男性も「男尊女卑」社会の被害者である――日本の根深いジェンダー観と“依存症”の関係とは?ソーシャルワーカー・斉藤章佳氏インタビュー

社会

更新日:2023/9/8

斉藤章佳さん

 ソーシャルワーカーとして、アルコール、ギャンブル、薬物、性犯罪、DV、窃盗症など様々な依存症の問題に携わってきた斉藤章佳さん。これまでに『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』『盗撮をやめられない男たち』『「小児性愛」という病──それは、愛ではない』『しくじらない飲み方 酒に逃げずに生きるには』『セックス依存症』と様々な依存症についての本を上梓されてきた斉藤さんが、満を持して世に問うのが『男尊女卑依存症社会』(斉藤章佳/亜紀書房)だ。依存症に共通する原因は“男性優位社会”と“ワーカホリック”にある、という斉藤さんにお話を伺った。

男尊女卑依存症社会
男尊女卑依存症社会』(斉藤章佳/亜紀書房)

■日本は男尊女卑依存症社会である

「女性からは、よくぞこのテーマで書いてくれたと言ってもらえるんですが、男性からは『男が痴漢になる理由』を出したときと概ね同じ反応ですね。一番多いのは無視や反応をしないことを選択する人たち。次に多いのが反発、抵抗、拒否、否認で、ほんのわずかの方が共感してくれています」

 斉藤さんは本書の「まえがき」にこう書いている。

 日本で依存症に苦しむ人が増えつづけている生きづらさの根っこには、男尊女卑の価値観に基づいた「男らしさ」や「女らしさ」というジェンダー役割に多くの人が過剰に適応しているからなのだと、私は考えています。根本的には、みんな「自分らしさ」というのがあるので、それぞれのジェンダーの「らしさ」に適応しつづけるのはしんどい。だから「自分らしさ」と「男らしくあらねばならない」「女らしくあらねばならない」という社会から期待されているジェンダー役割のあいだでダブルバインドにとらわれてしまう。そういう生きづらさから生じる苦痛を緩和するために何かにハマって、依存症になっていく。そしてその背景には、日本社会全体が男尊女卑の価値観に深く侵されているからだという考えにいきつきました。

「この本はテーマがストレートなので、タイトルで『ウッ』となる男性が多いようですね。そして帯に小島慶子さんの名前があることなどで、著者である私の名前「章佳」を『これは女性の名前だ、またどこかのフェミが男を叩く本を書いたんだろう』と脳が誤認識するみたいなんです(苦笑)。でも男性って“結論”を読むのが好きなので、本のあとがきやプロフィールを見て私が男だとわかると、『男が書いたものなら読んでみよう』となるようです」

 本書は日本がいかに男尊女卑依存症社会であるかを提示し、そこには「お父さんが働いて、お母さんが家事と子育てをやる」という性別役割分業に基づいた家族観とワーカホリックという現実があり、それらが依存症を引き起こす“基礎疾患である”と論を進めていく。

「男性のワーカホリックを支えているのは性別役割分業という構造です。女性が家事と子育てなどのケア労働を一手に引き受けるから、男性は仕事に没頭できる。しかも働くことは社会的にはいいことで、稼いでいたらすべてOKと考えられていることが多く、仕事に過剰適応し、会社のため、家族のためという大義名分によって自己犠牲を強いられながら、仕事そのものに酔っていた部分がある。その一方で『俺は仕事をしている』をあらゆる問題の免責事由に使うわけです。子どもが何か問題を起こしたとき、夫婦で相談に来ると、お母さんが自分の子育てが間違っていたのかもしれないと言うと、『俺は仕事をしていた。お前の育て方が悪かったんじゃないか』と平気で言うお父さんもいます。自分の本質的な問題を見ないために、仕事を“否認”に使っているんですね。そう考えていくと依存症の根っこには、特に男性は“ワーカホリック”があるのではないかと思ったんです」

“男だから”つらいと言えず、プライベートを犠牲にして働くことでストレスが溜まっていく。“女だから”家事や子育てといった性別役割分業を当たり前に押し付けられる……そこで弱音を吐いたり、誰かに助けを求めたりと、上手くストレスコーピングができればいいのだが、気持ちの整理がつかなかったり、孤立してしまうと、酒やギャンブル、痴漢、万引きなど様々な依存症を引き起こしかねないのだ。

 斉藤さんがワーカホリックが依存症と何らかの関係があるのではないかと気づいたのは、ソーシャルワーカーとして働き始めたばかりの頃だったという。

「社会人1年目で、仕事もプライベートも上手く行かなかった時期があったのですが、もともと私はサッカーをやっていて体育会系だったので『自分の限界を超えると限界がなくなる!』と根拠のない精神論でオーバーワークをしていたんです。でも仕事へ来るとドキドキして目眩がして熱が出てしまうのを見かねたクリニックの看護師が、ちょっと休みなさいということで点滴をしてくれたんです。そのまま私はデスクに座って仕事を続けていたんですが、目の前でスリップ(断酒している人が再び飲酒してしまうこと)して点滴をしていたアルコール依存症の患者さんからニヤニヤしながら『お前もスリップしたのか?』と言われたんです。これが結構こころに刺さりましてね……最初は『俺はお前とは違う!』という気持ちが出たんですが、よく考えたら同じ、私はワーカホリック(仕事依存)のスリップだったなと。そこが私の“底つき”でしたね」

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■男性が“弱さ”でつながる大きな意味

 2017年6月、性犯罪に関する改正刑法が国会で可決・成立した。これによって、これまで女性に限っていた強姦罪(改正後の名称は強制性交等罪・準強制性交等罪)の被害対象者が性別を問わない形となった。1907(明治40)年の制定以来なんと110年ぶりの大幅改定であり、「男性は性被害に遭わない」という誤った認識の大転換があった。

「しかし2019年に性犯罪の無罪判決が4件続いたことで、性犯罪被害経験のある女性たちを中心に『フラワーデモ』が起きました(※)。そして2023年の刑法改正で『強制性交等罪・準強制性交等罪』から『不同意性交等罪』に改正され、さらに『性的姿態等撮影罪』や性的グルーミングを処罰する『16歳未満の者に対する面会要求等の罪』が新設され、性交同意年齢もかつて13歳以上だったものが16歳以上に引き上げられました。このようにもっとも男尊女卑や女性蔑視が深刻だった性犯罪刑法の中で、しかも100年以上変わってなかったものが変わった。だから、他のことも必ず変われるはずなんですよ」

 さらに『シン・男がつらいよ 右肩下がりの時代の男性受難』(奥田祥子/朝日新聞出版)という本が出るなど、「男らしさ」に対する見方は少しずつ変わってきていると言う斉藤さん。

「今、ジャニーズ事務所の性被害者の方が連携してつながりを作っているのと同じように、男性が弱さを開示して、横のつながりを作っていくこと、それが仲間のエンパワメントにつながっていく……こういうことがもう社会の中でできていいんじゃないか、そういう時代になってきたのではないかと思います。もともと社会学の中では、男性同士の相互扶助というのは蓋然性が低くて成り立たないと言われていたんです。でも依存症からの回復のコミュニティでは、弱さを開示することで仲間とつながり、自分を見つめ直し仲間と体験談を分かち合いながら回復していくということを昔からやっていました。アルコール依存症の人たちが集う自助グループであるAA(アルコホーリクス・アノニマス)では自分がどんな人生を送ってきたのかを正直に話しをして、仲間との分かち合いの中で男性も泣きますし、悩みや弱さをオープンにします。それがたとえどんなひどい話だとしても、正直に話すほど仲間から信頼される。弱さを開示して、横のつながりを作ることが回復につながるんです。今後、男性版フラワーデモのような動きが出てきたり、もっと大きな声が上がってくれば、男尊女卑の社会構造が変わるのではないかと注目しています」

※性暴力事件での無罪判決が2017年に全国で連続4件あり、「性暴力事件における被害は裁判で認められにくい」という意見が噴出、さらなる見直しを求める声が高まった。これを受けて、2019年4月から花を身に着けて性暴力に抗議・根絶を目指す「フラワーデモ」が始まった。

■男尊女卑的価値観の根は深い

 ジェンダー平等に敏感な若い世代は、男尊女卑的な価値観から変わってきているのだろうか?

「表面的には変わってきていると思いますが、根っこはまだまだ深いなと思いますね。昨今、学校ではSDGsも含めジェンダー平等を教えていますけど、今の若い人たちを育てているのは親をはじめとする大人で、彼らはそこから大きな影響を受けます」

 男尊女卑を刷り込まれるのは「家庭」「教育機関」「メディア」「社会(職場)」の4つ。教育機関というと、2021年に箱根駅伝で優勝した駒澤大学の大八木弘明監督が、選手に「男だろ!」と檄を飛ばしたことに対して疑問の声が上がったことを思い出す方もいらっしゃるだろう。実は斉藤さんは同じ頃、これとまったく同じ出来事を目撃したという。

「息子がサッカーをやっているんですが、小学生のときに所属していた地元のチームが、トーナメントでベスト4まで進出したことがあったんです。でも準決勝の相手はいつも練習試合で負けているチーム。試合はなんとか0-0で後半まで来たものの、完全に押され気味でした。すると最後の5分で、40代半ばくらいのコーチが選手に『おい、残り5分だぞ。お前ら、このままでいいのか!男だろ!』と言ったんですよ。そうしたらびっくりするくらい急に動きが変わったんです。相手にプレッシャーをかけだして、ボールを奪って、声もいつも以上に出るようになって、結果勝った。でも私は複雑な心境で……ただ、よく考えてみると『男だろ!』はこのとき初めて言われたわけではなくて、練習中など普段から男スイッチが作動しやすいような条件付けの仕組みを作り、知らないうちに強化されていたはずなんです。しんどいとき、もう負けそうになったときに『男だろ!』というスイッチが効果的に働くように彼らの脳内に埋め込まれていて、あの場面で押したからこそ効いたのだと思うんです。この言葉の背景にあるのって、“恐れ”なんですよ。言われた側は、負けたら男として価値がない、そして同性のコーチという絶対的な存在から認められなくなることを恐れて、自動的に作動するようになる。彼らの中にあるのは勝ちたいという思いよりも『競争で負けたら男として恥の烙印を押される』という恐怖なんです。そういう感情が、すでに小学生で芽生えているんです」

 ではどうしたら社会が変わっていくのだろう?

「取材のたびにその質問をされるのですが、その“解”を持っている人はなかなかいません。でも社会から期待される男らしさ、女らしさに過剰適応して、苦しいけれど手放せない、やめたくてもやめられない、そんな風に苦しんでいる人ってたくさんいると思うんです。だから『自分の中に男尊女卑の価値観がある』ということを認めた上で、じゃあ自分はどう生きていきたいんだろう、と「自分らしさ」を大切にするということを考えていくのが重要なんじゃないでしょうか。社会の中で勝ち続けることが出来る人はほんの一部、それ以外は脱落していくわけですからね。だから男尊女卑は女性はもちろんのこと、男性優位社会の被害に遭って苦しんでいる男性も多いはずなんです」

 2023年のジェンダーギャップ指数、日本は世界で125位と過去最低を記録している。是正するには多くの事例を知り、現状を把握し、自身の考えをアップデートしていくしかないのだ。

「人間は『学習し直すこと』ができます。私の生まれたところも男尊女卑と家父長制が非常に強い地域だったので、私自身の根っこを支えているのが男尊女卑の価値観であることを自覚しているし、だからこそこの言葉にこだわっているんだと思います。とはいえ、加害者臨床に携わる臨床家として彼らの行動変容に関わっていくうえで、フェミニズム的なアプローチに自然と傾倒していくと、時折自分の中に古くからある男尊女卑の考え方に、どこかで気づきながら対峙していることがあります。だからいつもバランスボールに乗りながらこの臨床に取り組んでいる感じなんです。最後に言いたいのは『男尊女卑依存症社会』を読んでいただいて、男性からの意見をもっともっと聞いてみたいですね。反発や抵抗は大歓迎です(笑)」

取材・文=成田全(ナリタタモツ)

[プロフィール]

斉藤章佳さん

精神保健福祉士・社会福祉士
斉藤章佳(さいとう・あきよし) 1979年生まれ。大船榎本クリニック精神保健福祉部長。
ソーシャルワーカーとして様々なアディクション問題に携わっている。専門は加害者臨床。
現在まで2500名を超える性犯罪者の治療に関わっており、著書に『盗撮をやめられない男たち』『セックス依存症』『「小児性愛」という病――それは、愛ではない』『男が痴漢になる理由』など多数。

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