醸しだされていくエロス、水川あさみ圧倒の演技! 連続ドラマW『ダブル・ファンタジー』村山由佳インタビュー

エンタメ

2018/6/6

「何を書いてもいいのだと、私を自由にさせてくれた作品。これ以降、作家としての陣地がものすごく広がった気がします」という『ダブル・ファンタジー』刊行から9年。累計68万部超えのベストセラーは新たなステージへ。WOWOW「連続ドラマW」でのドラマ作品放送開始、続編『ミルク・アンド・ハニー』の刊行と、再び官能の世界へと誘う村山由佳さんにお話を訊いた。

原作者 村山由佳さん

村山由佳
むらやま・ゆか●1964年、東京生まれ。93年、『天使の卵 エンジェルス・エッグ』で小説すばる新人賞を受賞。2003年『星々の舟』で直木賞、09年『ダブル・ファンタジー』で柴田錬三郎賞、島清恋愛文学賞、中央公論文芸賞を受賞。『天使の柩』『La Vie en Rose ラヴィアンローズ』『嘘 Love Lies』『風は西から』など著書多数。

 

私自身が探っていった物語の発端もドラマの中に表現されていました

「“誰かを傷つけるのなら、そんな作品は書かなければいい”というのが、デビュー10年目くらいまでの私。それを大前提にしつつ、一方にいたのは“この一行があることで作品が凄みを持つ”と思うと書かずにはいられないという自分。初めて、その一行を書いてしまったのが『ダブル・ファンタジー』でした。そして、それがもとで離婚し、いろんな人を傷つけることにもなってしまいました」

 痛みと罪悪感を伴った狂おしいほどの小説への情熱は、切実さを以って、己れの生と性への欲望を貫いていく主人公・奈津に重なる。女性の性欲を赤裸々に描き尽くし、作家としての転換点となった同作は、読者と文壇に、強く、そして甘美な衝撃を与えた。あれから9年。その衝撃がまた新たな形で還ってくる。

「『ダブル・ファンタジー』については、ドラマ化は無理だと思っていました。いくら裸を隠しても、テーマがテーマなので、これをそのまま地上波で放送することは叶わないだろうと。ですから、WOWOWさんからお声がけいただいたときは、もう小躍りしてしまって。チャレンジングに文芸作品をドラマ化なさっている“連続ドラマW”で制作していただけるなんて、本当に嬉しかった」

 夫の束縛に苦しむ35歳の脚本家・高遠奈津。創作にも関与する彼の抑圧に耐え切れなくなり、重ねていく様々な男性との恋愛。インモラルへの覚悟を持ち、自分の欲望に忠実に対峙していく奈津が得るもの、失うもの、到達していく世界――。その激しい性愛描写とともに反響を呼んだのは、村山さん自身の私生活がフィクションのなかに滲んでいることであった。

「初めてお会いしたとき、『村山さんの自叙伝が書けるくらい勉強しました』と御法川監督がおっしゃって。映像化に際し、これまでの作品、あらゆるインタビュー記事から私自身の背景を読み込んでくださったと。ドラマには、監督のそうしたご尽力が驚くべき形で結実しています。何と『ダブル・ファンタジー』と『放蕩記』が合体しているんです」

『放蕩記』は、強烈な人格と恐怖によって、娘を呪縛してきた母への複雑な想いを結実させた半自伝的小説だ。家を飛び出すまでの間、なぜ奈津は夫の支配を当然のごとく受け入れて来てしまったのか。『放蕩記』はその根源を突き詰めていった物語でもある。

「『ダブル・ファンタジー』を書くなかで、“私はいまだに〈母の娘〉であるのだ”ということに気付いていきました。その後、母との関係を模索した『放蕩記』を描き、今また『ミルク・アンド・ハニー』を執筆し……と、私のなかで時間をかけて探ってきたことの、発端のような部分をしっかり押さえ、それを映像で表現してくださっているということに感動を覚えました」
 

映像に嫉妬しました

『ダブル・ファンタジー』映像化の依頼はこれまで数多あったという。「映像化作品は原作と違うものであると思うし、あるべき」と考える村山さんだが、「小説の持つ色合いやニュアンスのようなものはそのままであってほしい」。読者にとっても切望するところであるその部分を、一般的な映画作品の倍以上もの時間をかけて紡いでいった編集、ひとつひとつのシーンのためだけに制作された音楽など、注ぎ込まれた制作スタッフの熱意が映像には昇華されている。

「セリフにしても、“このシーンに作中のあの言葉が”と、原作を大切にしてくださっていることが随所から伝わってきて。そして、あらゆる意味で奈津を支配していく男たちを演じてくださった俳優の方たちには凄みを感じました。そのなかを彷徨っていく奈津役の水川さんが美しくて、たおやかで。余程の覚悟がなければ、この役は受けられなかったと思うんです」

 まだ何も起こっていない時にすら醸しだされていくエロス。奈津役・水川あさみの演技、佇まいは、観る者にその世界を体感させるような圧倒的な力を放つ。

「『裸をいくら衝撃的に出しても視聴者はすぐ慣れる。その衝撃度で勝負するのではないエロス、内面が現れる性愛のシーンを描くのが肝である』と御法川監督はおっしゃって。性愛を通して人間を深く掘り下げることと、単なる官能小説になってしまうものとの境界線については、この小説を書きながらずっと悩んでいましたので、そこに問題意識を持ってくださる監督の姿勢は原作者として安心できるものでした。そして映像ならではのシーンには、嫉妬さえ覚えてしまった」

 花火大会の夜、男と繋いだ手が離れ、よろけた拍子に脱げた下駄が転がっていく。裸足で土手を下りていく奈津の姿を捉えた原作のラストシーンは、火薬の匂いとともに脳裏から離れなかった。

「ドラマでは、奈津と彼女に関わった人、ひとりひとりを映しては花火があがっていく。そこに余計なセリフが挟まれることなく、その心象風景がひとりずつ映し出される。抽出されていくものの根っこは原作と同じなのですが、映像ならではの花火の意味合いがそこには生み出されていて、“映像の行間”を見せていただいた気がしました。奈津の逞しい足取りに重なる、バックに流れるハードなロックも印象的でした」

 奈津はこの先どこへ歩いていくのか――『ミルク・アンド・ハニー』は43歳になった奈津を描いた、その物語の続きだ。
 

目指していったのは“普遍”の海のようなところ

「同じような着地点に辿り着くような話であれば、書く意味がない。続編執筆を躊躇していたのは、その点とともに、私生活上でもいろいろとあったもので。“今、自分のお腹にある感覚をラストの場面に持っていきたい”と思ったのは、すでに連載が始まっていた、去年のことでした」

「誰に何言われてもええわ、もう。二人で仲良う、汗かこか」という文字が、新刊の帯には躍っている。
「『ダブル~』の帯には“俺のかたちじゃなくなってる”という作中のセリフ。こちらは男のエゴであり、それを気にしてしまう奈津が象徴されていますが、『ミルク~』では、ようやく“二人で”というところに行き着けました」

 前作で出会った7歳年下の男・大林と暮らす奈津。だが同居から1年も経ぬうちに彼は奈津を“女”として扱わなくなり、彼女は再び、“キリン先輩”こと岩井や演出家・志澤、新たな男たちとの逢瀬を重ねていく。さらに夫との正式な離婚、大林との再婚、そして彼が起こす数々のこと……生活における問題とも直面していく。

「昨年、父が亡くなり、そのとき、柩の横で、“これはラストシーンになる”と考えていた自分がいました。経験をフィクションへと注ぎ込む濃度は、『ダブル~』のときより、さらに高くなった。私自身、二度目の離婚を経験したのですが、そのとき、もう自分には何も降ってこないのだ、と思ったんです。互いに好きだと抱きしめ合って満ち足りる関係を、この先誰かと築くことなんて無理だろうと。けれど、そうではないところへ出ることができた。それは本作を書くうえで、ものすごく大きな糧でした。自分の外側に成り立っていく物語がある一方で、自分を“供物”にする小説の書き方もある。それはどうしても個人的にならざるを得ないのですが、その経験や感情をずーっと掘り下げていくとき、私が目指していくのは“普遍”の海のようなところ。そこに出ることができれば、その小説を書いた意味があると思えるんです」

 その海を眺めたり、泳いだり、時に溺れてみたり。『ミルク・アンド・ハニー』は、そのタイトルの如く豊潤な味わいで、読者を作品世界に浸らせてくれる。

「奇跡のようなタイミングで、ドラマ化と続編の刊行が重なって。ドラマを観て、“奈津、大丈夫かな”と味方になってくださった方が、『ミルク・アンド・ハニー』を読んで、どこか安心してくれたらいいなと。人生、捨てたもんじゃないんだなって。ドラマと小説、双方から、その世界観をぜひ楽しんでいただきたいですね」

取材・文:河村道子 写真:冨永智子

 

『連続ドラマW ダブル・ファンタジー』
『連続ドラマW ダブル・ファンタジー』

WOWOW『連続ドラマW ダブル・ファンタジー』(全5話)
原作:村山由佳(『ダブル・ファンタジー』文春文庫 刊) 
監督:御法川 修 脚本:阿相クミコ/御法川 修 出演:水川あさみ、田中 圭、眞島秀和、栁 俊太郎、篠原ゆき子/多岐川裕美/村上弘明 6月16日(土)より、毎週土曜22:00~放送  ※第1話無料放送
性愛を突き詰めたその内容から、映像化困難とされてきた原作をついにドラマ化。社会的な常識より己の欲望を貫く女性・奈津を、主人公と同様、今年35歳を迎える水川あさみが体現。官能のなか束縛から解放されていくその心が、文学的とも言える映像美のなかに浮かびあがる。

原作小説

『ダブル・ファンタジー』(上)
『ダブル・ファンタジー』(下)

『ダブル・ファンタジー』(上・下)
村山由佳 文春文庫 各580円(税別)
夫の態度に戸惑う日々を送る35歳の人気脚本家・高遠奈津。だが年上の演出家・志澤との情事を機に女としての人生に目覚めていく。包み込むような優しさで抱く男、圧倒的な強さで攻めてくる男……。数々の性愛の中で彼女に降ってきたものとは――。第4回中央公論文芸賞、第16回島清恋愛文学賞、第22回柴田錬三郎賞受賞作。

原作小説 続編

『ミルク・アンド・ハニー』

『ミルク・アンド・ハニー』
村山由佳 文藝春秋 1800円(税別)
夫・省吾との穏やかな暮らしを捨て、いくつかの恋を経て、今は恋人・大林一也と暮らしている43歳の奈津。しかし彼もまた奈津の心と身体を寂しくさせる男でしかなかった。元恋人の志澤や岩井との再びの逢瀬を皮切りに、性の深淵へと分け入っていく彼女が自由と孤独の果てに見いだしたもの――そこに作家・村山由佳の到達点がある。