発売2ヶ月で43万部!今年の大ベストセラーの表紙はこうして生まれた 羽賀翔一×佐渡島庸平『漫画 君たちはどう生きるか。』発売記念対談レポート【後編】

マンガ

更新日:2017/11/5

 編集者・児童文学者にして雑誌『世界』初代編集長、吉野源三郎が1937年に発表した『君たちはどう生きるか』。この歴史的名著が新鋭マンガ家の手によってマンガ化され、話題を呼んでいる。マンガ版を手がけた羽賀翔一と、デビュー直後にその才能を見い出し、鍛えてきた編集者・佐渡島庸平によるトークイベントが10月某日、BOOK LAB TOKYOにて開催された。

「ピカソの絵画は背後に隠されている情報量がものすごく多い」

佐渡島:今回、表紙の絵は何回か描き直しをしたよね。

羽賀:そうですね。コペル君の顔でいくというのは決まっていたんですが、最初に描いた絵を佐渡島さんがひょいと見て、「羽賀君、ちょっと来て」と呼ばれて……。

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佐渡島:オフィスに飾ってある小山宙哉さんの『ジジジイ』の原画を見てもらったんだ。

羽賀:そして「絵の情報量が全然ちがうよね」と言われました。

佐渡島:人間の脳って、情報量の多いものを瞬間的に見抜くんだよ。自分では意識してないんだけど無意識のうちに。そして情報量の多いものというのは、確実に面白いんだ。

羽賀:でも、情報量の多い絵イコール、線の多い絵、というわけではないんですね。

佐渡島:そう。たとえばピカソや雪舟の絵画って線はけっして多くないけど、背後に隠されている情報量――空気感とか世界観とか、ものすごく多いよね。

羽賀:絵の中に物語が込められている、ということなんですね。それで僕も「君たちはどう生きるか」という言葉の強さに負けない情報量の詰まった絵にしなきゃ! と、描き直して描き直して……結果、顔の表情で勝負する絵にしました。

佐渡島:うん、すごくいい顔になった。コペル君がなんらかの覚悟をしている顔になってる。

羽賀:これまで自分の描いてきた作品の表紙の中で、今回が一番、意志というものが表れているかなと思います。

コペル君とおじさんのモデルは「バック・トゥ・ザ・フューチャー」!?

佐渡島:構成的に見ると、冒頭はかなり映画的というか大胆に脚色しているけど。

羽賀:最初、いきなりコペル君が絶望してるところから始まっていますね。これは担当編集の柿内さんから、冒頭は「ブレイキング・バッド」でいこう! と言われて……。

佐渡島:海外ドラマの(笑)? なんでまた。

羽賀:あのドラマ冒頭がすごいんです。パンツ一丁の中年男が荒野に放り出されて、そこから過去に戻っていく構成で。「こいつに何があったんだ?」と視聴者は否応なく引きずり込まれちゃう。それに倣って(笑)、せっかくマンガにするのだから、マンガならではの表現で冒頭から読者を引き込もうと考えました。

佐渡島:それで、コペル君が悲痛な顔で泣いているところから始めたんだ。

羽賀:原作の中で最も大きなドラマは、彼が友だちとの約束を破ってしまい自己嫌悪に苛まれるところだと思うんです。なので、最初にそれを見せて、この少年に何があったんだろう? と読者に思わせて、だんだん昔に遡っていくふうにしました。

佐渡島:それと、マンガ版のコペル君とおじさんは原作よりもバディ感があるね。

羽賀:そこは「バック・トゥ・ザ・フューチャー」なんです。

佐渡島:またどうして(笑)

羽賀:あの映画のコンビ、ドクとマーティってバディとして完璧なんです。どっちが上とか下とかじゃなく、年の差を超えて対等な関係で。コペル君とおじさんもそうした方がいいんじゃないかなと。

佐渡島:そこにはどんな狙いを込めたの?

羽賀:おじさんからコペル君への矢印が上から下に向かう形になってしまったら、説教くささが醸されてしまう感じがしたんです。活字でならそれほど気になりませんが、絵で情報を伝えるマンガなので、そこは気をつけました。

佐渡島:たしかに2人の関係は上下関係ではなくて、むしろ友だちに近いものもあるね。

羽賀:そう見えていたら嬉しいです。対等なバディにすることで、コペル君だけでなく、おじさんも成長していく姿を描けると思いました。お互いに影響を与え合っていく関係にしたくて。

父親の不在――「コペル君がおじさんと遊んでいる場面を描いていて淋しさを感じてしまった」

佐渡島:この作品をヒットさせたことで、羽賀君は漫画家をこれからも続けていける、言うなれば挑戦権を手に入れたところだと僕は思う。これからどんな作品を描いていくのか、読者の人生にどういう影響を与えるのか、という問いに挑む段階にきているね。

羽賀:そう……ですね。マンガの中でおじさんがコペル君に「自分の気持ちをごまかしちゃいけないよ」といったことを言う場面があるんですが、僕自身、今までマンガを描いてきた中で自分の気持ちをごまかしてきたことがあったなあ、と思い当たる部分がありました。

佐渡島:それはどんなところだったの?

羽賀:父親の不在感でしょうか。僕はコペル君と同じく母子家庭で育って、父親がいないことをそれほど淋しいと思ってなかったんです。それが、コペル君がおじさんと遊んでいる場面を描いていて、なぜか淋しさを感じてしまって。

佐渡島:羽賀君自身が、自分の淋しさを自覚した、と。

羽賀:ええ。コペル君のおじさんへの無邪気な態度の底には、父親がいない淋しさがあったと思うんです。そして、そう感じるということは僕自身が父のいない淋しさをずっと感じていたからなんだ、ということが分かって。なんでその気持ちをずっとごまかして生きてきたんだろう、それをどうやって昇華していけばいいんだろう、いつか自分が父親になったら子どもに何を遺せるだろう……そんなことまで考えるようになってきたんです。

佐渡島:それは大きな気づきだと思う。そういう所に目を向けて自分の心を掘っていくことで、羽賀君にはこれからも、面白い漫画を生み出していって欲しい!

羽賀:ありがとうございます。精進します!

【前編はこちら】才能を見出され就職の道を捨ててみた…けど!? 羽賀翔一×佐渡島庸平『君たちはどう生きるか。』発売記念対談レポート【前編】

佐渡島庸平(さどしま・ようへい)

●1979年生まれ。南アフリカで中学時代を過ごし、灘高校、東京大学を卒業。2002年に講談社に入社し、週刊モーニング編集部に所属。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)、『16歳の教科書』などの編集を担当する。2012年に講談社を退社し、クリエイターのエージェント会社、コルクを設立。現在、漫画作品では『オチビサン』『鼻下長紳士回顧録』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『テンプリズム』(曽田正人)、『インベスターZ』(三田紀房)、『昼間のパパは光ってる』(羽賀翔一)、小説作品では『マチネの終わりに』(平野啓一郎)の編集に携わっている。

◎ツイッター @sadycork https://twitter.com/sadycork
公式ブログ

羽賀翔一(はが・しょういち)

●2010年大学ノートに描いた『インチキ君』で第27回MANGA OPEN奨励賞受賞。また、面白法人カヤックの社内エピソード「ならべカヤック」「追いぬきルーキー」やクリエイターのエージェント会社・コルクを舞台にした1ページマンガ「今日のコルク」を執筆。他の著書に『ケシゴムライフ』がある。

◎ツイッター @hagashoichi https://twitter.com/hagashoichi
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