「ポンコツな夫にイライラが止まらない…」は、もしかしたら濡れ衣かも。夫婦がギクシャクする原因を脳科学で解説【黒川伊保子さんインタビュー】

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公開日:2019/11/15

■脳のチューニングが男女で違うことを意識すると、ラクになれる?

――だからこそ、男性脳の実態を知って夫婦仲を改善するためにも『夫のトリセツ』を執筆されたと。大ヒットとなった前著『妻のトリセツ』では、読者の声をどんな風に受け止められましたか?

黒川:ヒットもしたけど、叩かれもしたんですよ。そもそも「男と女の脳は違わないはずだろう」と。でもこの本で説明するのは「男性と女性の脳のチューニングの違い」なんです。女性は子育てをする営みを通じて脳を進化させてきたから、女同士のコミュニケーションで生き残っていくには「共感」が第一手段。でも、男性は狩りをしないといけなかったから、のんびり共感するだけでは生きていけない。問題解決や戦いに勝つための判断を瞬時にこなしていくことが生きる手段なんです。

 仕事の時は違うかもしれないけど、夫婦や家族間で何か事が起こった時に、「お前が悪い」と言う気満々の男性と、「大丈夫だった?」と言い合いたい女性に分かれてしまう。脳のとっさの使い方が違うんです。

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――本を通じて「夫婦仲がよくなった」などの反響も多かったと聞いています。

黒川:そうですね。妻がパニックになったら、まずやさしい言葉をかけることが大切。そういった解説について「知らなかった!」というメールが殺到しました。そういった方々から、「夫のトリセツも書いて」という意見も多かったんです。前著にはたとえば「家事がいかに細かな作業で成り立っているか」について書きましたが、それを読んだ男性から、「こんなに気をつかう仕事を、妻が毎日丁寧にこなしてくれているんだと思うと、なんて愛おしい人だろうと愛情が湧いてきた」とありました。相手のことを理解することは大事だから、ぜひ自分たち(夫)も努力していることを知ってほしいという声もありましたね。

――最初は『夫のトリセツ』は書くつもりがなかったそうですが…。

黒川:はい。夫は妻のことを「どうにかしてあげたい」と思っているし、きっとどうにかなると思っている。でも、妻はイライラさせる夫に対して「ポンコツだから仕方ない、やりようがない」と思っているからです。中には本当にポンコツの旦那様もいるかもしれないけど…。車がもう故障しているとわかっている時に、マニュアル本を買おうとは思わないでしょう?

――それは、そうですね(笑)。

黒川:だから、『妻のトリセツ』とはアプローチの仕方を変えました。夫に“濡れ衣”を着せていることにまず気づいてもらって、それから妻としての言動をちょっと変えることで夫婦仲が変わるのだと。

――ある意味、これもまた夫のための1冊ですね。本書には「妻も反省を」と書かれていて、私も自分の思い込みから夫に“濡れ衣”を着せていたのだなとハッとしました。

黒川:濡れ衣を着せていたことに対しては反省もあると思いますし、その気づきによって「ここがいや」「あそこがいや」とうまく伝えることができれば、家事をやってもらえることもあるだろうし、なんとか夫との生活を乗り切ることができると思いますよ。考え方を変えるという意味では、ハウツー本というより“哲学書”に近いかもしれません。

■「思いやり」を持つのは難しい。そんな時に意識したいのは――

――脳のチューニングが男性・女性で両極端に分かれてしまった厳しい状況でありながらも、夫にはやっぱり頑張ってもらわないといけないし、できれば機嫌よく毎日を過ごしたい。そのためのコツを本書で得ることができるわけですが、「どうにかしたい」と願う妻が、まず手始めにできることをアドバイスしていただけませんか?

黒川:「いってらっしゃい」「おかえりなさい」と声をかける時の笑顔は本当に大切だと思います。男性脳にとっては、「定番」であることがストレスを下げる効果があるんです。たとえば、ある大工さんは毎日必ず右足で玄関をまたぐことにしていると言います。身の回りがいつもと同じ状況に整っていれば、何か事が起きてもいつものように対応できるから、安全に感じるんですよ。だから、どんなにケンカしていても、別れる時に笑顔を見せれば、次に会った時には上機嫌でいてくれる。

 これは子どもに対してもそうですね。お母さんの笑顔に会った瞬間に、あぁいつもの定番だなと感じることができれば子どものストレスは少なくなる。特に男の子は脳が安定するので、おすすめしたいコツですね。

――ちょっとだけ頑張って、言動を少し変えてみる。それって、「思いやりを持つ」ということでしょうか。

黒川:「思いやりを持ちなさい」って、簡単に言うけど実はすごく難しいと思うんです。気持ちなんて結果で起こること、なかなか持とうとして持てるものじゃないから。

 だから、もし女性も疲れていたら、「夫が疲れて帰ってきた時に私も疲れた顔を見せたらかわいそう…」なんて思わなくていいですよ(笑)。会った瞬間に笑顔を見せることができたら、男性はモチベーションを高めてくれるから、その後のお皿洗いも気分よくやってくれるかも、という気持ちでもいいと思いますよ。

――そういう生活を続けていけば、夫も変わっていくかもしれないと。

黒川:そう。アクセルを踏んだら加速します、ブレーキを踏んだら減速します、という車の運転と似てます。無理して心を入れ替えようとしなくてもいい。イラッとするのは自然な反応だから健康でもある証拠なの。イライラしている時に心を入れ替えるなんて、そんな難しいことは課さなくていいでしょう。顔を合わせた時にニコッと笑うことが大事と覚えておけば、操縦がラクになる(笑)。

――それならできるような気がしてきました(笑)。

黒川:きっとできますよ! たくさん書かれているうちの、ひとつくらいはどなたでもできると思っています。決して全部やろうと思わなくてもいいから。ひとつできたら関係が少し変わり、じゃあふたつやってみようかなと思えたらきっともっと変わる。そうやって、どんどんいい関係になっていくのが『夫のトリセツ』です。

――本書に書かれている黒川さんご夫婦の関係に、とても憧れました。トリセツに書かれたアドバイスを実践し続けることで、そうした素敵な関係に…。

黒川:いえいえ、うちなんて今でもケンカばっかりですから(笑)。でもね、そこでようやく「思いやり」が生まれてくるの。うちの夫は定年退職したんですが、洗濯物を干すためにバタバタしていたら、「洗濯物なんか俺がするからいいよ」と代わってくれまして…。その時に、女性脳を察することがあんなに苦手だった男性脳の人がここまでやってくれるなんて本当にうれしい、って感謝しました。

――本書を男性が読むこともあると思いますが、妻である女性読者に応援メッセージをいただけませんでしょうか。

黒川:応援するというよりも、この本を通して「まずは実験してみて」という気持ちで書いたんですよ。もし夫婦がギクシャクしたら、この本を読んでみて、小さなテクニックにチャレンジしてもらいたいな、って。『妻のトリセツ』の時も、夫に読んでもらってやさしくなってくれたらラッキーだなっていう気持ちでした。というのも、夫婦はギクシャクする時期があるほど人間関係としての成果を上げるんです。意見が食い違ってケンカするほうが、到達点もきっと遠くまで行けるようになるから。

――ギクシャクすることに罪悪感を持たなくてもいいんですね。

黒川:そう思います。たとえば、金星を探査してまた地球に帰ってくるように人工知能を設計するとしたら、男性脳・女性脳の脳型を作って、そのふたりがいろんなプランを検討や実行、いわばケンカしながら探査させるのが、いちばん情報が詰まっているはず。

 人の男女にもまったく同じことが言えます。よくできているんですよ、夫婦って。ギクシャクを避けることはできないから、うまく乗り越えられたらいいなって。だけどその凸凹した道のりの中で、ちょっと実験してみたらどうでしょう? 夫が変わる魔法のアイテムというのがいくつかあって、おもしろいから試してみたら? って思うんです。この本が少しでもご夫婦の役に立てるならうれしいです。

――「実験」なんだと思えば、夫婦のギクシャクした日常も楽しめるような気がしてきました(笑)。

黒川:人生なんて、アトラクションみたいなもの、用意されたジェットコースターに叫び声を上げながら乗っているようなものだと思えば、その過程でちょっとした実験をしてみると楽しいはずです。夫婦、男女ともに、肩の力を抜いて読んでみてほしいですね。

撮影=後藤利江 取材・文=吉田有希