品を収録。解説は「非公式応援歌人」としてSNSでも話題となった俵万智が担当。

『君をなくした夏』
「舞いあがれ!」のスピンオフラジオドラマ。8月26日(土)22時~22時50分(全1回) NHKFMにて放送。(NHK「らじる★らじる」にて、放送後1週間聞き逃し配信あり)

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