「弱い人が弱いままであれない社会ってすごく不幸」小野美由紀さん『メゾン刻の湯』について語る

文芸・カルチャー

2018/2/22

 内定ゼロのまま大学を卒業したマヒコ。アパートの契約も切れ、いくあてのなかった彼が住むことになったのは、築100年の銭湯「刻の湯」だった。社会に馴染めない変わり者たちの共同生活を描いた『メゾン刻の湯』(ポプラ社)。エッセイ『傷口から人生。メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった』の著者が描く初の長編小説は、失敗しても、傷だらけになっても、生きていていいのだと思わせてくれる大人の青春群像劇だ。刊行を記念し、著者・小野美由紀さんに、高円寺の名物銭湯「小杉湯」でお話をうかがった。

■ネット大炎上に巻き込まれて考えた、人同士の本当のつながり

――銭湯×シェアハウスという設定を思いついたきっかけは何だったんですか。

小野美由紀(以下、小野) 心身の調子を崩してアルバイトしていた会社を辞めたとき、人との関わりがぽっかりなくなった時期があって。そのころ住んでいたのは代々木八幡の家賃4万5000円・風呂なしアパートだったんですけど、毎日通っていた八幡湯という銭湯が私にとって唯一の“社会”だったんですよね。銭湯って、不思議なんですよ。老いも若きも裸になってお湯に浸かっている。お金持ちも貧乏人も、仕事をしていてもしていなくても、社会のあらゆるセグメントの人たちがその場にいることを許されていて、服を脱げば人間はみな平等。その実感が、お湯の温かさとともに強い安心感を与えてくれて。俗世のしがらみから解放されて肉体ひとつに戻れる避難所のような場所として描きたいなと思いました。

――シェアハウスにも暮らした経験があるんですよね。

小野 はい。そこも、上は65歳のおじいちゃんから19歳の学生、ホストも外国人もさまざまな人が暮らす場所でした。習慣が違いすぎて揉めることももちろんあったんですけど、多様性を通じて自分を再発見することもあって、その経験を素材にしたいなと思ったんですよね。あと……むかし炎上した「小学4年生なりすまし事件」って覚えています?

――聞き覚えだけは。

小野 小学4年生がWEBサイト上で自民党の解散を批判していることで話題を呼んだんですけど、じつは大学生によるなりすましだったことが判明して、安倍首相からも名指しで批判されたんです。その大学生が、同じシェアハウスのメンバーだったんですよね。で、連日マスコミが押しかけてきて大騒ぎ。ネット上でも某国に逃亡したとか某宗教に絡んでいるとか、ありもしない噂が溢れていて、現実とあまりに乖離していた。当の私たちはといえば、彼のことを信頼してのほほんと見守っていたんですけれど。

――知らない人ほど、勝手なことを言いますからね。

小野 そう。そのときに人と人とのつながりについて考えさせられたんです。たとえば自分が似たような事件を起こしたとき、どれくらいの人が態度を変えないでいてくれるだろうか、と。家族であれ友達であれ、身体感覚をともなった対話を積み重ねることで、本当のつながりというのはもたらされるんじゃないかな、と。銭湯とシェアハウスの両方で感じた、その肌感覚をくみあわせて小説を書いてみたい。そう思ったのが『メゾン刻の湯』の始まりです。

■世間的な「正しさ」や偏見を超えた場所で生まれるもの

――周囲がみんな就活するなか、なぜかやる気が起きず、内定ゼロで大学を卒業したマヒコですが、彼の根本にはずっと“みんなと一緒”に抗えなかった悔いが残っていますね。小学生のころ、変わり者のクラスメートを本当は尊重したかったのに、同調圧力に負けて追放する側に加担してしまったと。

小野 私もマヒコと同じように無職で大学を卒業したんですけど、昔から社会と自分のあいだに薄皮一枚挟まっているような違和感は常にあって、どこにいても馴染めないという感覚がぬぐえなかったんです。だからといってそんな自分を完全に割り切れているかというとそうではなくて、規範に自分を合わせないと世の中に受け入れてもらえないというのはわかっている。だからきっと、私もマヒコと同じ立場にいたらクラスメートを守ることはできなかったと思います。どっちつかずな彼のよるべのなさと葛藤は、すごくよくわかるんですよね。

――そんな彼が出会ったシェアハウスのメンバーは、マヒコ以上に変わり者ぞろいでした。大手企業の内定を蹴って愛人業に勤しむマレーシア人とのハーフ・蝶子。サイケデリックな見た目で浮いているフリーのエンジニア・ゴスピ。SNS大好きのベンチャー勤務・まっつんに、義足の美容師・龍くん。元IT界の寵児なのに、刻の湯の経営を任されている謎の青年・アキラさん……。

小野 それぞれマヒコとは異質の存在で、最初は彼も引け目を感じていたりするんだけど、一緒に暮らしていくうちにみんなそれぞれの現実を戦っているんだということがわかってくる。その過程で紡がれていく関係を描きたいと思いました。たとえば蝶子は、日本生まれ日本育ちなのにハーフというだけで偏見に晒されている。龍くんは義足だからと、不必要にかわいそうとか頑張っているとか思われやすい。だけどそういう思い込みや、こうあるべきという世間的な正しさを超えたところに、人同士の本当のつながりは生まれるんじゃないかなと思ったので。先ほど言った炎上事件の彼を、どれほど外野が責めても、私たちの彼への信頼が揺るがなかったように。世間から外れていたとしてもあなたは正しいんだと言いあえる、そんなつながりをマヒコに自分の手でつかみ取ってほしかったんです。

――ところが、刻の湯の共同運営を通じて仲が深まってきたころ、事件が起こります。あるメンバーがネットワークビジネスにハマり、シェアハウスのつながりから自ら外れようとしてしまう。

小野 銭湯って、有縁と無縁の狭間のようだと私は思うんですよ。相手に踏み込みすぎず、でも尊重しあいながら、ゆるくお湯のなかでつながっている。抱えている孤独がゼロにはならないけれど、孤立無援というわけでもない。そんな曖昧であたたかな場所。だけどそのメンバーには、もっと強い絆が必要だったんですよね。それが資本主義を縦糸にしたピラミッド型の階級社会であろうとも。

――最終的に出ていくことになったその人を、マヒコが止めることはありませんでした。

小野 もちろん引き止めたい気持ちもあっただろうけど、しいて説得することはその人の生き方を否定することにつながるような気がして。生きていくのに必要なよすがは人それぞれ違います。ネットワークビジネスも宗教も、ときに悲劇を招くこともあるけれど、誰かに必要とされている以上は、それ自体を私は否定したくないし、マヒコにもしてほしくなかったんです。そしてその行動が、ラストに向けて他のメンバーを救うことにもつながっていくのかなと思います。

■自分と他人の弱さを許容しながら、優しくつながって生きてきたい

――どんな変わり者の、どんなに外れた選択でも、決して否定しないところに本作の魅力はあると思います。その主軸にあるのが、刻の湯の亡き女主人・トキさんの掲げていた訓示「何事も念入りに、ただし、軽やかに」にあるような気がするのですが。

小野 あ、そうですか? あんまり意識していなかった(笑)。私、けっこうガチガチに物事を考えがちだし全然軽やかじゃないんだけど……、でもお湯に浸かったあとって心も身体も軽くなりますよね。その体感があるのかもしれません。

――トキさんの夫で現主人の戸塚さんが、孫のリョータにこんなことを言いますよね。「協調性は生きていくための道具であり、人によってはそれを使って世の中をうまく渡っていけるけど、なくたってかまわない。後から身につけることもできるんだから」と。これも軽やかさのひとつだなあと。

小野 ああ、それは昔の自分に言ってあげたかったなあというセリフでもありますね。規範に合わせないと受け入れてもらえないという話をしましたけど、弱い人が弱いままであれない社会ってすごく不幸だなと思うんですよ。いまだにパワハラ・セクハラはまかりとおる世の中だし、力の強いものに押しつぶされる側の人間は、いったい何を希望に生きていけるのだろうと考えていたなかで、この小説を書いている最中、起きたのが相模原の障碍者施設殺傷事件だったんです。あれがもう、本当にショックで。

――作中でも「役に立たない人間は生きていてはいけないのか」とマヒコが自問する場面がありました。

小野 強い人間なんて、そうそういないと思うんです。私自身、精神的に強いほうじゃないし、就職できなかった落ちこぼれ感や自分のマイノリティ性を感じて生きてきました。だけど、自分の弱さを押し殺して世間に迎合しなきゃ生きていけないなんておかしいんじゃないか、というずっと抱えていた違和感が、あの事件をきっかけに強まって。誰もが自分と他人の弱さを許容しあいながら優しくつながることはできないだろうかとより考えるようになりました。銭湯というとても小さな世界だけれど、この物語にそのエッセンスを少しでもにおわせることができたらな、と。

〈欲しいのは、他人を叩きのめす力ではない。異質な物と、つながりを持てなくても、理解しあうことはできなくても、寄り添うことをやめないだけの足腰の強さと、感応できるだけの優しさだ。〉

 最後に書いたこの一文は、3年前に本作が企画としてたちあがったときからあったもので、そこにたどりつくためにすべて紡いできたものでもありました。自分には何もないと思っていたマヒコがシェアハウスのつながりを通じて一歩を踏み出したように、読んだ人が自分にとっての希望を少しでも見いだせるようなものであってくれたらいいなと思っています。

取材・文=立花もも 撮影=海山基明

協力:杉並区高円寺 小杉湯
営業時間:午後15時30分から深夜1時45分まで
住所:杉並区高円寺北3-32-2
電話:03-3337-6198
定休日:毎週木曜日
Twitter:@kosugiyu