瀬戸内寂聴×佐藤愛子、豪華対談が実現! 共にペン一本で同時代を生きた二人が語る、「作家という人生」とは?【「群像」1月号】

エンタメ

2017/12/8

 95歳で長篇小説『いのち』(講談社)を刊行した瀬戸内寂聴さんと、エッセイ『九十歳。何がめでたい』(小学館)が大好評の佐藤愛子さん(94歳)。12月7日に発売された文芸誌「群像」2018年1月号(講談社)にて特別対談が実現。デビュー以来70年、共にペン一本で同時代を生きた二人が語る、「作家という人生」とは――。本記事では特別に対談の一部をご紹介します。

(左)佐藤愛子さん(右)瀬戸内寂聴さん
2017年11月2日 ホテル椿山荘東京にて(撮影:森 清)

■男運が悪くてよかった

佐藤 新しい本をお出しになるのね。ゲラで拝見しましたよ。面白かったわ。

瀬戸内 私ももう死ぬから、これだけは書いておこうと思って、この小説(『いのち』)では一番親しくしてきた、河野多惠子さんと大庭みな子さんのことを書きました。いろんなことがあったけど、あの二人はやっぱり天才ですよ。日本の文学史に残る。私はそう思っています。

佐藤 それは残るわね。

瀬戸内 二人は仲が悪かったけど、両方とも男運がいいの。第三者が見たらどうかと思うかもしれないけど、ほんとにいい夫たちなんですよ。

佐藤 そうですよね、でも私はかえって変な人だなと思っちゃうわ。

瀬戸内 愛子さんも私も、男運はあまりよくないわよね(笑)。

佐藤 遠藤周作さんに、きみは男運が悪いんじゃなくて男の運を悪くするんだ、そこのところを間違えないようにと、よく言われたわ。

瀬戸内 私は仲よくなった男をダメにすると言ったら、そうじゃなくて初めからダメな男を好きになるんだって。ハ、ハ、ハ。
 大庭さんもすごい人よ。「瀬戸内さんは男の選び方が下手で、男運が悪い。(夫の)利雄のようなのを探しなさい」って言うから、「利雄さんのどこがいいの」と聞いたら、「利雄は喜んで私の奴隷になります」って。

佐藤 私は男の運を悪くする女でよかったと思っている。そうでなきゃ作家になれてないですからね。

瀬戸内 そうそう、あんな面白いもの書けないものね。私は「小説家になります」なんて宣言して夫の家を出たから、なってみせないと、残してきた子どもに悪いでしょう。だから意地でも小説家になるしかなかった。

■なかなか死なせてもらえない


瀬戸内 私、この三年間にいろいろ病気をしたでしょう。ガンとか心臓とか、次から次に悪いところが出てきて、それを全部片づけていったのよ。今年の初めに心臓が悪いと言われたときに、「手術はいやです。年が年だし、もう死んでもいい」とお医者さんに言ったら、「手術しないでもいいけど、死ぬときに痛いですよ」と言うの。痛いのには弱いから、「それじゃ、します」と言って手術をしてもらった。全身麻酔をかけるから、何ともないのよ。

佐藤 心臓も手術しているの。胆のうも取ったんでしょう。

瀬戸内 うん。

佐藤 強い人ねえ。それだけして、こうしてピンピンしている。

瀬戸内 だから、なかなか死なないのよ。

佐藤 死なせてもらえないのよ。業が深いのよ。

瀬戸内 ハ、ハ、ハ……、よっぽど悪いことをしているから、仏さんが呼んでくれない。
 里見弴は九十四歳で亡くなったの。私は晩年に親しくしてもらっていたんですけど、あの方は本妻さんがいたけど、お良さんという芸者さんだった人が大好きで、その人と鎌倉でずっと暮らしていたんですよ。お良さんは若い女中さんに、「私が死んでも、先生を絶対に本妻さんのところに帰すな」と言って、先に死んでいったの。
 その後、里見先生と最後に長い対談をしたときに、「先生にとって死は何でしょうか」と聞いたら、「死は無だ!」と言下におっしゃった。「あんなに好きだったお良さんと、あの世で会えないんですか」と聞いたら、「会えるもんか。無だ!」とおっしゃった。
 そんなものかと思っていたけど、心臓の手術の後、部屋に誰もいなかったときに、心の中で「無だ!」と叫ぶものがあったのよ。心配することはない、無になるんだなと思った。

■財産は出会ってきた人たち

瀬戸内 愛子さんは、本当に心がきれいな人じゃないと寄せつけないのね。そういうところがある。

佐藤 私は自分から外に出ていかないから。来る人だけ相手にしているから、交際範囲は狭いですよ。瀬戸内さんはいろんな人と幅広くつき合っているでしょう。やっぱりエネルギッシュなのね。

瀬戸内 もしかしたら、私の財産といったらそれだけかもしれないわね。つまらない人に会っても書かないから、私が書いて残している人は、みんな立派な人だった。「瀬戸内さんの書いたもので一番いいのは評伝だ」と言われたことがありました。若い作家が、瀬戸内さんがうらやましいと言うんですよ。三島由紀夫も川端康成も、自分が活字の上でしか知らない作家たちをみんな知っていて、実際に会っている、それがとてもうらやましいって。

佐藤 それは瀬戸内さんの人柄で、自分のほうから明るく会いに行くでしょう。普通は、そう簡単には行けないのよ。

瀬戸内 嫌いなら行かない。

佐藤 私は最初に本を出したとき、室生犀星さんに本を送ったら、「物を書くということは、親を討ち、兄弟を討ち、友を切り、しこうして己を討つものです」と真ん中に書いてある葉書をもらったの、普通だったら、すぐにお礼に行くでしょう。でも、私は行かなかった。

瀬戸内 あなたは佐藤紅緑のお嬢さんで、外から見たら箱入り娘だから、自分から男のところに行くようには育てられてないのよ。

■佐藤愛子史に輝くエピソード


瀬戸内 愛子さんの小説は大体読んでいるけど、男を追い出すときはすごいわね、あなたは(笑)。

佐藤 どんなことをしたっけ。忘れちゃった(笑)。

瀬戸内 荷物を全部放り出しているじゃないの。腹が立ったら、もうおさまらないの?

佐藤 おさまらない。ぞうきんバケツにお風呂の残り湯を汲んで玄関に置いておいて、夫が帰ってきたら正面からバーッとかけたんだから。

瀬戸内 ハッハッハ。

佐藤 早く帰らないか、帰らないかと思ってね、それをやってやろうと思うと、寝るに寝られないの。何にも知らないで、靴音が玄関に近づいてくると、ワクワクしてね。昔、防空演習のときにバケツの持ち方を習ったでしょう。あの持ち方が出たわよ(笑)。

瀬戸内 習った、習った。

佐藤 そのとき、夫は潰れる寸前の会社の社長だったんですよ。社員から電話で「社長はお家にいますか」と聞かれたから、「いや、きのうから帰ってませんよ」と答えたんだけど、あの人はマージャン友達の片岡千恵蔵の家でマージャンをしていて、二晩だか三晩、行方不明になっていたのね。そんなときに社長がいないんだから、潰れるべくして潰れた会社なのよ。
 私はね、社員が一生懸命仕事をしているというのに、社長は行き先も言わずにいつづけマージャンをしているなんて何事か、けしからぬと。水をぶっかけたのには、そういう大義名分があるのよ。

瀬戸内 正義の味方ね。

佐藤 玄関を入ってくるなり水をぶっかけられて、靴の中に水が入って、「なんだよう、靴が脱げねえじゃないかよお」とか言っているの。私は向こうが反撃してくると思うから、玄関脇の階段をパパパッと駆け上がって、階段の途中から「恥知らず!」と叫んだのよ(笑)。これでも私は真面目な人間なんですよ。

瀬戸内 自分がやったことはよく覚えているのね。

佐藤 それは忘れませんよ。佐藤愛子史の中で輝くエピソードですよ(笑)。

瀬戸内 でも、あなたの小説を読むと、彼のことはとてもよく書いているわね。

佐藤 初めのころは彼(作家の田畑麦彦氏)を尊敬していましたからね。私は小説なんか読んだこともない、父の小説なんて、何だこれは、と思っていたし、文学少女でも何でもなかったのよ。それが、最初の夫がモルヒネ中毒だったから、私は一人で生きていかなきゃならない。この子は何をやればいいかと、うちの母が考えたのよ。わがままだから、もう一回結婚してもダメになる。勤めても一週間でやめちゃう。あのころは戦争未亡人が大勢いて、洋裁とかお花を教えるとかで生計を立てていたけど、そのどれもできない。
 それで母が、私が最初の結婚のときに手紙で、姑や何やの悪口をさんざん書いていたのを父が読んでものすごく笑って、「いやあ、愛子は面白い。これは嫁になんかやらずに物書きにすればよかったかもしれないなあ」と言っていたことを思い出したのよ。おまえの取り柄はそれしかない、作家になれと母が勧めるから、書き始めたわけですよ。

■愛情がないと悪口は書けない

瀬戸内 いろんなことを思い出して、今日はとても楽しかった。愛子さんが(『いのち』を)読んで、よく書いたと言ってくれたのが一番うれしいわ。

佐藤 河野さんや大庭さんがどうというよりも、結局、瀬戸内さんの人間の大きさみたいなものが私の中には残る。書き手というのは、誰を書いても結局は己を語っているわけですよ。私はそう思う。瀬戸内さんは悪意のようなものが全くない方だから、それがちゃんと出ているのね。書き手の人間性というのは、自分のことじゃなくて他人のことを書いていてもわかるものでしょう。

瀬戸内 大庭さんと河野さん、二人ともおかしいけれども、私は小説家としての二人を芯のところで尊敬しているの。また、私が尊敬していることを二人とも知っていた。だからずっと私と付き合っていたのよ。これが最後だと思って、二人が書かれたくないことも全部書いたけど、その根本には二人に対する尊敬と愛情があるから。

佐藤 愛情があれば、何でも安心して書けるしね。悪いことでも平気で書ける。愛情がないと書けない。

瀬戸内 愛情がなくては悪口は書けない。

佐藤 私は、ちっともいやな感じはしなかった。

瀬戸内 あなたがそう言ってくれて、本当にうれしい。あなたはウソを言わないから。後世の小説を書く人たちは、やっぱりあの二人の作家を読むべきだと思う。その道案内になれるなら、私は書いてよかったと思う。
 人をいじめたり、ウソついたり、悪口を言ったり、そんなことは作家として何にもマイナスじゃないのよ。いい小説を書けばいいんだから。

佐藤 できることをいろいろ持っている人がいるでしょう。そういう人はほかの道へ行ったりして、続かない。私は書くほかに何にもできることがないから続いたんだと思う。頑張らざるを得ないから、仕方なしに頑張ったという成り行きで、ここまで来たという感じだわ。今となっては、こういう欠点多い人間に育ててくれた親に感謝するしかないじゃない。作家になれたんだから。

瀬戸内 それが才能だと思うわ。

佐藤 瀬戸内さん、これまで何冊書かれたの。

瀬戸内 四百冊ぐらい。

佐藤 すごいねえ。女性作家の中で一番多いんじゃない。

瀬戸内 テレビに出た時に、塔みたいなものが立っていて、瀬戸内さんの書いた原稿用紙を積み上げるとこれだけになると言われたけど、ピンとこなかった。でも、二人とも、よく書いたわね。

佐藤 私はフィクションの才能がないから、自分の経験したことを膨らませて書くだけだもの、数は知れてますよ。でも、よくまあ今日まで無事に生きてきましたねえ。ムチャクチャしながら。

瀬戸内 ほんとに、二人ともよく生きてきた。

(「群像」2018年1月号より抜粋)

「群像」2018年1月号

★対談内容はまだまだ盛りだくさん。全文は「群像」2018年1月号をご覧ください。