「フットボールは生き物」。サッカー実況のカリスマ・倉敷保雄が、自身初の小説に託したものとは

文芸・カルチャー

2019/6/15

 イングランド・プレミアリーグ勢が席巻したヨーロッパのタイトル争いの熱狂がひと段落して、ファンの関心はコパ・アメリカや年代別代表へ。サッカー好きには、「この月はお休み」なんて時期は訪れない。ということは、さまざまな形態で年中サッカーの試合中継が放送されているわけで、その中でもファンにとってお馴染みなのが、フリーアナウンサー・倉敷保雄さんの実況だ。氏が担当する中継は、とても聴きやすくて心地がいい。各国リーグの知見が膨大で、わかりやすい。そして、目の前の試合とは一見無関係に見えて、観る者の知識欲を満たすさまざまなエピソードが織り込まれている。どんな試合を観ても、充実感が残る中継なのである。そんな倉敷氏が、サッカーを題材にした初の書き下ろし小説『星降る島のフットボーラー』を刊行すると聞いて、率直にワクワクした。物語の舞台は、大西洋に浮かぶ7つの島による「天の川リーグ」の1クラブ、エストレージャFC。快足のウインガーとして加入する15歳の少年・ハルを中心に、クラブを取り巻く人々と交流を通した成長や、ライバルたちとの戦いが描かれる。サッカーへの愛情・信頼・熱意が全編に散りばめられた初小説誕生の経緯について、倉敷さんに話を聞いた。

ウソみたいな本当が、フットボールの世界にはいっぱいある。フットボールの世界そのものが、すでにファンタジー

──まず最初に、倉敷さんご自身がこの小説に感じている手応えを教えてください。

倉敷:海外で活躍する少年を描いたフットボール小説を世に出せて嬉しいです。ボリュームもあって、可愛い表紙、自分としては出来過ぎ、と思います(笑)。普段はアドリブに近いフットボールの実況者ですから、とてもきちんと筋道を立てた文章を書ける器ではありません。当然、時間もかかりました。編集者の方から初めてメールをいただいたのが、2009年の11月のことでしたから。

──10年越しということですか。

倉敷:はい。「出版社の者ですが、一度会えませんか」というメールをいただいて、お会いしたときに「小説を書きませんか?」と誘ってくださったんです。それまでにコラムや対談の書籍を出したことはありましたが、小説という言葉が出てきたときにときめいたんですね。そこで「あなただけが読むのでも構わないので、やってみたい」とお返事をしたんです。でも、それから、ずーっと待たせることになるんですよ。僕の仕事は、5月下旬にヨーロッパのフットボールシーズンが終わり、8月の開幕までがオフなんです。でも、そのオフシーズンに何も仕事がないことは少ない。EURO(欧州選手権)があったり、コパ・アメリカやワールドカップがあったりで、まとめて原稿を書ける時間はほとんどなく、最初の原稿を送ったのが2012年でした。1年に1章ずつ、多いときでも2章。5、6章くらいまではオムニバス形式で書いていて、1本のストーリーとして最後まで考えていたわけではなかったんです。

──小説という表現形態に魅力を感じたことには、どういう背景があったんですか?

倉敷:実況は目で見たままのプレーを追っていくのが仕事ですが、フィールドの中にドラマや音感を感じることがよくあります。試合の背景や、選手たちの間で起こったアクシデント、個人が背負っているエピソードなど、ひとつの試合の中にも小さなドラマがたくさんあるんです。そこには音楽も感じ取れます。あるとき、クラシックコンサートの鑑賞中に、「この楽曲の演奏はまるでジダンのプレイのようだ」と妄想したことがありました。一流の選手はみんな良い音感を携えているものですが、ジダンレベルになると、ひとりでも分厚いオーケストラの演奏のようにプレイしているように感じられることがあるんです。そういった感覚や感情をまとめて伝えられる形式は小説だけだろう、と思っていたので、その機会を与えられたことにときめいたのでしょうね。言葉の積み重ねをひとつのドラマにできる小説というスタイルへの憧れです。ただ、僕に書けるかはわかりませんでした。

──でも、やってみたいと。

倉敷:やってみたかったです。幸運だったのは編集の方に恵まれたことです。辛抱強く待ってくれましたし、丁寧にいろはから教えてくれました。自分で書いているものに自信が持てなかったので、原稿を渡すたびに「面白いですか?」「こんなもので大丈夫でしょうか?」と尋ねるのが癖でしたが、そのたびに「面白いですよ」と励ましてくださって。ある程度、原稿が溜まりだした頃から執筆は楽しくなりました。仕事柄、海外で取材をする機会も多いので、そこで見聞きしたことを小説に落としていくのも楽しみになりました。例えば「こんな食べ物があったのか」「しゃれたトロフィールームがある」「親子三代で働いている家族もあるのか」といった部分ですね。中継の中で紹介するには時間が足りない幅広く、奥深い文化を自分自身の記録という意味でも残していく楽しみがどんどん膨らんでいったことが、最後まで書き続けられた理由だと思います。

──倉敷さんが実況される試合を観わったあとって、情報量がすごく多かったな、という印象を受けるんですよ。たとえば、直接的に目の前で展開しているプレイとは一見関係がなくても、実はフットボールと関連して考えられたり、ためになる話を聞けることがあって、いろんな情報を受け取ったなあ、という印象が残るんですね。それが自然と受け取る側、試合中継であれば視聴者に浸透してくる語り口で行われているのが倉敷さんの実況だとすると、この小説が受ける印象も、それと似ている気がするんです。

倉敷:ありがたいですね。実況者としてキャリアの初期から気にかけていたのは、「子どもが飽きないように工夫する」ということでした。僕はフットボールの実況者になるまでにとても遠回りをしているんです。まずスポーツ中継がしたくてラジオ局のアナウンサーになったのに、入社できたのは競馬中継しかスポーツ番組のない放送局でした。そこで、在局中は企画書を出して自分で番組を作り、古今東西の音楽を勉強し、CMを作り全国で入賞することを目指しました。次に東京に戻って、文化放送の報道部に雇っていただいて、国会、警視庁や裁判所を回るようになります。ここでは「中央のマスコミはどのように情報の整理をしているのか」といったメディアの仕組みを学びました。それからやっとスポーツ中継の現場に行き着くわけですが、遠回りをして得た財産が、「どう伝えたら、あまり得点の入らない競技でも飽きずに見られるか」に役立っています。情熱は持ちながらうるさくはない語り口調はどうあるべきか、とか、言葉の選び方を他人とどう差別化しようか?なんて具合ですね。小説を書いているときにも、どう表現すれば飽きないかな、と気にしていました。

──中継を観ていると会話に出てきて、意味は知っていても由来までは知らない、みたいな言葉の背景を知るのって嬉しいんですよね。『星降る島のフットボーラー』を読んでいると、その感覚がある。それこそが、倉敷さんの書き味であるのかな、と。

倉敷:実はこの本は長い時間をかけて書いているので、フットボールの世界の状況も変化していて、ファンタジーなんですけど、ウソの中にいくつも本当が紛れ込んでいます。マフィアの話はウソっぽいでしょう? でも、半分本当です。移籍市場のための島や国があるというのも、ウソみたいじゃないですか。でも、本当。ウソみたいな本当がフットボールの世界にはいっぱいあって、フットボールの世界そのものがすでにファンタジー、ワンダーランドだったりするわけです。

──現実の事象を下敷きにしつつ、フィクションではあるけれども、そこに倉敷さんのパーソナリティ、生理感覚みたいなものが溶け合うことで面白い小説になったのかな、という気がします。普段「こうだったらいいな」と思っていることが自然と文章に出ていった感覚はあるんじゃないですか。

倉敷:それはありますね。ワールドカップで日本代表が悔しい負け方をしたので、「こういう選手がいたら勝てたはずなんだけどなあ」を描きました。「快足のウィンガーがいたら、ここの局面は絶対打開できたはずなのに」と今でも思っています。「こういう選手がいたら、僕らの代表はもっと魅力的でしょ?」という唆しもありますが、つまりは“種の多様性”ということですね。フットボールも多様性が大事だと思っていますし、人間も多様性がなければ面白くないですから。

──先ほど少し話があったように、音楽は倉敷さんの土台になっている表現形態のひとつだと思うんですけど、「フットボールは音楽と似ている」というくだりは、「これは、どうしても書きたかったことなんだろうな」と思いました。

倉敷:そうですね。それは、僕の中でのテーマのひとつです。やっぱり、フットボールって音感ですよ、絶対。パス回し、フィードのタイミング、ちょっとしたフェイントも、装飾音符ですよね。ロックだったりバラードだったり、いろんな音感の中でサポーターとシンクロしたときに、ほんとに美しい音になる。スタジアムが作り出す雰囲気のすごさも伝えたいんです。「これは!」と思った大きな経験がふたつあって、ひとつはルイス・フィーゴがクラシコでレアル・マドリードの選手として出場したときです。僕は現地で中継していたのですが、放送席にいても恐ろしかったです。「人はこんなに誰かのことを憎むことができるのか」と冷たい汗をかきました。憎しみのオーラにスタジアムが覆われて、感動ではなく恐怖で鳥肌が立つような感じでした。負のエネルギーはそこかしこにあった様子で、関係者しか入れない中継席に番組プレゼント用のサイン入りユニフォームを置いていたのですが、数秒だけ目を離した隙に盗まれていました。

 もうひとつは、2002年のワールドカップの埼玉スタジアムです。日本×ベルギー戦。スタジアムには血が通い、生きていました。試合開始前に幼虫だったスタジアムがいつしかサナギになって、いったん一切のものがドロドロに融けて異なる命に生まれ変わり、やがて蝶に、といった雰囲気を感じました。時間と順番と舞台が整ったとき、スタジアムにどんな魔法がかかるのか? それを見るのが楽しみなんですね。

──結局それを求めて、我々はまたスタジアムに行くわけですし。

倉敷:そうですね。「奇跡の瞬間に立ち会える」期待ってありますよね。

──それこそがフットボールの純粋性というか。

倉敷:確かにそうですね。スタジアムは呼吸をしていなくてはいけない。たくさんの楽しみを生み出せるように。Jリーグで自前のホームスタジアムを持っているクラブは少ないですけど、でも大切なことはそこが家である、ということですね。サポーターにとっては、家なんです。試合がない日でもスタジアムに行けば、近くのパブで誰かと会えるような。いつでも、必要な時に自分と同じ価値観や楽しみを共有している人たちと出会える環境を作るのがクラブチームの役割であり、ホームを作るということです。それも今回書きたかったことのひとつです。

自分が好きだった本の横に置ける本ができたのが嬉しい

──この作品には、登場人物がめちゃくちゃ多い、という特徴もあって。倉敷さんがこれだけの登場人物を必要としたのはなぜだったのか、というところをお聞きしたいです。

倉敷:そもそもはオムニバス形式で書いていたこともあって、登場人物は多いですね。フットボールへの携わり方は多種多様です。監督がいる、選手がいる、ドクターがいる。それを好きな子どもたちがいて、子どもたちのまわりに大人もいる。フットボールをしたい少年たちを支える大人たちはどう振る舞うべきか、ポジションによって支え方の異なる文化もあったりして、欲張りに描いていたらこうなっちゃいました。必要のないキャラクターはできるだけ削ってみたのですが、それでもこれだけ残りました。自分の中では必要のないキャラクターはいなかったと思っています。

──今おっしゃった通りで、必要のないキャラクターはいないと思うんですよね。いろいろな思惑を持っている人が、いろいろな関わり方をクラブにしているのが、フットボールの面白さでもあるわけで。

倉敷:まさに! 書きたかったのはそこなんです。

──最も表面的に見えているものが試合だとすれば、そのまわりの事象を知っていくほど面白くなるのもフットボールなんだよ、という。

倉敷:そうですね。僕の中のテーマは「生態系」でした。フットボールは生き物で、生態系として何と関わって生きているのか、何でできているのか、その生態系が種を守るためには何が必要なのか、ということです。フットボールは生き物だと思っているので、そういう描き方をしてみたかったんです。

──キャラが多い上にそれぞれ濃いし、フランクとロナルトがライバルクラブの双子のオーナー、みたいな小ネタも、サッカーファンとしては楽しみのひとつだなあ、と。

倉敷:そうなんです。小ネタは見つけてくれたら嬉しいなって(笑)。

──(笑)小ネタ、いっぱいありますよね。ファーディナンド川とか。

倉敷:あれ、わかりました? リオ・ファーディナンドを直訳すると、ファーディナンド川なんですよ。リオって、ポルトガル語で「川」っていう意味なんです。

──へえ~、そうなんですね。

倉敷:そうなんです。この本に出てくる人たちは、生態系として何かの欠点を持っている人ばかりなんですね。ファザコンだったり、マザコンだったり、何かのコンプレックスを持っている人たちで。

──彼らが補い合って結果を出すところも、読んでいて気持ちいいですよね。主人公のハルの同期入団選手なんか、一芸はあるけどけっこうポンコツじゃないですか(笑)。

倉敷:そうそう(笑)。財布の中にお金をいっぱい持っているのに穴があいてる、みたいな感じが好きなんですよ。

──登場人物たちの、ちょっと欠けてるところが愛嬌になっているし、読んでいて気持ちがいいのは、何を考えてるのかよくわからないヤツがひとりもいない、ということで。みんな目的が明確で、ピュアなヤツはとことんピュアだし、悪いヤツはとことん悪いっていう。

倉敷:編集者の方に書き方を教わっていく過程で『スター・ウォーズ』の話を教えていただいて。典型的な勧善懲悪ながら、キャラクターは濃くいこうって思ったんです。わりと素直な性格なので、言われたままに直していきました(笑)。視点を直したり、整合性を整えていく中で、白と黒がはっきりしていったところはありますね。

──女性の描き方も特徴的かもしれないな、と思いました。「こういう子、いたらいいな」っていう理想像に近い感じがするというか。

倉敷:好きなタイプを作品の中に見つけてもらえたら嬉しいです。選手のまわりって、魅力的な女性がいっぱいいて、美男美女がくっついてるケースも多いけど、中には性格が破綻して足を引っ張るひともいるようです。悪い男がいっぱい出てくる話なので、この島にいる女性は魅力的な人が多いほうがいいのかな、と思って。言われてみれば清潔な感じの人が多くなった気がします。

──倉敷さんの小説に出てくる女子たちは、安心して見ていられる感じがします。

倉敷:それは良かった。品行方正でしょう? 自分の希望としては、学級図書に置いてほしいな、と(笑)。もともとジュブナイルものの小説が好きだったので、たぶんそれも反映されているんだと思います。表紙や扉絵も無理してお願いして、素敵なイラストを10枚も描いていただきました。

──そう、イラストもとてもいいんですよね。

倉敷:そこは自信があるんです。多忙なアニメーターの方にお願いをしたので、彼の家の近くまで訪ねていきました。かつて朝日ソノラマ文庫から出ていたような何枚もイラストがある本にしたくて。SF系だと武部本一郎画伯が描いていたもの、あるいは高千穂遙先生の『クラッシャージョウ』とか、安彦良和さんが描かれていたようなイラストが入っているものがいい、と考えて、大好きな吉田健一さんにお願いしました。表紙もすごく工夫してくださって、大満足のカッコいいカバー絵になりました。

──この本を書いていて、自分が知らなかった一面が出たな、と思うこともありましたか?

倉敷:飽きっぽいので、こんなに長きに渡って書けると思っていませんでした(笑)。そうだなあ……フットボールってやっぱり凄いって思います。自分が見てきた世界のエピソードを散りばめたので、自分が読みたい本が書けたな、とは思います。子どもの頃に読んでいた、少年少女が冒険をして活躍するお話がとても好きで、憧れていて。少年の成長ものをずっと読んで育ってきたので、自分が好きだった本の横に置ける本ができたのが嬉しいです。僕はフットボールからたくさんのものをもらってきたので、何かの形で恩返しがしたい。フットボールはこうやってできているよ、こんなにしなやかで、いろんな文化や世界と混ざり合っているんだ、ということを少しでも紹介したいと思っていて。世界に出ていく日本人なんてもう珍しくない、このくらいのレベルでやれるよって、子どもたちが世界へ飛び出していく背中を押すのが僕の夢です。だから、「これからもフットボールが好きならやってみよう!」「選手でも、小説でも、やりたいものをやればいい」って唆したいですね。アンテナショップよろしく前例を作れば、後が続きやすいと思うんです。

──この小説を書いた経験は、倉敷さん自身に今後どういう影響を与えていくと思いますか。

倉敷:フットボールが僕にくれた肩書きって多いんです。ゴジラ俳優、アニメ評論家、声優とか。でも小説家という肩書きができたのは、感動ですね。今ある中で、作詞家という肩書きも誇らしいんですけど、実況アナウンサーで小説家の肩書きを持っている人ってあまりいないと思うので……。また新しい出会いとのきっかけになると嬉しいです。

──あまりというか、絶対に他にはいないでしょう(笑)。

倉敷:いないんですかね(笑)。遅れてきた小説家。最初で最後かもしれないですけど、執筆と出版という機会を与えてもらって、もう感謝しかないですね。

取材・文=清水大輔

◆倉敷さんがMCを務めるサブカル番組がスタート!
番組名:『忘れじのカルチャー倶楽部 Craque Chronicle(クラッキ クロニクル) 〜タイムマシンに気をつけろ!〜』
放送日:BSスカパー!にて、毎週木曜21:00より放送
毎回、ゲストを招いて昭和のサブカルチャーを取り上げる番組で、「宇宙」「魔法」「付録」「怪獣」など、多彩なテーマをラインナップ。第1回は、7月11日(木)に放送です。