現役女子大生が紡いだ短歌の新境地! 31文字で生活の中の「エモさ」を表現

文芸・カルチャー

2018/11/20

『花は泡、そこにいたって会いたいよ』(初谷むい/書肆侃侃房)

「若い歌人の歌集を出したい」という思いによってスタートした書肆侃侃房の新鋭短歌シリーズから、北海道在住の女子大生、初谷むいが自身初となる歌集を刊行しました。

 淡い色調で描かれた、爪を切る女の子の表紙。大きな文字で書かれた『花は泡、そこにいたって会いたいよ』というインパクトのあるタイトル。そして、呼んでみたくなるようなキュートなペンネーム……。同書は発売後2週間で重版が決まるという、無名歌人の歌集としては異例の快挙を成し遂げたのです。

 初谷むいさんにインタビューし、大学生歌人の知られざる私生活、短歌にこめる思いなどを語ってもらいました。

初谷むい
函館市在住。北海道大学短歌会所属。現在大学4年生。Twitterは“む犬”こと@h_amui 普段の生活をゆるく呟いている。

――初谷さんは現役大学生ということですが、普段はどんな学生生活を送っているんですか?

 北海道の大学で、水産学部に在籍しています。現在は卒論に向けて「ヤドカリの交配行動」を研究しています。

――ヤドカリの交尾!? 意外な研究テーマですね。短歌を始めたきっかけはなんだったのでしょうか?

 高校生のとき文芸部に所属していたのですが、その地区大会で札幌市在住の歌人である山田航さんの講演に行ったことが短歌との出会いです。お話を聞くなかで「私にもできるんじゃないか」と思って短歌を詠み始めました。最初は手探りだったんですけど、山田さんが作品を褒めてくださって、「向いてるのかも!」と思ってから、さらに真剣に取り組むようになりました。

■初谷むいが紡ぐ、短歌の世界観とは?

 そんな初谷さんが読む短歌の世界観は、非常に独特です。『花は泡、そこにいたって会いたいよ』の自薦短歌5首は以下のとおり。

イルカがとぶイルカがおちる何も言ってないのにきみが「ん?」と振り向く

カーテンがふくらむ二次性徴みたい あ 願えば春は永遠なのか

どこででも生きてはゆける地域のゴミ袋を買えば愛してるスペシャル

エスカレーター、えすかと略しどこまでも えすか、あなたの夜を思うよ

ふるえれば夜の裂けめのような月 あなたが特別にしたんだぜんぶ

 口に出して詠みたくなるような独特のリズムと、背伸びしたりかっこつけたりするところがない言葉選びが、初谷さんの作品の特徴。「わかる」とうなずきたくなるような、押し付けがましさのない共感がそこにはあります。

 そもそも短歌は、31音の制限は設けられているものの、ルールとしては「基本的に57577のリズムを守る」ことだけなのです。

 初谷さんの作品のように大胆に破調(字余り、字足らずが生じること)をしている歌も数多くあります。

 また、今回歌集の表紙を手がけたのはInstagramやTwitterで若い女性から支持を得ているイラストレーター・大島智子氏。ほんのりエロティックな生活感が漂っている作画は、初谷さんの作品と不思議なほどマッチしています。一見歌集の表紙とは思えないのもこの歌集の特徴です。

――とっても可愛らしくて、つい手にとりたくなるような本ですよね。表紙はどんなふうに決まったのでしょうか。

 元々私が大島智子さんのファンで、「こういう作品なんですが」と自分でお願いをして、描いていただきました。原稿を読んでもらっておまかせしたところ、表紙の案をいくつか送っていただいたら、どれも本当に素敵で。表紙に採用しなかったものも素晴らしかったので挿絵として使わせていただきました。

――計3枚のイラストは、歌集のとある短歌をそれぞれモチーフに大島さんが描かれていて、それも見どころですね。300首近い短歌が掲載されていますが、本をつくる過程はかなり大変だったのでは?

 あまり苦労した思い出はなくて、ずっと楽しかったです。でも、唯一、タイトルをつけることには相当悩みました。出版の2ヶ月前にようやく決まったくらいです。それでもやっぱり、創作するときのワクワク感のほうが上回っています。

――初谷さんは短歌を作る際、発想が次々に湧いてくる方だと伺いました。

 私の中に、“詩のゲージ”みたいなものがあって、それが満タンになったときが、「よし書くぞ」というタイミングです。そのときにパソコンの前に座ると、結構無限に出てきます。生理周期みたいな感じで、そういうモードがくるというか(笑)。

――詩のゲージという表現が歌人ならではと思いました。テーマや題材にしているものはあるのでしょうか?

 一時期は「生活感」をテーマにしていましたね。あとは、「エモい」という言葉が好きなんです。賛否両論ある言葉だけど、儚くてすぐ消えてしまうものが好きだから、そういうものを詠んだり、創ったりしたいと思っています。

――短歌を知らない人に対して、初谷さんなら、どのように短歌の魅力を伝えますか?

 単純に短い詩を味わうのは楽しいし、歌会で歌の評をつけあうのってすごく頭を使うので、それも面白いです。みんなやればいいのにって本当に思っていて、好きな短歌を紹介しながら時々おすすめしてます。短歌は実は全然堅苦しくなくて、こういうのもあるんだよって。

――最後に、歌集を出してみての思いをお聞かせください。

 高校時代は自分のことがあまり好きじゃなくて、漠然とつらかったです。そんなわたしを許してくれたのは短歌でした。同じように今悩んでいる人たちにとって、この本が少しでも救いになればと思います。本を手にとった誰かが、「こういう世界もあるんだ」と思いながら読んでくれたらうれしいです。

 来年の春で大学を卒業する初谷さん。「朗読や音楽、いろんなものに興味があってやってみたいけれど、短歌をやめることはないと思います。社会人になっても歌集を出せるように頑張りたい」とのこと。今後も初谷むいさんはもちろん、若い世代が発信する短歌に目が離せません。

取材・文=坂本七海(清談社)