池松壮亮が語る宮藤官九郎の“群像劇”の素晴らしさ。黒澤明監督の名作が生まれ変わったドラマ「季節のない街」インタビュー

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更新日:2024/6/14

 宮藤官九郎が企画・脚本・監督を務める連続ドラマ「季節のない街」(テレ東系で放送中)のシナリオが、書籍「季節のない街 シナリオ」(KADOKAWA)として刊行。ドラマの評判と相まって好調な売れ行きだ。山本周五郎の同名小説を原作とした本作は、戦後のバラックだった舞台を被災後の仮設住宅に移し、3人の若者を中心とする群像劇に生まれ変わったもの。シナリオ本刊行を記念して、30年越しに企画を実現させた宮藤と、その思いを引き受けた主演俳優・池松壮亮の対談が実現した。

――山本周五郎の「季節のない街」は黒澤明監督により1970年に「どですかでん」として映画化された名作ですね。宮藤さんは20代のころに両作にふれ、最も影響を受けた作品だと常々おっしゃってきましたが、今回、連続ドラマ化に向けて動き出したきっかけからうかがえますか。

宮藤官九郎(以下、宮藤):大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」(2019年、NHK総合ほか)が終わって、コロナ禍になって、自分でもいろいろ考えることがあって。やり残したことがあったとしたら、「季節のない街」の連続ドラマ化だなと。僕としては、短編集である原作が、30分で1本ってフォーマットに合う気がして、最初からテレ東の深夜枠をイメージしていました。でもそれでは予算が合わなくて。それに原作は、重いエピソードやメッセージ性の強い内容なので、難しいかなと思っていたところ、ディズニープラスさんが乗ってくださって(本作は2社の共同製作で、昨夏からディズニープラスで全話先行配信)、なんとか実現できましたね。

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宮藤官九郎

――形にするなかで、登場人物の点描に近い原作や「どですかでん」そのままではなく、3人の若者の群像劇を中心にした物語に変わっていったそうですが、物語の語り部となる主人公・半助役に、宮藤作品に初参加となった池松さんを配役した経緯は?

宮藤:ほかのキャストは映画版からの変換の妙というか、(映画版で田中邦衛が演じた)初太郎役の荒川良々くんのように、楽しみながら配役できたんですけど、半助は小説には出てくるものの「どですかでん」には出てこない役なんですよね。自由に考えられるとなったときに、いつか一緒に仕事してみたいなと思っていた池松くんにぜひ、と思いました。映画を観に行く時、「池松くんが出てるんだから面白いだろう」と思って観に行ったら本当に面白かった、ということが多くて、そういう意味で僕にとっては「信頼のブランド」だし。「オリバーな犬!(Gosh!!) このヤロウ」(21・22年NHK総合)から「宮本から君へ」(18年テレ東系、19年映画版も池松が主演)まで、振り幅が大きい役者さんだなという印象です。

池松壮亮(以下、池松):お話をいただいて企画書を読めば、その作品がどのくらいの熱が込められて、どのくらいのビジョンがあるものなのか伝わってくるものですが、今回即答でした。コロナ禍の後、宮藤さんはもう一度原点に立ち帰って、渾身の企画をやろうとされているんだということを知ってうれしかったです。お会いしたことがなかった宮藤さんが、まさかこのような機会に自分に声をかけてくださって、僕はもともと宮藤さんも山本周五郎も「どですかでん」も大好きでしたし、脚本だけでなく監督も宮藤さんがされると聞き、心躍るようなオファーでした。

宮藤:半助は、小説ではイカサマ博打のサイコロを作っている職人の役なんですが、ドラマでも、周囲に嘘をついて、この街に紛れ込んでいる、じゃぁ物書きという設定にしようと決めた辺りで、もう池松くんの顔が浮かんだ気がします。それに加えて、池松くんは声が素敵なので、小説の地の文をナレーションとして生かしたいなとなった時、半助のナレーションが池松くんの声で入るって、なんかいいなと思ったんですよね。

――池松さんは実際に台本を読まれて、どんな感想を抱きましたか。また現場では、お互い初仕事の相手としてどうご覧になっていましたか?

池松:最初にいただいたのは3、4話くらいまでだったと思います。宮藤さんの脚本を読むのは初めてでワクワクしていましたが、ほんとに素晴らしいなと。一人ひとりのキャラクターの活かし方や……。

池松壮亮

宮藤:(恥ずかしそうに頬を掻きながら)もっと言っていいよ(笑)。

池松:群像劇における手腕はこれまでもたくさん魅せてもらってきましたが、あの「どですかでん」がこうやって蘇るんだ!と、とても驚きました。半助のキャラクターは「どですかでん」の中に入っていく宮藤さんとダブって感じられたので、僕の役割はその分身としてこの世界に潜り込んでいくことだと思っていました。

宮藤:演出する側としては、池松くんも、(仲野)太賀くんも(渡辺)大知くんもそうでしたけれど、ぱっと動きを確認しただけでOKでした。3人の力もあると思うんですが、仮設住宅を建てこんだセット美術の力もあって、あの「街」の、プレハブの中で何かやったら、「これが正解!」って最初から思っちゃっていましたね。

池松:監督としての宮藤さんも、(宮藤は全10話中5話分を演出)何もかも的確で素早く、常に鮮度を保ってくれました。書き手であり、俳優をされることもあり、その複合的な視点が物語を正しい方向に導いてくれました。撮影現場での宮藤さんを観察していると、モニター前でそのシーンの俳優の演技を自らやってみているのを何度かお見かけました。その姿を見ていると、どこを修正したいのかがすぐに理解できました。編集でのリズムも素晴らしく、そこに生きる人と街を、生き生きと面白く描いてくれました。みんな本当に楽しく伸び伸びとやっていたと思います。もちろん俳優として、これをやってみようとさまざま持ち込んだものもありますが、台本でいただいたものから膨らませ、それを再度宮藤さんに膨らましていただいて出来上がっていきました。

宮藤:僕が池松くんのお芝居ですごいなと思ったのは第1話で半助が六ちゃん(濱田岳)を発見した時かな。「電車バカ」の六ちゃんが走ってるのを発見して対峙するシーンが絶妙でした。六ちゃんを好きだって一発でわかるし、だけど鼻で笑ってるし。「この街に来て、面白いものを見つけてうれしい」っていう感じが出てて。序盤は僕からいろいろ言わなきゃいけなくなるかなと思っていたけれど、僕が担当した1・2話は半助が「受け」の芝居をする役回りだったんで、池松君のリアクションが絶妙だったので、言うことなかったですね。でも、何も言わないと何もしてない監督って思われちゃ嫌だなと思って(笑)、なんか無理して近づいてちょっと「こういうことやって」とか言ったけど、正直、そんなに言わなくてもよかったかなっていう程度です。

池松:僕は、半助がどういうリアクションをするかによって、その物語のトーンや街の人々の印象がずいぶん変わってくるだろうなと思っていました。そのあたりは特にチューニングの塩梅に気をつけていました。宮藤さんとは初めてだったので少し緊張していましたが、宮藤さんの作品にどういうものがフィットするのか、またどういう提案をしていけばこの物語をより面白く深めていけるのか、3話くらいまでは特に探り探り、トライアンドエラーが続いていました。

宮藤:え、俺あんまり感じなかったですね。

池松:本当ですか? 例えば第2話を見直して、最初と最後に白菜が重くて倒れる、とかやってるのを見て、ああ色々試行錯誤していたなあと。

宮藤:あれは絶妙だったじゃないですか。第2話自体が重たい話だから、最後に絶対笑える感じにしてもらえて、助かりました。

池松:実はあれ、「親おもい」(第2話のサブタイトル)の、親想いと、白菜が重いというのをかけてみようとしたんです。伝わらなくても笑えたらいいやと思いつつ、宮藤さんにそのことをお伝えせずにやってみて修正がなかったのでそのままトライしました。

宮藤:うん、それは聞いてなくてよかったな。聞いてたら「やめて」って言ったかも(笑)。

池松:群像劇というのは集団芸だと思っているので、この物語においてどうそれぞれがエモーションやムードを次に繋ぐのか、バランスや緩急とリズムが重要で、そのことを宮藤さんの脚本やこれまでの作品からも感じていたので、それを楽しんでやらせていただいていました。

宮藤:僕には、自分の書いたセリフを池松くんが発するっていうこと自体がなんか新鮮だったんですよ。だからたぶん、何も言うことがなかったんだろうな。もしこの「季節のない街」が池松くんとご一緒する2作目や3作目だったら、こんな風になっていなかったかもな、と今声を聞いていて思いました。あと、最終話ですけど、飼い猫のトラ(皆川猿時)とのやりとりが面白かったですね。

池松:10話までトラとの物語が蓄積した上でやる、ああいったフリーの時間はとても好きです。言うまでもなく皆川さんが素晴らしいですし。

宮藤:全体を通して、皆川くんと池松くんの絡みは楽しそうだなぁと思っていました。僕が演出する回では、最終話までなかったから。台本には書いていないんだけれど、トラが酒を飲もうとして半助にものすごく怒られるくだりとか、わざわざこれに時間を割くか?って自分でも思ったけれど、やっぱり絶対、おかしかったです。どれもいいけど、そういう点描場面でのお芝居は全部面白かったですよ。

――昨年8月ディズニープラスでの一挙配信に続いて、ことし4月からテレビ東京系列での放送になりましたが、その間に、ことし1月期の宮藤さん脚本作「不適切にもほどがある!」(TBS系)も大変話題になりました。テレビ放送となるとまた周囲の受け止めも異なりますか?

宮藤:「どですかでん」が好きな人は、これが「どですかでん」のドラマ版なんだって気づいた時に、ディズニープラスで見てくれてはいるだろうから、今見てくれている方たちはもうちょっと待ってフラットな目線で夜中に「なんか変なのやってるな」みたいに出合ってくれているのかな、と。それこそ、僕が最初に望んでいた出合い方だなと思っています。「不適切―」が終わった翌週のスタートだったので、それもちょうどよかった。なんか、今頑張ってるわけじゃないのに褒められてる、みたいな感覚で。

池松:ディズニープラスで見たよという声もたくさんいただきましたが、今回はまた違った層に届いている感じがしています。また宮藤さんの言われるように「不適切―」からの流れも面白いと思います。こちらにはもっと不適切な人たちが出てきてしまいますが(笑)、人間の不条理、理性や倫理では理解し得ないところを宮藤さんが描くことの面白さを、「季節のない街」ではより感じてもらえるんじゃないかと思います。彼らの営みを通して人間の存在そのものに踏み込んでいるようなお話なので、時に痛みや辛さも伴いますが、その不条理さのなかでこそ、人間の根源的な物語があります。ありきたりですが、楽しくて、笑えて、泣けて、苦しくて、でもやっぱり笑える作品だというふうに思います。

宮藤:配信だと一気に見る人もいますよね、あれ、あまり慣れていないんですよね。僕なんか、連続ドラマを一気に見るっていう文化がないですから。連続ドラマって、「来週はどうなるのかな」とか考えてる時間も込みのものなんだなって、今思っています。

池松:(ためらいがちに)僕きのう一気見してきちゃいました…。

宮藤:池松君はいいんですよ!(笑) そうだ、第3話の後半で半助がたんばさん(ベンガル)に独白していて、わーっと本音を吐露しかけて「すみません」って言うところ、監督は僕でなく横浜聡子さんだったので、僕は現場で見ていて「半助って、自分の話になるとこういう感じになるんだ」って教えられたんですよね。その芝居を見たら、次にその感じを生かしたいって思うし、以降のタツヤ(仲野太賀)との関係も、横浜さんが撮っている回や、渡部直樹さんが撮っている回を見ながら、続く芝居の布石になっているんだなって僕も確認しながら撮っていくことができたんですよね。こういう撮り方は、連続ドラマでしかできないことなんですよね。

宮藤官九郎、池松壮亮

――2022年末から2023年までの2カ月ほど、茨城県行方市にセットを組んで、ほぼ皆さん合宿状態で撮影されたんですよね、撮影中の思い出はありますか?

宮藤:ホテルは土浦市だったんですが、そのすぐ近くにスーパー銭湯があって、そこに行くと必ず誰かに会うんですよ。池松くんとも何回かお会いしましたね。

池松:サウナでお会いしたり、水風呂に入ってて気づいたら隣に宮藤さんがいたことも(笑)。

宮藤:無言でね。さすがにそこで芝居の話はしませんし。本当に、サウナに行ったら荒川くんがいて、マクドナルドに行ったら増子(直純・益夫役)さんがいて。なかなか一人になれない(笑)。池松くんとはホテルも向かいの部屋だったんですよね。ある朝カチャって開けて部屋を出たら、向こうからもカチャっていうか、同じタイミングで出てきたことがあって、さすがに恥ずかしかったですね。

池松:本当に同タイミングだったんです(笑)。ものすごく笑いました。益夫さんと初さんみたいでした。

宮藤:そんな感じで、土浦の町は本当に満喫し尽くしましたね。

池松:今はもう失われてしまったけど、仮設だったけれど、「そこに、確かに、街があった」ということが、この物語の最も重要なテーマだと捉えています。行方のあの広大なセットを実現してもらえて、そこでみんなで暮らせたことはとても大きな作用を生んでくれました。

――今回初タッグのお2人でしたが、次はこんな作品でご一緒したい、みたいな構想はありますか?

宮藤:コメディーで、テンションが高い役をやってほしいなと思いますね。「愛にイナズマ」(池松出演の石井裕也監督映画、2023年)みたいに。

池松:ありがとうございます。近年お気に入りの役のひとつです。実はああいった役を演じることが大好きなんです。

宮藤;あれ好きなんですよね。池松くんがうわーってしゃべって、言い合いみたいになって。ああいう、何かをしゃべりまくっている内に、何を言ってるんだかわからなくなる役とか、書いてて楽しいし、演じてても楽しいんじゃないかなと思います。無駄なセリフ、いっぱい書きたいなとは思いますね。

池松:ぜひ、実現したいです!

宮藤官九郎、池松壮亮

季節のない街 シナリオ

撮影=尾形正茂
取材・文=magbug

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