故郷を追われた旅人と心に傷を持つ少女。ふたりの出会いによって明らかになっていく過去の事件とは?『窓辺のリノア』1巻刊行記念、萩埜まことさんインタビュー

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公開日:2024/3/15

窓辺のリノア
窓辺のリノア』(萩埜 まこと/KADOKAWA)

漫画誌『青騎士』(KADOKAWA)で好評連載中の『窓辺のリノア』単行本1巻が2月20日に発売になりました。2021年に完結した大人気作『熱帯魚は雪に焦がれる』シリーズから約3年、ファンにとって待望の新作長編です。著者の萩埜まことさんに、今作が誕生したきっかけをはじめ、舞台となるドイツや、引用される文芸作品について、また登場人物への思いなどをお聞きしました。

――『窓辺のリノア』単行本1巻の刊行、おめでとうございます。引き込まれ、夢中になって読みました。まずは、着想のきっかけからお聞かせください。短編集『どこかの星のふたり』に収録されている読み切りを長編化なさったものですよね? タイトルが素敵なので「窓辺」というワードから広がっていった物語なのかな……などと、勝手に想像していました。

萩埜まこと(以下、萩埜):ありがとうございます! お察しの通り、「窓辺に立つふたり」というイメージからどんどん話が膨らんでいきました。もともとは『第七天国』(1927年アメリカ製作の無声映画)から着想を得た作品なんです。映画では、主人公の男女が螺旋階段をぐんぐん上っていくと、大きな窓のある屋根裏部屋にたどり着きます。そこは男性が「天国」と呼ぶ自宅で、ベランダから板が渡されていて他の家と行き来できるようになっているんです。また窓からは美しい星空が見える。女性はそれまで星など見たことがなかったのか、うっとり眺める……。そんなシーンが、モノクロ映画ながら本当に美しくて。

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 そういった映画の設定やシーンからイメージが膨らみ、リノアの過去やテオの旅人像が肉付けされていきました。短編集に収めた作品の中で「窓辺のリノア」は最初に描いた作品ですが、次に連載することがあれば題材はこれだなぁという予感はずっと心の中にありました。迷いなく話が浮かんできて、企画を出す段階ですでに最後までの大まかなストーリーができ上がっているほどでした。

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萩埜まこと短編集 どこかの星のふたり』(萩埜 まこと/KADOKAWA)
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――故郷を追われて逃亡中の作家・テオ、そして心に傷を抱えながらも無邪気に笑う少女・リノア。主人公ふたりの人物像について、どのようなイメージで描かれているか教えてください。

萩埜:テオは作家ではありますが、旅人のような、探偵のような風貌ですよね。彼の人物像というのは1巻の時点だと、じつはそこまで描かれていないのですが、繊細で傷つきやすいのは間違いなく、口数が少なく勘違いされやすい人物だと思います。

 読み切りを知っている方はあれ?と思われたかもしれませんが、金髪だった髪色が黒髪に変わっています。「日本人に馴染みやすいキャラクターにしてほしい」との要望があり、変更したのです。放浪の最中、彼なりに身を隠すために髪を染めたんだろうなという設定ですが、結果的に黒髪にしてよかったなぁと思います。

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 リノアは読み切りのときはもうちょっと小憎たらしい感じだったんですが、これから明らかになる彼女の過去に合わせてブラッシュアップしました。連載に合わせてより好かれやすいキャラクターにしようと意識したつもりです。テオとリノアどちらにも共通しているのは、ちょっとミステリアスな点ですかね。そう見えてくれていたら嬉しいです。

――二足歩行のしゃべる猫・ピートはテオの旅の相棒(イマジナリーフレンド)として描かれていますが、表紙には本物の猫の姿も!? ピートの正体は? テオが飼っていた猫?……どんな秘密があるのでしょうか。

萩埜:その辺は乞うご期待、ということで。ピートについて言うと、読み切りのときは、動物の「猫」として登場しましたが、今回は人型になっているんですよね。そのあたりに深い意味があるのか、ないのか……? 彼はもっとハードボイルドな、葉巻とか吸っていそうなキャラクターになる予定だったんですが、気づいたらずいぶん丸く優しくなっていました。先述した通り、テオは口数少ないキャラクターなので、話を進める上でピートが必須となる場面も少なくありません。ピートの存在は本当に助かっています。

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――わかりました。ピートの秘密が明かされることを期待しておきます!(笑)ところで物語の舞台を、1990年代ドイツ南部、バイエルン州の田舎町とした理由は? 外国を舞台にする難しさや面白みはどんなところでしょう。

萩埜:残念ながら直接行ったことがないので、グーグルマップや写真資料を参考にしながら描いています。よく「中世にタイムスリップしたような街」という文面で紹介されているので、人生で一度は訪れてみたい場所です。

 舞台をドイツにしたのはやはり、あの街並みを描きたかった、というのが一番の理由です。それに加えてテオが逃亡する上で、どこへ向かうのか、そしてリノアと出会う場所をどこにするか。そういったことも考えてドイツに設定しました。

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 1990年代にした理由は、雰囲気をどのように演出したいのか考えたときに、デジタルデバイスが発達していない時代というのが第一条件としてありました。もしもテオとリノアが携帯やスマホを持っていたら……なんて考えられませんでしたし、今回は作品のノイズにもなり得たので、そういった要素を省く必要がありました。

 そして最も重要なのが時代を明確にする以上、その時代背景を無視して描くことはできないということです。しかし、いかんせん自身が歴史には詳しくない上、調べられる範囲は限られていると思ったので、少なくとも東西統一後の時代、あとは自分の生まれた年に神秘的なものを感じるところがあり、そのあたりで設定しました。

 難しさはもう何もかもがわからない、ということです。1990年代のドイツの警察に関すること、ドイツの法律、公衆電話ってどんな形だろうとか、気候やイベントごとまで知識がゼロからのスタートなので……。面白い点は絵を描いていて、とにかく楽しいことです。特に建物はどこを切り取っても文字通り絵になるので、毎回、背景も楽しみながら描いています。

――リルケの詩集『ドゥイノの悲歌』が登場しますね。こちらを選ばれた理由は? 今後の物語でもキーとなってくるのでしょうか。

萩埜:『ドゥイノの悲歌』は映画に引用されていたことから存在を知ったのですが、映画のみならず、あらゆる芸術で引用されるなど目にする機会が多く、まずその文体に魅力があることは言うまでもないと思います。

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 リルケがドイツ語詩人であることや詩集のテーマが「天使」という点が、今作とシナジーがあると感じたのと、第1話に導入することで、これから始まる物語が『ドゥイノの悲歌』のようにひとつひとつ読み解いていくお話になるんだよ、ということを示唆できるかな、と。ただ今作に関してはあくまでもフックという形にとどめています。せっかくテオが作家という設定なので、今後、他の作品も何かしらの形で登場させていければいいなと思っています。

――宿の亭主と従業員、リノアのカウンセラー・アヤコ、女性警部のエマ、そして警部のタークなど。気になるキャラクターがたくさん登場しますね。

萩埜:ここに挙げていただいた人物は今後も物語に深く関わってくるのでぜひお楽しみに! というところで、アヤコは名前の通り日本人にルーツがあることは間違いなく、エマはまだまだ自暴自棄すぎるところがあるキャラクターですが、今後きっと好きになってもらえるはず(笑)。タークは、ズバリ第二の主人公です。

――タークが第二の主人公とは! ますます続きが楽しみになってきました。「純文学的ヒューマンドラマ」と呼ぶにふさわしい雰囲気ですが、リノアとテオの過去がフックとなるミステリ作品のようにも読めます。

萩埜:ありがとうございます。今後「ある事件」にまつわる話が深掘りされていくと、よりミステリ感は出てくるのかなぁと思っています。あくまでもメインは人間ドラマですが、そのあたりは読者の方に判断していただければ幸いです。

――ちなみに、お好きな小説はやはり純文学系が多いのでしょうか? どんな小説を読まれていますか?

萩埜:純文学とは何かを調べるレベルなので……特にこだわりなく手にとっている気がします。日によって好みがコロコロ変わるので、あまり「これが好き」というのを意識していないことが多いです。最近読んだなかでよかったのは『ポピーのためにできること』(ジャニス・ハレット:著、山田蘭:訳/集英社文庫)です。

 これは文章がほぼ登場人物たちのメールのやり取りで占められているという少し変わった小説です。そのメール(資料)を第三者が読んでいて、劇団でいったい何が起こったのか、犯人は誰かというのを推理していくお話なんです。登場人物たちが語ることはもちろん、語られない行間(あえて被害者が送ったメールは作中に一切登場させていない)を読み解くことで、真相が見えてくるという構想がまず面白くて一気読みしました。

 もう1冊は『異常【アノマリー】』(エルヴェル・テリエ:著、加藤かおり:訳/早川書房)です。これは前情報なく読むと面白い作品なので多くは語れないのですが……。最初は、登場人物欄に列挙された人たちの日常が語られていくだけで何も起こらないのですが、読み進めていくと全員にある共通点があることに読者は気づき始めます。そしてそこからの第2部……。最後の文字の使い方まで魅力的で、ゾクゾクしながら読み終えました。

――どちらも興味深い内容ですね。読んでみます! 他にリフレッシュ法やマイブーム的なことはありますか?

萩埜:切り替えがあまり得意ではないので、これといったリフレッシュ法はないのですが、気づいたら掃除してるか、あとはひたすら寝ます。マイブームは……生活、ですかね。どういうこと? って感じだと思いますが、本を読んだり、ラジオを聴きながらほうきで家中を掃いたり、天気のいい日に切った野菜を干したり、散歩に出かけたり。ただ生きているだけなんですが、生きているだけでいい。小さなことでも達成感があると嬉しく思えるんです。

――人間らしくて素敵ですね。「生きているだけでいい」と言えることは、豊かで幸せなことだと思います。さて、それでは『窓辺のリノア』の話に戻りますが、今後の展開や「ここに注目して」というポイントについて教えてください。

萩埜:今ちょうど2巻に収録される内容の中盤を過ぎたところまで描いているところですが、少しずつ「こういうお話なんだ」というのが見えてきている段階かなと思います。特に5話ではリノアの身に大きな展開が……。これを機に物語が更に動き始めますので、雑誌を読まれている方は4月発売の『青騎士』を楽しみにしていてください。

青騎士
青騎士 第18A号』(KADOKAWA)

 テオとリノアはもちろんですが、警察メンバーや、ホテルの亭主と従業員など、それぞれにドラマがあり、スポットが当たる作品となっています。ひとりひとりの動向にぜひ注目してみてください。そして、今はまだふわっと描かれているテオのトラウマやリノアの過去についても、少しずつ輪郭がはっきりしていきます。予想以上に重い要素を含んでいる作品であることをお伝えしておかなくてはなりません。このあたりは作者自身もしっかりと向き合って描いていくつもりなので、どうかよろしくお付き合いください。

――2021年に完結した『熱帯魚は雪に焦がれる』シリーズのファンにとっても、待望の新作長編だと思います。最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。

萩埜:ここ数年、さまざまな揺らぎがあり、連載を終えてからなかなか次の作品を、という気持ちになれなかったのですが、ようやくこうして形にすることができました。もし待っていてくれた方がいたなら嬉しいです。そしてこのインタビュー含め、読んでいただきありがとうございます。『窓辺のリノア』についても他の私の作品と変わらず、すごくパンチがあるというよりは、じっくりゆっくり面白くなる作品になるかなぁと思っています。今後も引き続き応援していただければ幸いです。

取材・文=髙倉ゆこ

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