芸人・漫画家 矢部太郎に大家さんが渡したプレゼントは「ウォシュレット」。これまでもらったもの、あげたものについて考えさせられる新刊インタビュー

マンガ

公開日:2024/3/27

『大家さんと僕』などのベストセラーを世に送り出してきた芸人・漫画家の矢部太郎さん。3月27日に新たなコミックエッセイ『プレゼントでできている』を上梓されたということで、いったいどんな本なのかお話を伺いました。矢部さん曰く、今回は「贈与論」がテーマなのだそうです。

矢部太郎さん

自分から「描きたい」と思った本

――今回「プレゼント」をテーマに描くきっかけは何だったのでしょう?

矢部太郎さん(以下、矢部):引っ越しをしたとき、家にあるものを処分しないと、と思ったんですけど、なんか捨てられないものがあって。それってだいたい人からもらったものだったりするんですよね。自分で買ったものなら値段もわかるし価値もなんとなくわかるから、これは結構使って元取ったしな、みたいな気持ちになって捨てられるんですけど、もらったものってその人との思い出もあるし、記憶もあるんでいつまでも捨てられないんですよ。それで、「それを漫画に描いたら、家にあるそういったものを全部捨てられるかな」と考えて、それで珍しく自分から「描きたいな」と思って(笑)、企画書を書いたんです。この気持ちってなんなんだろうかを考えたいな、というのが動機です。

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――それが「週刊新潮」での連載「プレゼントと僕」になったわけですね。最初にバラエティ番組『進ぬ!電波少年』での企画「モンゴル人を笑わしに行こう」で経験した、モンゴル人家族とのアパートでの共同生活が描かれています。

矢部:実は最初、このモンゴル人のご家族を探し出して、会って、ありがとうと言ってお返しをするお話ににしてもいいかなって思ってたんです。でもいろいろと考えているうちに、お返しをして終わるというお話は「プレゼント」ではなく「交換」のお話というか、閉じたものになってしまうのではないかと思ったのです。プレゼントをもっと広がりのあるものとして捉えたいと思うようになりました。ただ漫画にも描きましたけど、モンゴル人は移動するし、しかもその家族はモンゴルによくある苗字の家族だったみたいで、結局探し出せなかったんですけどね(笑)。

――本書の終わりには参考図書の一覧がありますね。

矢部:プレゼントについてのことって別に僕が初めて考えたことじゃなくて、文化人類学とか哲学の分野で「贈与」というテーマでいろんな人がずっと繰り返し考えていることですよね。それで僕も『世界は贈与でできている――資本主義の「すきま」を埋める倫理学』(近内悠太/NewsPicksパブリッシング)とか『贈与論』(マルセル・モース/岩波書店)なんかを読んで……とはいえ、全然わかってないですけど(笑)。なので、僕なりの贈与論にできたらいいかなと思って描きました。

矢部太郎さん

大家さんからはたくさんのものを頂いた

――描いていて、物を捨てることについての心境の変化はありましたか?

矢部:結局、考えてくうちに「別に捨てなくてもいいかな」みたいな気持ちになりましたね。別に捨ててもいいんだろうけど、まあとりあえずあってもいいかな、みたいな。

――エピソードの中に、お父様で絵本作家のやべみつのりさんの仕事部屋にあるものを整理しようと意気込んだものの、結局ほとんど捨てられなかった、というお話がありましたけど……同じになってしまったのですか(笑)。やっぱり似てるところがありますか?

矢部:あると思います。「なにかの役に立つんじゃないか」「ココこうすれば使えるんじゃないか」みたいに考えるところとか。たぶん役に立たないんですけど、取っといちゃう(笑)。僕の父は包装紙を取っておいているんですけど、厚紙に貼り付けているから、包装紙としてはもう使えないんですよね。何に使う気なのか、わかんないんですよ……。

――工作とか、でしょうかね……

矢部:そうですねぇ。セミの抜け殻とかも大量にツボに入ってましたし、石とか紙とかもすごいたくさんありました。なので僕も気をつけたいな、って思いましたね(笑)。

――今回連載していて、印象的だったプレゼントはありましたか?

矢部:やっぱり大家さんの話は大きかったですね。今僕が漫画を描いて、本を出して、こうやってインタビューなんかしてもらうのも大家さんからのプレゼントで。本当に多くのものを頂いたなと思います。

――『大家さんと僕』にも、プレゼントしたり、されたりする話がありました。矢部さんが引っ越してきた初日に大家さんからウォシュレットをもらっていましたし。

矢部:そうでしたね~。あげるともらう、もらうとあげる、みたいに、プレゼントってお返しの義務を伴うものだと思うのですけれど、でももう大家さんはお亡くなりになってしまって、僕からは返せない。そういう別れに伴う後悔みたいな気持ちって、たぶん皆さんあると思うんですよね。それから僕たちは生まれた瞬間から命をもらっていて、親からの無償の愛があって、言葉を覚えて育ったりすることもそうだし、太陽エネルギーもそうですよね。ちょっと怪しいというか壮大な話になってきちゃったけど……(笑)、でもそういう「意識せずにもらい続けているもの」があって、でも「もらっている」と意識しても、返せないものもあると思うんです。そんななかで、大家さんが「もらってくれるだけで嬉しいから」とお話しされていたことが僕の心の中にずっとのこっていて、あげることはもらうことで、もらうことはあげることなんじゃないか、と思うようになりました。

――本書の最後に、矢部さんなりのプレゼントについて考えたことがまとめられています。

矢部:プレゼントでやりとりされているのは物だけでなく気持ちだとも思います。だからこの本の中では「祈り」や「許し」のような物でないものもプレゼントと考えています。プレゼントで人が繋がって、その繋がりが一対一だけの関係じゃなくて、他のところにも返しながらみんな繋がっていて、あげたり、もらったりしたものをみんなが抱えてて、それをやり取りしてるっていうふうに思えるようにもなった、というのが結論かもしれないですね。

矢部太郎さん

プレゼントはありがたいものばかりではない

――『ぼくのお父さん』では矢部さんがお父様からびっくり箱をプレゼントされた話があって、以前インタビューした際に「いらないですよねぇ」と笑ってらっしゃいましたね。

矢部:びっくり箱ってびっくりして終わりだし、1回びっくりしたらもうびっくりしないんですよね。誕生日プレゼントということで、母からこれ、姉からこれ、父からこれ、って開けたら……その場で終わりです(笑)。父もそうなんですけど、相手が欲しいものじゃなくて、自分があげたいものをあげてしまう、というところは僕も似てるかもしれませんね。以前仕事で赤道へ行ったときに、現地で赤道を“Equator”と英語で書いてあるTシャツが売っていて「カッコいい!」と思って20枚ぐらい買ってきてみんなに配ったんですけど、「すげえダサい」って言われて。

――矢部さんは赤道まで行って思い入れがありますけど……

矢部:もらう人は何の思い入れもないですからねぇ。なので最近はお菓子とかにしてます。

――逆に、もらって印象に残ってるものは?

矢部:ロケ先でお母さんと一緒にいた女の子が手紙みたいなものを渡してくれて、開いたらザアッという線が描いてあって。これは何と聞いたら「雨だよ」って。それでなんなんだろうこれって思って、なんかちょっと捨てられなくて……まだ持ってますね。

――もしかして捨てると、外出先で必ず雨に降られるとか……!

矢部:いや、なんでもないと思うんですけど……(笑)。そうそう、いろいろと取材で聞かれているときに考えていたんですけど、プレゼントって戦争の真逆だなと思ったんですよ。モースの『贈与論』にも、もらったものよりも多くのものを贈り返さないといけないという「ポトラッチ」という文化があって、そうやって贈り物をし合うことが戦争の代わりになってた、みたいな話があって。なのでプレゼントって、最終的には世界平和に繋がっていくものなのかなと。

矢部太郎さん

――誰かからプレゼントをもらって、嫌な気持ちになることはあまりないですよね?

矢部:いや、でも、それはあると思います。そこは見逃しちゃいけないとこだと思っていて。よかれと思って人に物をあげることとか、よかれと思って人に言う言葉とかってすごく大きいですよね。例えばSNSとかで中傷している人って、良かれと思ってやってる人も中にはいると思うんです。世界を良くしようと思っていることもあって……。だからプレゼントって、ただ嬉しいもの、ありがたいものだけじゃないと思うんですよね。呪いなんかも全部贈与だと思うし。

――そうですね、本書の中にもそういうエピソードがありました。矢部さんが今出演している大河ドラマ『光る君へ』でも、誰かに呪いをかける話があったりしますしね……気をつけたいです。ところで矢部さんの漫画にはこれまでタイトルに「僕」がついていて、今回は連載タイトルの「プレゼントと僕」から単行本化にあたって変更されました。何か理由があったんですか?

矢部:実は企画を考えているときは「もらいもん」というタイトルで考えていたんですよ。それが「プレゼントと僕」になって、描いているうちにお話ししたようにだんだん気持ちが変わってきたので、『プレゼントでできている』にしたんです。

――だから漫画にも謎のキャラクター「もらいもん」が出てくるんですか!(笑) では最後に読者の方へメッセージをお願いします。

矢部:そうですね、この漫画を読んでいただいて、今までもらったものとかあげたもの、すでに忘れてるものとかを思い出してもらえたら嬉しいです、はい。

取材・文=成田全(ナリタタモツ) 撮影=後藤利江

矢部太郎さん

【プロフィール】
やべ・たろう 1977年生まれ。97年、お笑いコンビ「カラテカ」を結成。俳優として映画やドラマ、舞台等にも出演、気象予報士の資格も持つ。2017年からはマンガ家・イラストレーターとしても人気に。著書に『大家さんと僕』『大家さんと僕 これから』『ぼくのお父さん』『マンガ ぼけ日和』(原案長谷川嘉哉)など。4月24日~7月7日に東京・立川「PLAY! MUSEUM」で初となる展覧会「ふたり 矢部太郎展」が開催予定。現在「モーニング」に『楽屋のトナくん』を連載中。大河ドラマ『光る君へ』に紫式部の従者・乙丸役で出演中。趣味は歯ブラシ収集。

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