瀬戸康史「奇跡って、本当は身近にあるものかもしれない」

あの人と本の話 and more

2017/8/5

毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある1冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、舞台『関数ドミノ』に主演する瀬戸康史さん。本作は『太陽』『散歩する侵略者』と映像化が相次ぐ劇団イキウメの主宰にして脚本・演出家の前川知大の代表作のひとつ。イキウメの大ファンであり、昨年『遠野物語 奇ッ怪其ノ参』で前川作品初出演を果たした瀬戸に、念願の舞台に懸ける意気込みを訊いた。

「2008年以降の舞台はほぼ全部観ています」と言うだけあって、イキウメの舞台について語り始めると、つい饒舌になる。

「イキウメ、好きなんです。劇団公演も何回も観に行ってますし、楽屋では出演者の方たちや前川さんにも会っていたので、どこか自分も出てるような感覚で、もはやイキウメの一員みたいな(笑)」

 ファンクラブイベントで自らつくった絵本を披露するようになったのも、前川作品から刺激を受けたからだという。

「今年で3作品目になります。最新作のタイトルは『いのちの歯車』。「人種差別」「臓器売買」「人と機械」といったテーマでつくりました。おこがましいですけど、前川さんを意識してるというか、今、自分が疑問に思っている、もどかしい気持ちを絵本というフィルターを通すことで伝えられないかなと。文章も絵も自分で描いて、スライドで見せながら朗読するんですが、楽しいですね。自分が受け取ったものを、直接言葉にするんじゃなくて、何か違うかたちでアウトプットしたい気持ちがあるんだと思います

昨年は、『遠野物語 奇ッ怪其ノ参』で初めて前川作品に出演。あの世とこの世の境目を描いた舞台で、東北を物語る青年・ササキを演じた。

「前川さんには言ってなかったんですが、実は僕も霊感が強くて、子どもの頃から見えたんです。世の中的には幽霊は見えないものとされているけれど、見えちゃう以上、信じざるをえないところがあった。だからどうしてこの役が自分にきたのかなって、すごく不思議でしたね。前川さんとは、なんか波長が合うなあって。僕があまりにイキウメが好きすぎて、リスペクト心が強すぎるからそう思うのかもしれない。言わんとするところがすごくよくわかるんです。前川さんの演出は、とにかく本読みを大事にされていて、それこそ最初の数日間は本読みを徹底的にやって、疑問点を共有する。立ち稽古に入るのは、それから。こっちもわからないことはわからないと言えるし、ちゃんと信頼関係ができてるっていうのが嬉しかったですね。あの役で初めて何かが自分の中に入ってくる、憑依するという感覚を味わいました」

彼の近年の舞台歴を見ると、名だたる演出家に揉まれてきたことがわかる。手ごわい役を繊細に演じて、着実に実力を磨いてきた。

「『マーキュリー・ファー Mercury Fur』は白井晃さんの演出だったんです。実はすごく怒られましたね。ドラマで、白井さんの奥さんの秋山奈津子さんと共演した時、思わず“いやー、めっちゃ、帰れって言われました”って話をしたくらい(苦笑)。白井さん、ああ見えて体育会系で、見えない竹刀をずっと持ってる感じ。“帰れ!”って言われるたびに、“やらせてくださいっ!”って。『陥没』の演出は、ケラ(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)さんだったんですが、ちょっと特殊な役だったので、不安で不安で。ケラさんに“俺、ホント、大丈夫ですか?”って訊いたら、“大丈夫、大丈夫。瀬戸はそのままで大丈夫だから”って、いつも言ってくれたんですけど、不安なまま初日を迎えました(苦笑)。舞台って贅沢ですよね。作品、そして役に浸っている時間が圧倒的に長いし、共演者やスタッフの皆さんといる時間も長いので、思い入れも深いし、愛着がめちゃくちゃ湧く。白井さんにしても、ケラさんにしても、前川さんにしても、人を見る能力が長けている方たちだから、自分でまだ認識していないものが見えてるんじゃないかって、必死でくらいついていってる感じです」

 まさに満を持して挑む『関数ドミノ』は、交通事故の現場で起きた「奇跡」をめぐる物語でもある。歩行者に突っ込んできた車が、数センチ手前で固い壁にぶつかったように大破する。なぜ、そんなことが起きたのか。ある仮説を立てた時、人間のさまざまな感情が浮かび上がる。キーマンとなる真壁を演じる瀬戸さんにも、自分の中の負の感情と葛藤した時期があったらしい。

「人間って、あいつだけがうまくやってるって感じること、きっと誰にでもあると思うんですよ。僕の場合は、たとえばこの童顔がずっとコンプレックスでした。かわいいとか言われたくなくて、取材の時も笑わないようにしていたりとか、むすっとしてみせたりとか。でも、そんなことしても人に嫌われるだけだったという(苦笑)。それでまあ、かわいいと言われる部分も受け入れたら、すごいラクになった。だから対処法としては、おそらく受け入れるってことなのかなって」

 じゃあ、これは自分にとって「奇跡」だったと思える体験はありますか?
 そう尋ねたら、思いがけない答えが返ってきた。

「これ、真面目な話なんですが、僕の父方の祖父が、僕が4歳の時に亡くなってるんです。おそらく僕の守護霊がじいちゃんなのかなって。小学校低学年の時に青信号で横断歩道を渡ろうとしたら、右手からトラックがバーッと来て、あ、轢かれたなと思ったんです。でも気づくと横断歩道を渡る前に戻っていた。一瞬、時間が巻き戻ったのかなって思ったんですけど、トラックが通り過ぎたってことはそうじゃない。背中から誰かに引き戻された感覚があって、きっと、じいちゃんなんだろうなあって。それは結構記憶に残ってますね」

 リアル『関数ドミノ』じゃないですか。

「そうなんです。信じない人は信じないのかもしれないけど、奇跡って、だから本当は身近にあるものかもしれないなと。ふっと時計を見たら、デジタルで表示された数字がゾロ目になってることってあるじゃないですか。それを偶然と思うか、奇跡と思うかだけでも、その先に見えてくるものは変わってくる。僕は貧乏性なのかな。そこで何かを感じることで、さらに違う何かにつながっていく感じを大切にしたいと思ってしまうんです。前川さんの作品も、目に見えるものだけがすべてじゃないと思わせてくれる。SFみたいに言われがちだと思うんですけど、実は他人事じゃないっていうか、ものすごくリアルだし、怖いし、なまなましい。今回の『関数ドミノ』で初めて前川作品に触れる人もいると思いますが、SFみたいな遠い話じゃない、すごくリアルな、自分のことだって感じてもらえたら嬉しいですね」

(取材・文=瀧 晴巳 写真=山口宏之)

瀬戸康史

せと・こうじ●1988年、福岡県生まれ。2005年、俳優デビュー。近年ではNHK連続テレビ小説『あさが来た』やTBS『私 結婚できないんじゃなくて、しないんです』、NHK『幕末グルメ ブシメシ!』、舞台『陥没』などに出演し注目を浴びる。今年10月には、映画『ナラタージュ』『ミックス。』、NTV系ドラマ『先に生まれただけの僕』が待機中。
ヘアメイク=須賀元子 スタイリング=田村和之
衣装協力=シャツジャケット2万8000円(brusco.k/オーバーリバー TEL03-6434-9494)、パンツ2万9000円(KHONOROGICA/HEMT PR TEL03-6721-0882) 税別価格

 

『思い出トランプ』書影

紙『思い出トランプ』

向田邦子 新潮文庫 490円(税別)

向田邦子は短編の名手だった。長年連れ添った妻に潜む、かわうそのような残忍さ。浮気相手だった部下の結婚式に妻と出席する男。やむおえない事故で子どもの指を切ってしまった母親。誰もが持っているずるさや後ろめたさを人間の愛おしさとして描いた13編。直木賞受賞作「花の名前」「犬小屋」「かわうそ」を収録。

※瀬戸康史さんの本にまつわる詳しいエピソードはダ・ヴィンチ9月号の巻頭記事『あの人と本の話』を要チェック!

 

舞台『関数ドミノ』

作/前川知大 演出/寺十 吾 出演/瀬戸康史、柄本時生、小島藤子、鈴木裕樹、山田悠介、池岡亮介、八幡みゆき、千葉雅子、勝村政信 10月4日(水)~15日(日) 本多劇場 ほか地方公演あり 
●信号のない横断歩道を渡る歩行者めがけて速度も落とさずカーブしてきた車が、数センチ手前で透明な壁に衝突したかのように大破する。目撃者は3人。そのうちのひとりがある仮説を立てる。この奇跡に潜む恐るべき法則とは? 話題の前川作品、初のプロデュース公演。