atmos創設者が語る「スニーカー学」とは?『宇宙兄弟』立ち上げ編集者との対談で見えた、業界の現在

ビジネス

公開日:2024/2/8

スニーカー学 atmos創設者が振り返るシーンの栄枯盛衰
『スニーカー学 atmos創設者が振り返るシーンの栄枯盛衰』(本明秀文/KADOKAWA)

 2014年頃から10年近く続く第二次スニーカーブーム。越境ECや「メルカリ」「ヤフオク」の普及による二次流通市場のスケールアップ、承認欲求を満たすツールとしてのSNS消費、NFTスニーカーやスーパーコピー出現による真贋鑑定など、90年代の第一次スニーカーブームとは性質が異なる多種多様な盛り上がりとなりました。しかし、界隈をよく知る業界人は、「ブームは終焉した」と口を揃えます。裏原で25年以上シーンを牽引し、界隈の動向を誰よりも見てきた、スニーカーショップ「atmos」創設者で元「Foot Locker atmos Japan」最高経営責任者の本明秀文さんが、コルク代表で編集者の佐渡島庸平さんとともに“スニーカーブームのからくり”を忖度抜きで語り合います。

※本稿は、本明秀文『スニーカー学 atmos創設者が振り返るシーンの栄枯盛衰』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

千利休が過去から異世界転生してきて、過去のノウハウを使いながらスニーカーで儲けたって漫画を作ることができれば面白いなって思った

「千利休が過去から異世界転生してきて、過去のノウハウを使いながらスニーカーで儲けたって漫画を作ることができれば面白いなって思った」

佐渡島(以下、S):本明さんと話していると、千利休はこういう感じだったんだろうなと思うんです。今は茶道というとなにか形式ばってるというか格が高い感じなんですけど、茶器1個が土地や国と同じ価値を持つと侍たちが考えるのは、かなりの妄想の植え付けられ方じゃないですか。それと同じで、このスニーカーは100万円の価値があるけど、こっちは1万円と語るのは20年前だと誰もできなかったと思う。でも、「アトモス」がそれを語ってると、いつの間にか世界中の人が語るようになって、100万円のスニーカーが1000万円になっちゃった。

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本明(以下、H):今のスニーカー屋ってスニーカーだけを売ってるんですよ。だから売れなくなってる。僕はどうでもいいことばかりやって、それが意味わかんないパワーになってた。

S:茶碗の場合は1万円のものと100万円のもののどちらが良いかについて、方程式のようには語れなくて、誰かが決めた不合理な仕組みのもとで決まっている。一方で、スニーカーの場合は茶器と違って日用品。2次流通市場が出来上がり、価値があるものとして売買する場所と、単なるモノとして売買する場所が一緒になってしまった。そのせいで作り上げてきた価値体系が分からないまま売買する人たちが参入してきて、一部の人たちしかスニーカーが価値を持ちえるのか語れなくなっちゃった。これが、僕から見た時のスニーカーバブルの崩壊の理由です。

H:なるほど。

S:本明さんのスニーカーの付加価値づけの方法論は、今もなお面白い。だから本明さんが実は千利休が過去から異世界転生してきた主人公で、過去のノウハウを使いながらスニーカーで儲けた話を漫画で作りたいんですよ。ただ、ストーリーとして難易度が高く描ける漫画家がいなくて足踏みしているところなのですが。

H:でも、佐渡島さんが編集者として連載を立ち上げた『宇宙兄弟』は、いまちょうど佳境で面白いよね。

S:『宇宙兄弟』を描く小山宙哉さんなら、「スニーカーブームと茶の湯は同じだ、というテーマのもとで歴史を分析できないかな?」という抽象的な問いかけから、小山さんの答えで漫画を描いてくれるんです。でも、小山さんのように描ける作家って、そうそういないんです。

いくらでも苦しいことをキャラクターに味わわせることができるのが、創作の面白さ

「いくらでも苦しいことをキャラクターに味わわせることができるのが、創作の面白さ」

H:いま僕がアイデアを出して、佐渡島さんと作家のタワシさんと『しあわせぱんぱんだー』を作っているじゃないですか。

S:スニーカーのビジネスを売却して足を洗った本明さんが、次に訳のわからない価値付けをできるのがキャラクタービジネスなんだな、と面白さを感じて一緒にはじめたいと思ったんです。

H:僕は漫画業界のことは分からないけど、佐渡島さんが「いま売れている漫画は復讐モノか転生モノだ」って言ってたのが、すごく印象に残ってるんです。両方とも人生を間違っちゃった人が読むのかな、暗い世の中なのかなって思うじゃないですか。そうすると逆に「やっぱり幸せのほうが良いでしょ」といった会話から、『しあわせぱんぱんだー』の話が出てきた。佐渡島さんのああいうポジティブさって、どこから出てくるのかなって。

S:僕は、自分ではポジティブだとは思っていなくて、そもそも世の中の仕事全般は面白くないと思っています。僕が好きなのは、みなもと太郎の『風雲児たち』で薩摩藩が幕府の命令で治水する話のようなこと。ひとつのアイデアでガラッと変わるのではなくて、努力が必要で、川の流れをコツコツ時間をかけて変えてしまうようなことなんです。治水は目に見えて生活がよくなります。治水と同じことを精神面でできれば、社会の流れを変えて生きやすい世の中を作ることができるかもしれない。僕が就職するなら出版社しか興味がなかったのも、そういう理由です。逆に、僕は今みんながなにを好きかってことにはあまり興味が無い。

H:僕、佐渡島さんが編集者として関わってるコンテンツって全部前向きだと思うんですよ。

S:前向きにしたいとは思ってなくて。『宇宙兄弟』の主人公ムッタは、何かあるとすぐネガティブに考えるじゃないですか。作家のことを創造主だと言いますが、ではなにを創造するのか。それは、人間を造ること。魅力的な人間ってなにかを手放しても次へ向かうことができるし、いま手元になにも無くても幸せを感じられる。

H:佐渡島さんが携わる作品には、心のフロンティアがあると思うんです。常に新しいことを求めて、困難はあっても乗り越えていくじゃないですか。

S:いくらでも苦しいことをキャラクターに味わわせることができるのが、創作の面白さだったりします。たとえば僕の家族が全員事故死しました、僕はどうやってそれに向き合うかということは、リアルに想像することは難しい。それをストーリーのなかでキャラクターに同じ境遇を味わわせれば、リアルに追体験できる。楽しい時に機嫌がいいのは当たり前で、苦境に立った時にどう工夫して乗り越えるかに、人間性が表れるんだと思うんです。

H:僕も靴を売る時はお客さんとのリレーションシップを大事にしていたけれど、佐渡島さんは作家とどう関係性を築いているんですか?

S:僕の場合、打ち合わせではその作家や僕の人生における重要な課題について雑談のノリで話していて「どう解決すればいいのかね」って考えている時に「それ、主人公に同じことを味わわせちゃえばいいじゃん」ってなったりしますね。コルクでエージェント契約を結んでいる伊東潤さんの『男たちの船出』という小説は息子たちに腕前を抜かれつつある船大工が焦りや嫉妬を乗り越えていく心情が描かれています。この感情には直木賞に5回もノミネートされたのに受賞できなかった作家本人の心情が反映されています。自分が直面している困難をキャラクターに一度乗り越えてもらうことで、作家本人も乗り越えられるんです。

H:僕はどうしても売りたい目線なんで「こうすれば売れるんじゃないか」って考えちゃう。それを作家に伝えるべきか、迷ってるんです。

S:作家に本明さんが好きなだけ指摘してもらって、良いと思います。僕は仕事を通じて人生に対する問いの答えが聞きたいと思っていて、それに作家が答えてくれた時にやっと売りたいというスイッチが入るんですよね。「こんなに作家が僕の問いにしっかり答えてくれて、たくさん学びがあるのに、これが世の中で売れていないのはおかしい」と現実とのギャップを埋めるために、売ることを考えはじめる。そういう意味で僕は火がつくのが遅いので、すでに本明さんが売るための部分を考えてくれるのは、大歓迎です。

「愛があるものは売れる」

H:僕は愛があるものは売れると思ってるんです。やっぱし、モノだけ売ってても売れない世の中だから。

S:『しあわせぱんぱんだー』で描かれてるような「水が美味しくてしあわせ」とか「お米が美味しくてしあわせ」みたいに日常生活の些細なことで幸せを感じるためには、暮らしのなかでなにかがピタッとハマらないといけないし、簡単に失ってしまう感情でもあります。禅寺で暮らしていれば幸せに気づくスイッチが入ったりすると思うんですけど、現代社会ではそれが失われているから、そんな小さな愛に気づけるような作品を作りたいですね。

H:僕が佐渡島さんと仕事をやりたいのは、話していて勉強になるから。僕はモノを売るのではなく、そこに付随する情報や文化を売ることを心がけてきたけれど、今度はキャラクタービジネスやコンテンツをフィールドから佐渡島さんに教えてもらいながら一緒にできたらいいな、と思っています。

佐渡島さんは、裸足に近い履き心地を追求した「ビブラム」社の5本指シューズを愛用
佐渡島さんは、裸足に近い履き心地を追求した「ビブラム」社の5本指シューズを愛用
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