吉澤嘉代子「自分は普通じゃない。横道にそれてしまった気持ちをすくい上げた」ドラマ『瓜を破る』エンディングテーマ「涙の国」・新EP『六花』インタビュー

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公開日:2024/3/19

吉澤嘉代子さん

 現在放送中のTBSドラマストリーム『瓜を破る ~一線を越えた、その先には』のエンディングテーマ「涙の国」を手がけているシンガーソングライターの吉澤嘉代子さん。同曲を収録したEP『六花(りっか)』を3月20日にリリースすることになった。どのような思いを込めたのか、吉澤さんにお話を伺った。


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「青春」の儚さ、切なさを封じ込めた

――前作のEP『若草(わかくさ)』と合わせて「青春」をテーマに作られたとのことですが、今回のEP『六花』にはまるで短編小説を読むような深い味わいがありました。どんな思いを込められたのでしょうか?

吉澤嘉代子さん(以下、吉澤):『若草』はファッション誌に出てくる元気で明るいギャルたちの「仲間最高、イエイ!」みたいな感じのEPにしたいと思って作ったんです。それができたからこそ『六花』では青春の儚さ、切なさを封じ込めたいと思って作りました。

――すごく繊細な心情が印象的です。登場人物に心を寄せて曲を作ることが多いそうですが、今回はどんな登場人物をイメージしていますか?

吉澤:今回の登場人物は2人で「ふたりの友情」というのをイメージしています。前作はジャケットにも5人の女の子に登場してもらって「仲間たち」というのをイメージしましたが、今回は2人。そんな曲が多くなっています。

吉澤嘉代子さん

――今回のEPには多彩な編曲家が参加されています。自分の曲が編曲によって変化していくのはいかがでしたか?

吉澤:私が今まで作ってきたものというのは、自分と対峙するような内省的なテーマのアルバムや曲というのが多かったんです。抱えがちというか「守りに入りたい」という気持ちがどうしても強く出てきていたんですが、フルアルバム『赤星青星』でふたりきりの世界というのを書いてから、もう少し託せるようになったというか。特に今回はサウンド面でも信頼して、かつアレンジャーのみなさんにも楽しんで作ってもらえたらと思っていたので。リスペクトの気持ちを込めてお渡しいたしました。

――共同作業で見つけたものはありましたか?

吉澤:今年の1月にライブツアー『若草』を開催したんですけど、そこでも仲間ができて。バンドメンバーも同世代でしたし、自分のものを楽しんで演奏できるようになったとすごく思いました。それが制作にもつながっている気がします。

――誰かと何かを作るのは刺激的だったのでしょうか?

吉澤:そうですね。好きな人と一緒に音楽をつくるのって、この上なく幸せなことだと思います。レコーディングでもライブでも一番近くで、なんならお客さんよりも近くで演奏を見ることができるので、うっとりしながら。小さな自分の部屋で作った自分の曲が、外に飛び出して、こんなに大きなステージで響いてるんだと思ってぐっときたりしています。

――5月には10周年のホールライブですね。タイトルは「まだまだ魔女修行中」とタイトルにはありますが、ステップはだいぶあがりましたか?

吉澤:まだまだ修行中とは思ってるんですけど(笑)。ただ、少し楽しめるようになってきたな、と。今まではもっと萎縮していて、自分がどうしたいかを伝えるすべがわかってなかったように思うんですが、『若草』と『六花』で今までできなかったことがいつのまにかクリアになっているような感覚があって。「ギターでFのコードおさえられなかったのに、ある日突然ひけてた」みたいな感覚というか。

本当の気持ちと共に思わずこぼれる「涙」を歌に

吉澤嘉代子さん

――思い入れの強い曲はありますか?

吉澤:うーん、難しいですね。スタッフからも聞かれるんですけど、ぜんぶ自信作で大好きな曲で。ただ「みどりの月」は10代に書いた曲で、今回やっと日の目を見たという感覚もあります。同じように眠っている曲がまだまだあるので、いつかステキな場所に連れて行きたいという気持ちがあって、それがすごくこの仕事をする上でのモチベーションになっています。

――吉澤さんの歌詞には印象的な言葉が本当に多くて。いまお話のあった「みどりの月」の〈エメラルドグリーンの瞳〉も印象的ですが、これはご自身のこと?

吉澤:この曲を書いたのは19歳の時ですが、その頃、初めてオーディションを受けて事務所の人とのやりとりとか、曲を作ってライブをしたりとか色々始まって、初めて社会に触れた衝撃が結構あったんですね。自分の作った「宝物」みたいな歌に、さまざまな人の意見が入るというのが初めてで、それで心の中がぐちゃぐちゃになったような新鮮な空気が吹き荒れたような、その感覚というのを表したんです。〈エメラルドグリーン〉っていうのは、ギターで弾きながらいつのまにか歌っていたフレーズでした。当時、駅前で弾き語りライブをやってたので、この曲が川口駅に鳴り響いてうるさかったと思います(笑)。

――たくさん「涙」という言葉も出てきますね。「涙」とはどんな存在でしょうか?

吉澤:自分でも今回は「涙」がいっぱい出てきてるなぁと思います。「涙」というのは、私にとっては「何か気持ちを伝えるときに、一緒にこぼれてしまうもの」。子どもの頃から気持ちを伝えるのが苦手で、何か伝えようとすると涙が一緒に出てしまうのがコンプレックスというか、なんでこんなに泣き虫なんだろうって思ってたんです。だんだん大人になるにつれ泣かなくなってきて、普通にけんかしても泣かなくなって…たまに泣いちゃうときもありますけど…だいぶ強くなったなって。ただ、それだけの熱い気持ちがあるから涙が出ちゃうのだろうし、そのピュアな部分は今回の『六花』の「青春」というテーマの中ではすごく大切なものだと。『若草』は「風」がキーワードでしたが、『六花』では「涙」なのだと最後の方に気がつきました。

――まさに「涙の国」という曲もあります。この曲はドラマ『瓜を破る』のエンディグテーマですが、原作を読まれてすごく感銘を受けられたそうですね。

吉澤:タイアップの話をいただいてから漫画を読ませていただいたんですけど、お話をいただいた段階では、私の曲が物語にのってどんなふうになるんだろうっていう気持ちもありましたが、ふと夜中に一冊手に取ったら「面白い」と止まらなくなって…。朝方まで時間を忘れて読み続けました。物語に夢中になれる時間って、ほんとに幸せな時間だなというのを思い返しましたね。どうしても制作期間は作ることに追われてしまって、なかなかじっくり物語を読むことができなくなってしまったりするんですが、その時は「原作」ということで気持ちよく読ませていただいて(笑)。何かひとつの物語、自分の人生とは違うひとときの時間を追体験する喜びを思い出せて、本当に幸せな気持ちになりました。

――どんなところに惹かれましたか?

吉澤:作者の板倉梓先生は、人にも言わないような小さな、だけどすごく切実な感情というのをすくい上げるのがとても上手な方なんですよ。やさしいまなざしに溢れているんですけど、それと同時に切れ味が鋭いというか、人の気持ちの動きをドライに描くことができる。人間の感情を描ききるのが上手といったら変ですけど、すごい方だなと思いました。

――そこからどう曲を作られたのですか?

吉澤:いつも作品のために曲を書くときは「誰に書くのか」というのが私の中では大事で。楽曲提供なら歌う方に一番喜んでもらいたいし、映画『アイスクリームフィーバー』の時は千原監督に手紙を書くような気持ちで書きましたし。今回は板倉先生に違うと思われたらどうしようと、大事に書こうと思っていました。原作は群像劇なので、あらかじめ「登場人物に寄せる書き方ではないやり方で書いてほしい」というオーダーもあって、自分の中ではこの作品のどこが気になるのだろうって考えていったときに、どの人物も「自分の本当の気持ち」を伝えるときに涙が出ちゃう姿にもらい泣きしていたと思って。それで涙の歌を書くことにしました。

吉澤嘉代子さん

――〈飛行機が落ちて、眠り続けた〉という冒頭もすごく印象的です。「深い心の中におりていく」という意味なのかな、とも思いましたが、どういうイメージから始まったのでしょう。

吉澤:現実と向き合いきれなくて、自分だけ横道にそれてしまったような感覚になっている人――「自分は普通じゃないのかもしれない」と思ったりとか、他人から見たら大したことじゃなくても当人にとったらすごく切実な悩みを抱えていたりするような。そんな気持ちをリアリティのある言葉で書こうと思って、最初は「仕事をやめて眠り続けた」だったんです。でも、そうすると物語が個人的になってしまうので、みんなに当てはまるような大きな言葉をたくさん使いました。

――ダ・ヴィンチWebでの連載「ルシファーの手紙」で、「近頃、恋愛のときめきが書けない」と書かれていましたが、『瓜を破る』との出会いは刺激になったのではないかと。

吉澤:めちゃめちゃ栄養になりました!(笑) 私は育児しながら働いている女性・菜々のエピソードがすごく好きで、元彼の相手が有名人で思わず自分と比べちゃうんですけど、夫から「菜々のほうがいいよ」って言われて急に救われて気が楽になるんです。こういう気持ちって、ほんとに友達にも話さないようなことですが、でもすごく切実でわかる。そういう板倉先生のすくい取り方がやさしいんですよね。最終的には全員がハッピーになるので、そういう希望の持てるところも好きです。

――心理描写の丁寧さが印象的です。そしてそれは吉澤さんの世界にも通じているように思います。

吉澤:やっぱり「名前のついていない気持ち」を書きたいっていう。たぶんどの作家にもあると思うんですけど、私もそうです。

――最後に『六花』について一言お願いします。

吉澤:『六花』というのは雪の結晶のことで、ずっとつけようと思っていた大切な言葉です。儚くて、冷たくて、青春の終わりにぴったりで。今までそんなに季節にまつわる曲を書いてこなかったんですが、青春と季節というのはすごくリンクすると思うので、前回の『若草』も『六花』も積極的に季節を織り込んでいます。今回の『六花』は3月20日春分の日、まさに春の日にリリースなので、いま聞いてほしい曲がいっぱい入っています。ぜひ聴いてください。

取材・文=荒井理恵 撮影=水津惣一郎


吉澤嘉代子
1990年6月4日生まれ。埼玉県川口鋳物工場街育ち。2014年デビュー。2017年にバカリズム作ドラマ『架空OL日記』の主題歌「月曜日戦争」を書き下ろす。2ndシングル「残ってる」がロングヒット。2021年1月にテレビ東京ほかドラマParavi『おじさまと猫』オープニングテーマ「刺繍」を配信リリースし、3月に5thアルバム『赤星青星』をリリース。同年6月には日比谷野外音楽堂での単独公演を開催。9月に初のライヴブルーレイ「吉澤嘉代子の日比谷野外音楽堂」をリリース。2023年7月に『アイスクリームフィーバー』主題歌「氷菓子」をリリース。11月には「青春」をテーマにした2部作の第1弾 EP『若草』をリリース。 2024年3月20日には第2弾となる EP『六花』がリリースされる。
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