第7回ポプラ社小説新人賞を受賞!『跡を消す 特殊清掃専門会社デッドモーニング』でデビューを果たす作家・前川ほまれインタビュー

文芸・カルチャー

2018/7/12

 人が死を迎えたとき、そこにはなにが残るのか。生の本質に迫るような問いかけに、ひとつの解をくれる小説がある。それが「第7回ポプラ社小説新人賞」で大賞を受賞した、『跡を消す 特殊清掃専門会社デッドモーニング』(前川ほまれ/ポプラ社)だ。

 本作で新人作家としてデビューした前川さんは、現役の看護師。否が応でも生と死に向き合わざるを得ない職業に従事する傍らで、小説を書き続けてきた。そんな前川さんにとって「死」とはなんなのか。そして、そこに残るものとは――。

■“死”は人の営みの延長線上に存在する

 本作の主人公・浅井 航は、気ままなフリーター生活を送るいまどきの若者。しかし、ある晩、笹川啓介と出会ったことにより、見知らぬ世界へと足を踏み入れることになる。それは「特殊清掃」の世界。この特殊清掃とは、孤立死や自殺など、訳ありの死を迎えた人たちの部屋を訪れ、その痕跡を片付けるというもの。笹川はそれを請け負う会社を立ち上げている人物だ。そして浅井は、笹川からの要望を受け、軽い気持ちでその仕事を手伝うことになっていく。

 本作では、浅井と笹川というふたりの男を軸に、特殊清掃の世界から見た“人の死”が描かれる。その眼差しは実に真摯で、ときには痛みを伴うほどだ。前川さんはなぜ、小説のテーマに「死」を選んだのだろうか。

「“人の営み”を書いてみようと思ったことが、本作の出発点だったんです。そこまで壮大な物語にするつもりはなくて、ただ、人の生活の先になにかがあるのではないかと。手探り状態で書きはじめました」

 人の営みを描きたい。その想いが、自然と死を描くことへと向かわせた。そこで舞台装置として選んだのが、特殊清掃の世界だ。

「最初は葬儀屋さんの物語にしようと思っていたんです。でも、できればもう少しだけ日常生活に踏み込んだ仕事が書きたいなと思うようになって。それで見つけたのが、特殊清掃員という職業でした。そんな仕事があるのかと驚きましたが、人は生きている限り亡くなるものですし、孤立死することも決して珍しくはない。だからこそ、まだあまり知られてはいないものの、とても必要とされる仕事なのではないかと思ったんです。それから参考文献を読んだり、ドキュメンタリーを観たりして、特殊清掃に対する知識を深めていきました」

 看護師として死に近い世界にいる前川さんにとっても、特殊清掃の世界は未知。しかし、本作を執筆する上で難しかったのは、なによりも登場人物たちの心の動きを描写することだった。

「特殊清掃に使う器具や、その手順などは調べればすぐにわかるんです。でも、それに関わっている人たちの気持ちを理解するのがとても難しくて。浅井をはじめとするキャラクターたちが、揺れ動くさまを描くのに苦心しました」

■客観性をもって“死”と向き合い活写した

 本作の人物たちは、それぞれの方法で死と向き合っていく。それは浅井や笹川だけではなく、彼らに特殊清掃をお願いする依頼主たちも同様。特に読者が最初に心動かされるのは、第2章で描かれる、息子を亡くした母親のエピソードだろう。前川さん自身、このエピソードに最も心を砕いたという。

「このエピソードに登場する母親は、私の実際の母親をモデルにしているんです。もしも私が死んでしまったら、母親はきっとこうするだろう。そんな風に想像しながら書き進めました。それと同時に、このエピソードが書けたことで手応えを感じたんです。これならきっと最後まで書けるはずだ、と」

 しかし、あくまでも大切にしたのは“客観性”。人の死という普遍的なテーマを描く上で、自身の価値観を押し付けないように注意した。それもあって、各エピソードの読後感は実にバラバラだ。胸が痛むほどの哀しみを覚えるエピソードもあれば、非常に後味の悪いものもある。

「極論を言ってしまえば、亡くなった人のことをすぐに忘れてもいいですし、受け入れられなくてもいいと思うんです。大切な人を凄惨な事件で亡くしてしまえば、きっとずっと受け入れられないとも思いますし。ただ、残された人は生きていかなければならないですよね。そのためにも、さまざまなエピソードを用意することで、いろんな選択肢があることを示したかったんです」

■“作家デビュー”という夢を叶えて

 本作の帯には、書評家の大矢博子さんがこんな言葉を寄せている。

“一気読みだった。上手い。主人公が「死とは何か」を考えるのと一緒に、読者も自ずと死について考えるようになる。”

 その選評の通り、本作は見事な作品だ。新人離れしている筆力だと驚く読者もいるだろう。しかし、前川さんは小説コンクールで受賞したことはもちろん、最終選考まで残ったことも初めてだったという。

「小説を書き上げたのは、これで7作目なんですが、どれもクオリティに疑問が残る出来で……。何度かコンクールに応募したこともありましたけど、一次審査を通るのが精一杯でした。だから、最終選考に残ったとご連絡をいただいたときは、正直、戸惑ったんです。こんなひねくれた小説なのに、本当にいいのかなって(笑)」

 仕事をしながら、小説を書き続ける日々。それは想像以上に大変だったはずだ。

「原稿用紙400枚以上のものを一本として、年間で最低でも3本は書くつもりで続けてきました。そこまで自分を追い込まないと書けないと思ったんです。でも、だいぶ心は折れかかっていました(苦笑)。全然報われないし、仕事をしながら書き続ける意味はあるのかなって」

 だからこそ、“作家デビュー”という現実を噛みしめるように、前川さんは顔をほころばせる。

「まさか、私なんかがデビューできるとは思っていなかったので、純粋に嬉しくて仕方ないんです。これまで書いてきた小説は、家族にも読ませたことがなくて。だから、登場人物たちは、私の頭の中でしか生きていなかったんです。でも、受賞が決まって編集さんとお会いしたときに、ごく自然と浅井や笹川の名前を呼んでくださったんです。それが本当に嬉しかった。私の頭の中にいたキャラクターたちが、外の世界に飛び出してきたような感覚でしたね」

「小説家で食べていくなんて難しいし、諦めていたんです」と笑う前川さん。しかし、まさにいま、その夢への第一歩を踏み出そうとしている。本作を機に、これからはプロとして小説を書くことが求められていくだろう。

「今後はプロとして、単純に面白いと思える作品、エンターテインメント作品を書いていきたいと思っています。そのためにも、まずは本作を大勢の方に読んでいただきたい。一冊の中にいろんなものが詰まっていて、なにかしら読んでくれた方にフィットするところがあると思うんです」

取材・文=五十嵐 大 写真=内海裕之