目指すのは「脱・現状維持」。井口裕香の成長曲線は、上昇し続ける――井口裕香インタビュー(後編)

エンタメ

2019/3/9

『劇場版 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか オリオンの矢』 公開中、ワーナー・ブラザース映画配給 (C)大森藤ノ・SBクリエイティブ/劇場版ダンまち製作委員会

 前編に続き、インタビュー後編では2枚同時にリリースされた12枚目のシングル『おなじ空の下で』にフォーカスする。表題曲は『劇場版 ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか オリオンの矢』の主題歌だが、2015年に発表したシングル『Hey World』に始まり、長い時間をともに歩んできた『ダンまち』は、物語を俯瞰で見つめ、広く大きなテーマを解釈しながら歌をアウトプットするアーティスト・井口裕香にとって、ひとつの礎になっている。「脱・現状維持」を掲げ、さらに意欲的に音楽と向き合いながら成長を続ける現在について語ってもらった。

『とある魔術の禁書目録』の現場で皆さんから学んだことがいっぱいあるし、そこで得たものが今やっと花咲き始めている

――12枚目のシングル『おなじ空の下で』は、『劇場版ダンまち』の主題歌ですが、そもそも劇場版アニメの主題歌を担当するのって、なにげに初ですよね?

井口:そう、初なんです! (デビューシングルの)“Shining Star-☆-LOVE Letter”は、イメージソングだったので。

――映画を観させてもらったんですけど、まさにJ.C.STAFF作品というか、バトルシーンは迫力があるし、ド迫力の音響で観ることで、とても満足感がある作品になっていて。その環境で聴く『おなじ空の下で』は、とても心に残る曲になってますね。

井口:ほんとですか! よかったぁ。“おなじ空の下で”は、「ザ・『ダンまち』!」な曲であり、そしてわたし自身の気持ちでもあって。なんて言ったらいいのかなあ……わたし自身は“終わらない歌”のほうだと思うんですけど、わたしの現状は“おなじ空の下で”というか。

――現状とは?

井口:現状の……心理(笑)? 『ダンまち』の楽曲であることはもちろんなんですけど、たとえば今、受験生の皆さんの受験が終わって、3月くらいになったら卒業シーズンがあって、入学式は出会いのシーズンで。その中で、ひと区切りのお別れはあるけど、必ずまた会えるし、未来に希望がは未来にある、みたいな気持ちが描かれているので、すごく好きな楽曲です。

――劇場版のストーリーや受け取った楽曲と向き合ってみて、どんなアプローチを考えましたか。

井口:この曲の持つ疾走感を大事にしたいな、と思いました。映画館では『ダンまち』の物語が終わった後に流れるので、みんなが余韻に浸れるような感じを想像しつつ、お話としてはきっとベルくんがまたひとつ成長する、ひとまわり大きくなるお話なんだろうな、と思っていて。その中で起きる出会いと別れを、ただ切なくするのではなく、希望に満ちた感じで歌いたかったので、そのためにはどうしたらいいかなって考えながら、レコーディングしました。

――TVアニメ『ダンまち』主題歌の“Hey World”をリリースしてから、もう5年近く経つじゃないですか。『禁書目録』もそうですけど、『ダンまち』ともかなり長い付き合いになったわけですけど井口さんにとって『ダンまち』はどういう存在ですか?

井口:まず、“Hey World”は新たな制作で――とても豪華なスタッフさんとご一緒させていただけるきっかけになった1曲なんですよ。

――そうでしたね。作詞が松尾潔さんで――。

井口:作曲が馬飼野康二さん。それもあるし、“Hey World”あたりから、「歌のお姉さんポジション」をこすごく意識するようになりました。作品自体が持つ人気やパワーも感じていたので、声優・井口裕香というよりは、歌を歌うアーティスト・井口裕香としての道しるべを、ひとつ作らせてもらった作品だな、と思います。「歌のお姉さんポジション」を意識したのは、とても大きいです。単純に、ヘスティアちゃんはわたしではないので、ヘスティアちゃんの気持ちや、ベルくんがヘスティアちゃんに向ける気持ちを歌うのだとしても、そこにわたしが100%の感情を入れて歌うのは少し違うんですよね。ちょっと俯瞰で、全体を見ながら歌うのが、歌のお姉さんの歌い方かなって思います。

――外伝の『ソード・オラトリア』の主題歌も担当していたし、ここまで来ると「『ダンまち』の主題歌=井口裕香」みたいなところもあると思うんですけど、自分だからこそ『ダンまち』をこうやって表現できる、と密かに自信を持っているところってありますか?

井口:えっ! 自信なんてないですよ……あはは。今回も、「わたしが歌わせてもらえるんだ!」って思ったので(笑)。う~ん……キャストとしても出演させてもらっているけど、ぐっと中心にいる感じではなくて、ちょっと離れたところから全体を見ているからできる歌い方もあると思っていて。これって、『禁書目録』のときとは違う歌い方で。歌詞も、『ダンまち』の歌でありつつ、頑張っている人たちに向けられた内容が多いし、「100%『ダンまち』のために」という感じではなく、いろんな聴き手の方たちの感情に寄り添える楽曲になっているので、余白を楽しんで歌うことを学ばせてもらっている気がします。

曲が形になるのはもちろん、それまでの過程が今はすごく楽しい

――カップリングの“Treasure”はベルくん感がすごくありますよね。

井口:そうですね。楽曲は『ダンまち』チックで、ダンジョンっぽさがあって、冒険の感じが詰まっているので、ワクワクします。最初に聴いたときに、「ライブで歌ったら絶対盛り上がりそう」って思ったことを覚えています。アニメの絵が重なると『ダンまち』100%の曲になるけど、歌っているときに意識しているのはベルくんの気持ちであり、わたしの気持ちであり、頑張ってる人たちへ向けて歌うことなので、あまりキャラクターのことは意識しすぎずにレコーディングしました。

――『おなじ空の下で』に収録された2曲を聴いて、改めて“Hey World”を聴き直したんですけど、表現として進歩している感じ、すごく豊かになったなあっていう印象がありました。

井口:楽曲が持つワクワク感に引っ張ってもらっているところはあると思うんですけど、歌っていて画が見えてくるというか、「こう歌いたい」っていう気持ちが、すごく強く出てきた2曲ですね。

――前作『革命前夜』を聴いて、今はとても音楽活動が充実しているんだなって感じたんですけど、今回の11枚目、12枚目のシングルはさらにそれを上回る完成度の楽曲たちで、聴きどころがたくさんある作品だと思います。井口さんの中でも、いろんなことができそうな感覚が強くなってるんじゃないですか。

井口:やっぱり、(ミニアルバムの)『Love』を作った経験や、ファンミーティングやアニバーサリーライブだったり、5周年の1年で得たものがすごく大きいし、それを5周年のお祝いの最後に2枚同時で出すっていう初めての経験もさせてもらえたことも大きいです。でもここで立ち止まるわけではなくて、次にどうするか、自分がどうしたいかをもっともっと形にしていきたいなって思います。わたしはずっと、現状維持を好んでいたんですけど、それが今はすごくつまらなく感じていて。

――おお~。力強い言葉ですね。

井口:なんか、とてももったいない気がするんです。それは、今回の2枚のシングルの制作過程でも感じていて。もっといろんなことを経験した上での現状維持ができるように、今の状態は崩さず、でもずっとぬくぬくでいるのではなくて、どんどん挑戦していきたいです。一度くらいは、「らしくないね」ってものを作ってみるのも面白いのかな、とも思うし、もっと動いていけたらいいなと思います。2019年は脱・現状維持で、さらに次のシングルやアルバムが出せるように、アクティブに動いていきたいです。

 あと、今回のシングルは、CDを作って完成というよりは、CDとMV、そしてこの先のライブで完成するのかな、と思っていて。その中でも、今回のMVはわたしの中でとても大きかったです。今の等身大の井口裕香を詰め込んでもらっていて――2枚とも同日の収録だったので、内容的にも詰め込んだし、物理的にも詰め込んだんですけど(笑)。でも、確実にいいものができたなって思います。余談ですけど、すごく体力がついた気もします。MVの撮影が楽しくて、朝3時集合で、終わったのが22時、23時くらいだったんですけど、帰るのが寂しくてひとりでご飯を食べに繰り出しちゃうくらいでした(笑)。「もっともっとできる」みたいな、タフなわたしが生まれているので。それも次に活かしていけたらと思います。

――それもやっぱり、音楽が楽しめてるからこそでしょうね。『革命前夜』のインタビューのときに、「井口さんはずっとGrow Slowlyしてる」っていう話をさせてもらったけど、もしかしたら今はちょっと違うのかな?と思っていて。今回の2枚のシングルを聴かせてもらって、もはや井口裕香のGrow=成長は Slowlyではないのでは、と感じたんですよ。

井口:おお~。あまりにもGrow Slowlyだったから、そのゆっくりさに慣れて、逆に速く見える!みたいな感じになってないといいなあ(笑)。もちろん、ゆっくりじゃなく、速く進めていたら嬉しいですけど。それもやっぱり『Love』の経験が大きかったし、30歳にもなりましたし。アフレコで経験することもたくさんあるし、レコーディングやお歌の場で経験することともあるし、現場に行くと年下の後輩の子が増えてきてるし(笑)。そういういろんな経験が、歌にも活きていたらいいな、と思います。今まではずっと末っ子の気持ちでいたけど、ちょっとお姉さんの立場になると見えてくるものも違うし、優しさも見えてくるだろうし、負けず嫌い感も強くなるだろうし。先輩方から、「今、30歳なの? これから一番楽しい時期じゃん!」って言われているので、余すことなく楽しもうと思います。

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取材・文=清水大輔