元アイドルが人生ドン詰まり、赤の他人のおっさんと同棲!? 奇妙な共同生活で得たモノとは 【大木亜希子さんインタビュー】

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2019/12/1

 インタビュー中、少女のようにも大人の女性のようにもみえる笑顔で受け答えしてくれたのは、元アイドルであり、現在はライターや作家として精力的に活動する大木亜希子さん。今年5月に刊行された処女作『アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)が話題となり、一躍注目を集めた。

 そして、前作からわずか半年ほど。早くも大木さんの新刊『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(祥伝社)が出版された。

 事実は小説よりも奇なりとは、言い得て妙だ。エピソードの始まりは、2018年5月にさかのぼる。会社員だった当時、通勤途中に足が前へ進まなくなった大木さん。やむなく休職しながら療養を続けるも、貯金が10万円を切るほどに追い詰められた先で一縷の望みを託したのは、姉からの提案によりスタートした当時56歳で独り暮らしをする男性サラリーマン・ササポンさんとの一つ屋根の下での“共同生活”だった。

 自身の経験を通して「人生が一度“詰んでいる”ので、今では何が起きてもいいやと思える」と明かす大木さんは“赤の他人のおっさん”との二人暮らしで、何を得たのか? お話を伺ってきた。

■結婚願望が強かった元アイドルが、赤の他人との共同生活を選んだきっかけは?

――本書で描かれているのは、2018年末までのお話。30歳までに結婚すると誓った夢も叶わず、仕事も何もかも上手く行かずにもがいていた大木さんが、ササポンさんとの生活を通して“再生”するさまが克明に記録されていますが、現在も共同生活は続いているのでしょうか?

大木亜希子さん(以下、大木):今でも一緒に暮らしているし、残念ながら彼氏もまだできておらず…。ただ、ササポンと出会ってからの1年半で、度が過ぎた強迫観念や承認欲求といった、ムダなこだわりが薄れた気もします。

――本書では、ササポンさんのさりげない一言で、大木さんが“人生の機微”のようなものに気づかされる瞬間も度々みられますが、実際のササポンさんはどんな人なのでしょうか?

大木:孤独に強くて、誰かに身を委ねることなく、墓場に入るまで「自分で自分を始末する」と言い続けている人ですね。今でも、理想の死に方は「別荘のある軽井沢で雪の日に足を滑らせて、雪解けと共に発見されるコト」だと語っているんですが、過去には結婚も離婚も経験していて、一方で、自宅の一軒家の空き部屋に色々な若者を住まわせていたるんです。

――大木さんの8歳上のお姉さんも過去に、ササポンさんと一緒に暮らしていたそうですね。

大木:そうですね。他にも、20代の男の子やフランス人の彼氏を持つ女の子と一緒に暮らしていた経験もあったとは聞きました。

――大木さんにとって、ササポンさんはどのような存在ですか?
 
大木:本のタイトルにあるとおり「赤の他人のおっさん」以外に表現のしようがないです(笑)。個人的には、距離感が楽なんですよ。ふだんは一軒家の3階でササポンが暮らしていて、1階に私がいて、たまに2階の共同リビングで顔を合わす程度なんですが、押し付けがましくもないしおっさん特有の説教臭さもないんです。
 
 たまにリビングで企画書を作っていると「ここは見栄えを変えてみれば?」とアドバイスをくれたり、近所にある定食屋で2~3カ月に一度くらいは一緒に食事したりするんですが、それ以外の場面では基本的に放任主義で。たぶん、ササポンがよかれと思って説教をしてくるようなタイプだったら、一緒に暮らせていなかったかもしれません。

■ササポンとの同居で得た「一番大きなもの」は?

――お姉さんからのすすめとはいっても、正直なところ、男性との二人暮らしに不安はなかったのですか?

大木:多少なりとも不安はありましたが、当時を振り返ればつべこべ言える状況ではなかったのが実際のところですね。経済的には貯金が10万円を切るほどひっ迫していたし、休職する前は会社員として仕事をしながらも、毎日のように“合コン”に明け暮れたりして、そんな不摂生な生活がたたってアイドル時代と比べると20キロも太るほどボロボロだったんです。
 
 だから、ササポンとの共同生活をすすめられたとき、姉からはかなり強い口調で「今のお前は病み散らかしてるから、誰かと住め!」といわれました。はたからみれば「一歩間違えれば死んでしまうかも」程度に思われていたのかもしれません。
 
――そんな状況だったのが今となっては、相次いで著書が出版されるほどに活躍されるようになったわけですが、ササポンさんとの生活で何を得たと思いますか?
 
大木:色々とありますが、人との距離感については自然と学びました。ササポンと生活するようになってから、「誰と関わるにしても、付き合いは腹六分目くらいがちょうどいい」と思えるようになったんです。それまでは、30歳までに結婚しなければという焦りから、結婚相手を見つけるために男性との“ノルマ飯”に走っていた時期もあったんですが、「人は自然体に近づくほど、自分の感覚に見合った人と出会えるのかな」と思えるようになってからは、自然とガツガツした気持ちも薄まりました。

――ある種のターニングポイントだったのかもしれませんね。仕事もそれ以降、順調に進んでいるようにみえます。

大木:ササポンとの生活をするようになってから、不思議と作家としての道も切り拓けた気もします。前作(『アイドル、やめました。 AKB48のセカンドキャリア』)は身体が元気になったことで、出版社へ自分から売り込みへ行けるようになったから実現した企画だったんですよね。今回の作品も、ササポンとの生活に関する記事がWebメディア「Dybe!」を通して思わぬ形で拡散され、記事が配信された翌日から書籍化オファーを複数の出版社からいただき、出版にたどり着きました。ありがたいことに会社を辞めてから1年ほどでライターや作家として生活の糧を得られるようにもなり、人生は本当に不思議なものだなと思います。

――本書ではササポンさんの他に、大木さんのお母さんやお姉さん、さらに高校時代からの親友などたくさんの人に救われたというエピソードも収録されていますが、周囲の人たちに対してはどのような思いがありますか?

大木:みんな常に私を見張っているのではなくて、ふだんは放ったらかしながらもどこかのタイミングでそっと手を差し伸べてくれる人たちばかりなんですよね。高校時代からの友人が、酔っ払った男子へ過剰にボディタッチしていた私を見て「あんた本当アホだよね? 困るとすぐ酒に逃げるし」と諭してくれたり、他人からみたら辛らつな一言かもしれませんが、周囲の小さなやさしさの積み重ねでここまで生き延びられたと痛感しています。

――前作では、ご自身の経験をベースに、アイドル界を卒業した人々の“その後”を追っていました。一方で、今回の作品で取材対象となったのは自分。自分の過去をさらけ出すことに怖さはありませんでしたか?

大木:実際のところ、執筆中も自分の中で「本当に出していいの?」と反すうしていましたね。ササポンとの共同生活についてはもちろんですが、過去の失恋についても明かしたりもしているので、本の打ち合わせ中には担当編集の方の目の前でボロボロと涙を流したり…。母へおもむろに電話をかけて「私はもう死ぬかも」と話したこともありましたね。

 ただ、結果として自分の“恥部”が思わぬ形で拡散され、それが仕事につながったことで、葛藤が昇華された気がします。