「能」は拷問芸能?『花よりも花の如く』成田美名子と能楽師が語る、能の楽しみ方

エンタメ

2018/2/25

 少女マンガ界を牽引する成田美名子先生の画業40周年を記念し、原画展が東京・銀座で開催された。成田先生自らが選りすぐった原画40点は全てカラー。淡く繊細なタッチの中にも、凛とした空気を感じさせる成田先生の魅惑のイラストが紹介される原画展は、ファン必見のイベントだったのではないだろうか。 またもう一つ、特別な企画が開催された。

能「葵上」馬野正基(photo:前島吉裕)

『花よりも花の如く』(白泉社)が、能をテーマにした物語であることから、作中で主人公が舞った曲を演目とした「花花能」が催されたのだ。

 本作は成田先生の作品の中でも、連載15年と長きにわたり愛されている作品。若き能楽師の榊原憲人(さかきばら・のりと。通称:けんと)が、演者として、人として成長していく人間ドラマである。

 2月11日から13日の3日間にかけて行われた「花花能」は、まるで憲人が舞台に立っているような、マンガの中の世界が現実になったかのような、特別感にあふれた公演となり、大盛況のまま幕を下ろした。

 さらに、12日には演目の前に成田先生と能楽師・観世銕之丞(かんぜ・てつのじょう)先生とのスペシャル対談も実現。

 馴染みのない方も多いだろう「能楽」という伝統文化について、その楽しみ方や演じ手の想い、さらには成田先生の作品作りのスタイルまで、「能」も『花花』も好きな私にとって、とても興味深いお話が満載の対談だった。

 その一部を本記事でご紹介したい。少しでも当日の雰囲気を感じていただければ嬉しい。そしてぜひ、能楽堂に行って能という幻想的な「日本の演劇」に触れてほしいと思う。

(photo:前島吉裕)

『花よりも花の如く』は「能の入門書」。この作品から「能」に興味をもった方も多いはず。そこで銕之丞先生がオススメする「初めて能を観る時のコツ」とは…

観世銕之丞先生(以下、銕之丞):眠たくなったら寝ていただく。

会場:笑

銕之丞:(初見で能を楽しむには)使われるのは昔の言葉ですし、中々難しいと思います。自分たちも子どもの頃は、親父や先生に言われた通りにしゃべっていて、何のことを言っているのかよく分からなかったし、意味も分からなかった。

 けれど段々に分かってきて、その中に込められた気持ちみたいなのを伝えていくことができるようになりました。ですので、装束の色のキレイさとか、囃子(はやし)の音や「間」の面白さ、声の不思議さ、面の表情など、「自分の見やすいところ」から見ていただくのが一番かと思います。

一方、高校生の時に初めて能を観て、「一目惚れした」という成田先生は……。

成田美名子先生(以下、成田):(内容が)分かる分からないというより、ハートをわしづかみ(笑)。お話が一言一句分かるというより「感じる」ほうが大事だと思います。なんてキレイなんだろう。こんなに面の表情が変わるのか。この装束の色がステキ。この組み合わせいいなぁ……とか。私はそういう部分からだと、入りやすかったですね。銕之丞:役者からしても能楽は、本当に分かりにくいものだと思っています。だから、この「音」が好き。「声の感じ」が好き。「装束」「鼓」「笛」がいいなぁ……とか、僕らみたいな能の家に生まれた子どもでも、そうやって馴染んでいくんだと思います。

半能「石橋」観世銕之丞・観世淳夫(photo:前島吉裕)

作中で「能」は演じるのがつらい「拷問芸能」だと称されるシーンが。だけど実際は……。

銕之丞:実を言いますと、能というのは見るより、やる方がはるかに楽しいんです。足は痛くて、舞や謡を覚えるのはつらいんですけど……面装束をつけて、三間四方の空間で演じていますと、どんどん自分の心の鎧が取れていく気がする。役に近づいていけばいくほど、自分でも知らない自分の一面がスッと出てくるんです。

 それをお客さんも、普段とは違う空間で観ていただくことで、つながっていく。能は台本があっても、(観客が)台本通りに受け取る必要はなく、それぞれの人生のフィルターを通して見ていただくといいと思います。

「能舞台の上で、自分自身の知らない自分と出会うことはよくある」と語る銕之丞先生に対して、マンガ家の成田先生にも同じような経験が……。

成田:私もマンガを描いていて、そう感じることがあります。描いている間に、自分の中のまったく知らなかった、「こんな気持ちがあったのか」というのが現れてくることはありますね。

能をテーマにした本作。成田先生は、お話をどのようにして作っている?

成田:何ができるか分からない、料理のように作品を作っています(笑)。編集さんを毎回ハラハラさせて申し訳ないのですが、私自身も本当に何ができるか分からない。最後においしいものができるといいんですけど(笑)。お話作りの材料は、能はもちろん、自分の経験の全てです。私にとっては、今日のこういった経験も、全部取材。こういったものが全部「鍋」に入っちゃう。どれをどう使えるかは、その時にならなくちゃ分からない。何ができるかはギリギリ出来上がるまでは分からないんです。

 計画的にお話を構成される方もたくさんいらっしゃるし、私はちょっと特殊かもしれないのですが、こういうスタイルですね。『NATURAL』くらいからこうなっちゃいました。

銕之丞先生から、画業40周年を迎える成田先生へ。

『花よりも花の如く』(成田美名子/白泉社)

銕之丞:本当におめでとうございます。40年間というのはとても長いと思います。粘り強く、それでいて世の中の流れというものをしっかり掴まれ、読者の方々の心にしっかり浸透させ、さらに魅力的な絵をお描きになってこられた。その努力というのは、頭の下がる思いです。お祝いとして、今回こういった企画に自分たちが関わり応援できることも、本当にありがたく、喜ばしいことだと思って、一生懸命務めさせていただきます。

成田:(マンガを描くにあたり)普段お世話になっている役者の方に、さらにお世話になってしまい、私のほうこそ頭が上がりません。本当にありがとうございます。

 能楽好き……というより、能の大成者である「世阿弥好き」な私。観覧中寝てしまう時もあったのですが(すみません……)。本公演では、装束に注目したり、舞台の「空気」を感じたりと、新たな能の「見方」を楽しんだ。

 この対談を聞いた多くの方にとって、そういった「発見」があったのではないだろうか。

文=雨野裾 写真=前島吉裕