野田秀樹「期せずして、今年は勘三郎関連の舞台が多い年になりました」

あの人と本の話 and more

公開日:2017/11/6

毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。自身も役者として出演する舞台『“One Green Bottle”~「表に出ろいっ!」English Version~』の上演を控えた劇作家・演出家の野田秀樹さん。読売文学賞選考委員として推した星野智幸『夜は終わらない』をはじめ、おすすめの小説とともに新作舞台について語ってもらった。

野田秀樹さん
野田秀樹
のだ・ひでき●1955年長崎県生まれ。劇作家・演出家・俳優。「劇団 夢の遊眠社」を解散後、ロンドン留学を経て、93年に演劇企画製作会社「NODA・MAP」を設立。時代に杭を穿つ話題作を国内外で精力的に発表し続けるほか、歌舞伎やオペラの演出も手がける。2009年名誉大英勲章OBE受勲、朝日賞受賞、11年紫綬褒章受章。

「一冊選ぶというのが難しいんですよね」という野田秀樹さんは大の読書家。取材にも、何度も読み返した形跡のあるご自身の本を何冊も持参してくれた。

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「若いころからずっとお芝居のモチーフにし続けているというところで、参考にしているのが呉茂一訳の『ギリシア神話』。それから、別役実さんもそうらしいのですが、原稿を書く前に、ぼくは必ず推理小説を読むんですよ。あんまり構えて読む必要のないものをいったん頭に入れることで、自分の創作に入っていきやすくなるんです。というわけで、推理小説でおすすめなのが、やはり中井英夫の『虚無への供物』。いまも三大推理小説というとこの作品は入るのかな? 今の若い人は名前も知らなかったりするから、それが悔しくてね。“知らない”でいうと坂口安吾もそう。名前を出しても反応のない人が多いんですよね。彼はいろんなタイプの小説を書いているけど、『不連続殺人事件』は、彼の中では異色の推理小説で、おもしろい。他にも現実の論理性ではとらえられない作品がたくさんあって、僕は好きなんです」

 こんなふうに本の話は尽きない。そのうえで、本誌で紹介してくれたのが『夜は終わらない』(星野智幸)だ。第66回読売文学賞の受賞作であり、野田さん自身が選考会で強く推した作品だ。

「どこか中井英夫に通じる面白さがある。そういうものが僕は好きなんですよ。読み進めているうちに現実から少しずつずれていって、戻ってこられなくなる物語が。もちろん正常に生きていくためには、最終的に現実に戻ってこなくちゃいけないんだけど、その現実そのものがもといた場所からはずれているというのがいい。ただの夢オチで終わるものはおもしろくないですよね。境界線は、曖昧なほうがいい」

 新作舞台『One Green Bottle』もまた、現実が捻じれていく物語。誰が留守番をするかで言い争う家族が、自身の大事にしているもの――父はアミューズメントパーク、母は少年アイドル、そして娘は有名店のブランチにこだわりすぎたせいで、密室の中に閉じ込められてやがて……という不条理劇だ。2010年に上演した『表に出ろいっ!』の英訳版だが、前回の出演は、父役に十八代目中村勘三郎さん、母役に野田秀樹さん、娘役は黒木華さんと太田緑ロランスさんのWキャストだった。

「これも意図したわけではないんですが、今年は妙に勘三郎関連の舞台が多くてね。年明けにやった『足跡姫~時代錯誤冬幽霊~』は、彼へのオマージュで表現者の話、夏の歌舞伎『野田版 桜の森の満開の下』は彼と約束していた舞台だった。そしてこの秋、『One Green Bottle』をやれるというのは、よかったなと思いますね」

 英訳したことで作中の設定にも変更が生まれている。たとえば、娘のピクル。ファストフード店のキャラクターを偏愛していた彼女が今回ハマっているのはインターネット。両親に愛してほしい、褒めてほしい、狂気すら孕んだ、そんな彼女の承認欲求は、いったいどこに向かうのだろうか。

「劇作家のウィル・シャープの提案だったんだけど、若い彼の実感なんだと思いますね。今、若い人たちの現実はほとんどインターネットの中にある。そこには、私のことを見て、話を聞いて、という一種の自分病が蔓延している。声高に叫べば叫ぶほど誰にも見られない、聞かれない、という現象が発生している気がする。だけど、インターネットになじみのない世代が『そこに現実はないよ』といくら言ったところで無駄というか、世界観や哲学というものはしょせん人の頭の中にしか生まれないのだから、彼らにとってそれが現実であるならば、それがリアルなんですよ。まず誰かが新しい世界の価値観を打ち立てる、そして、それを実現しようとして行動する人間が登場する。インターネットによって若い人たちの頭のなかが変化しつつある今は、新しい思想にもとづく宗教や主義みたいなものが生まれだしているんじゃないかなと思います。暴走すれば、本作のように最悪の事態にも導かれるのだけど、警鐘を打ち鳴らしつつも、個人的にはラストに、まだ遅くはないんだという希望を託してみたいと思っていますね」

(取材・文:立花もも 写真:冨永智子)

 

舞台『“One Green Bottle” ~「表に出ろいっ!」English Version~』

舞台『“One Green Bottle” ~「表に出ろいっ!」English Version~』

作・演出:野田秀樹 英語翻案:ウィル・シャープ 出演:キャサリン・ハンター、グリン・プリチャード、野田秀樹 イヤホンガイド吹替え:大竹しのぶ、阿部サダヲ、野田秀樹 東京芸術劇場シアターイースト 11月1日~11月19日 ※当日券あり 
●平穏な家族の異変は、誰が留守番するのかという些細な諍いから始まった。父はアミューズメントパークへ、母は少年アイドルのコンサート、インターネット中毒の娘は友達と一緒に有名店のブランチへ。自分たちの存在意義をそれぞれの対象に委ねる彼らは、決して引き下がろうとしない。強硬な態度はやがて狂気を生み出していき……。
アートディレクション:吉田ユニ