怪談&ホラーのプロが選ぶ! 怪談実話ブックガイド【東雅夫編】

小説・エッセイ

更新日:2020/8/18

 “本当にあった怖い話”が読みたい方にはリアルさが身に迫る「怪談実話」と呼ばれるジャンルがおすすめ。怪談専門誌「幽」元編集長で、文芸評論家・アンソロジストの東雅夫さんオススメの特選ブックガイドをお届けします。

実話の極意も実は言霊にあり!(寄稿)

 最初に、名称問題について、ひと言。要するに「怪談実話」と「実話怪談」のどちらが正しい呼称かという問題ですが、ジャンルを指す場合は「怪談実話」が正解です。このことは「実話」の部分を別の言葉に置き換えてみれば、一目瞭然。たとえば怪談映画や怪談漫画を、映画怪談、漫画怪談と呼んだら不自然ですし、意味合いが変わってしまいます。『幽』では怪談小説・怪談漫画・怪談実話という三つのジャンルを、誌面構成の三本柱に据えていたので、当然のことながら「怪談実話」と称していたわけです。今の話とも微妙に関連しますが、怪談実話にとって、言葉選びのセンスや繊細さは、とても大切な要素です。

 怪談実話とは、ある人が実際に体験したとされる怪異を聞き書きすることで成り立つ、特異な文芸ジャンルです。ときには体験者自身が執筆することもあります。いずれにせよ実話の場合も創作と同様、ポイントとなるのは怪異な出来事の伝達手段となる言葉であり「言霊」です。たとえ同じ体験談であっても、書き手次第で読者が受ける印象は、まったく異なったものになるのですから。これについては以前、『ダ・ヴィンチ』を母胎に生まれた怪談専門誌「幽」(その一部は「怪と幽」に継承)で、面白い実験をしたことがあります(第11号掲載の「プロに学ぶ実話取材の極意」参照)。立原透耶氏の体験談を、加門七海、木原浩勝、安曇潤平の三氏と御本人が、それぞれに文章化するという試みでした。結果的に四者四様、まったく違う味わいの怪談実話が生まれたことに、驚嘆させられたものです。

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 古くは奈良時代の『風土記』にまでさかのぼる怪談実話ですが、ここには実話がエンタメとして受容され始めた嚆矢というべき近世の『死霊解脱物語聞書』から、八雲・國男・鏡花らの文豪怪談実話、本格的実話集に先鞭をつけた貢太郎に至る絶対名著を精選しました。先人たちの達意の文体を味読すべし!

選・文:東雅夫

『〈江戸怪談を読む〉死霊解脱物語聞書』

『〈江戸怪談を読む〉死霊解脱物語聞書』
小二田誠二:解題・解説 白澤社:発行 現代書館:発売 1700円(税別)
「俗に“累の怨霊”の通称で知られるこの物語は、下総国(現在の茨城県常総市)の羽生村で、江戸時代に実際に起きたとされる殺人および憑霊事件の“聞き書き”――今でいうルポルタージュです。詳細は伏せますが『幽』で探訪取材をした際(第7号参照)、現地には今も事件の記憶がなまなましく残存するらしい感触に慄然とさせられました。夫に惨殺された妻の怨霊が、後妻の娘に取り憑き恨み言を述べ、さらに村人たちの秘密を暴露する……全篇の叙述にあふれるリアルさの追求は、まさに現代怪談実話の原点といえます」(東)

我は菊にあらず。汝が妻の累なり。廿六年以前絹川にてよくもよくも、我に重荷をかけむたひに責殺しけるぞや。其時やがてとりころさんと思ひしかども、我さへ昼夜地獄の呵責に逢て隙なきゆへに、直に来る事かなわず。

『新版 遠野物語 付・遠野物語拾遺』

『新版 遠野物語 付・遠野物語拾遺』
柳田國男 角川ソフィア文庫 520円(税別)
「日本民俗学の黎明を告げた名著として知られる『遠野物語』が、実は同時代の文壇を席巻していた怪談ブームの渦中から誕生したという事実は、すでに拙著『遠野物語と怪談の時代』で指摘したところです。遠野出身の文学青年・佐々木喜善が、柳田邸で定期開催された“お化会”の場で披露した怪談奇聞の数々は、柳田一流の流麗な文語文で再話され、“平地人を戦慄せしめ”る不朽の怪談実話集に結実したのでした。より怪談実話度の高い『遠野物語拾遺』ともども、なまの怪異の筆録という視点からの再評価が望まれますね」(東)

ふと裏口の方より足音して来る者あるを見れば、亡くなりし老女なり。平生腰かがみて衣物の裾の引きずるを、三角に取り上げて前に縫ひつけてありしが、まざまざとその通りにて、縞目にも目覚えあり。あなやと思ふ間もなく、二人の女の坐れる炉の脇を通り行くとて、裾にて炭取りにさはりしに、丸き炭取りなればくるくるとまはりたり。

『新編 日本の面影』

『新編 日本の面影』
ラフカディオ・ハーン:著 池田雅之:訳 角川ソフィア文庫 780円(税別)
「今からちょうど130年前、米国から船で横浜に到着した小泉八雲ことハーンは、すぐさま日本各地を精力的に探訪、大著『知られぬ日本の面影』を書き下ろし刊行します。その一篇である『日本海に沿って』には、八雲が旅先で取材した山陰地方の怪談話が、情感あふれる筆致で書き留められていました。“あにさん、寒かろう”“おまえ、寒かろう”の哀れ深いフレーズで名高い“鳥取の布団”の話も、そのひとつです。名著『怪談』で知られる青い目の日本人・八雲は、近代日本における怪談実話の先駆者でもあったのです」(東)

ひとつの伝説がまた別の伝説を呼び、今夜はいくつも珍しい話を聞いた。ひときわ私の心に残っているのは、私の連れが急に思い出した話である。それは、出雲の伝説であった。

『日本怪談実話〈全〉』

『日本怪談実話〈全〉』
田中貢太郎 河出書房新社 1800円(税別)
「戦前の文壇で、創作と実話の両面にわたり、最も大量の怪談作品を遺した一人が、高知出身の文豪・田中貢太郎です。その偉業は『日本怪談全集』『支那怪談全集』『日本怪談実話』から成る大冊群に集成されました。その実話篇にあたる本書が、先ごろ久方ぶりに復刊されたのは、歓迎すべき出来事といえるでしょう。丹念な資料の蒐集と、漢文の素養を活かした簡潔にして達意の語り口は、現在でも色褪せることのない魅力を湛えています。怪談実話集の大古典、不滅のスタンダードとして熟読玩味すべき名著です」(東)

理窟なしに私は怪談が好きだ。随って他のものを書くは苦しいが、怪談を書くは楽しみだ。

『泉鏡花〈怪談会〉全集』

『泉鏡花〈怪談会〉全集』
田中貢太郎 河出書房新社 1800円(税別)
泉 鏡花、柳田國男ほか 東 雅夫:編 春陽堂書店 4500円(税別)
「明治末から大正にかけての文壇における怪談ブームの原動力となったのが、百物語とも呼ばれる怪談会。その隆盛ぶりには、令和の現在における怪談ライブの活況を思わせるものがあります。その中心になった泉鏡花と、おばけずき仲間の文化人が催した怪談会は、単行本や新聞雑誌の記事として活字化されました。その紙面を影印版で完全復刻したアンソロジーである本書をひもとけば、文豪たちによる往年の怪談会の盛況ぶりや、体験談を語る情熱が、手に取るように伝わってまいります。巻頭の京極夏彦インタビューも必読」(東)

私は思ふに、これは多分、この現世以外に、一つの別世界といふやうな物があつて、其處には例の魔だの天狗などゝいふ奴が居る、が偶々その連中が、吾々人間の出入する道を通った時分に、人間の眼に映ずる。それは恰も、彗星が出るやうな具合に、往々にして、見える。

*『ダ・ヴィンチ 2020年9月号』では、4人のプロのブックガイドが掲載中です!