壮大な仕掛けにまんまと騙される! 約1000年後の地球を描くSFミステリ『楽園のアダム』周木律さんインタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2021/10/15

楽園のアダム

 今から約1000年後の地球、「知の探究」に勤しむ人びとが暮らす平和な珊瑚礁の島で、奇怪な連続殺人が発生する。殺人など起こるはずのない島で、なぜ事件は起こったのか? 講談社が人気作家8人(五十嵐律人、三津田信三、潮谷験、似鳥鶏、周木律、麻耶雄嵩、東川篤哉、真下みこと)の新作を相次いで刊行する「さあ、どんでん返しだ。」キャンペーン第5弾として刊行された周木律さんの『楽園のアダム』(講談社)は、壮大なスケールのSFミステリ。どんでん返しが炸裂する作品の創作舞台裏をうかがいました。

(取材・文=朝宮運河)


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――『楽園のアダム』、壮大な仕掛けにまんまと騙されました。まさかこんな物語だったとは!

周木律氏(以下、周木):前例がないネタではないですが、こういうアプローチは新しいと思いますし、今の時代に投げかける意味もあるのかなと。しかしこの作品に関しては、何を話してもネタバレになってしまいますね。インタビューにお答えするのが大変です(笑)。

――ではネタバレにならない範囲内で、発想の出発点を教えていただけますか。

周木:テーマについてお話ししますと、人間の本質についての疑問ですよね。今日の私は「作家」としての立場でおしゃべりしていますが、本業の職場では一社会人として振る舞っています。読者の皆さんもそうだと思います。会社員や学生としての自分、恋人や配偶者としての自分、親や子としての自分。さまざまなポジションを無意識的に使い分けて生活していますが、その表面を剥ぎ取ったら何が残るんだろうか、という問いがスタート地点にあったように思います。

――舞台は今から約1000年後の地球。大災厄によって一度は絶滅しかけた人類ですが、人工知能の制御によって復興を成し遂げ、各地に「生業」に沿った集団を形成することで平和な社会を実現しています。こうしたSF的な設定を導入された理由は?

周木:これまで現代や過去の話を書いてきたので、ここらで遠い未来の話を書くのも面白いんじゃないか、と思ったのがひとつ。もうひとつは核にあるアイデアを一番綺麗に落とし込める舞台設定が、こういう形の未来だったんですね。当初は漠然とした未来のイメージでしたがプロットを洗練させるにつれて、このアイデアなら約1000年後がふさわしいだろう、連続殺人を起こすならこんな集団が面白いだろう、と順番に設定が確定していきました。

――主人公アスムが住むのは珊瑚礁の島。「知の探究」を生業とする住人たちは6歳になると大学(カレッジ)に所属し、さまざまな分野の知識を求めて暮らします。周木さんはデビュー作『眼球堂の殺人 ~The Book~』以来、アカデミックな世界を舞台にされることが多いですね。

周木:学者に憧れがあるのかもしれませんね。大学時代は建築を学んでいたんですが、卒業後は就職して、学問とはほぼ無縁の世界で生活しています。そのことに後悔はありませんが、研究者の道に進んだ同級生をちょっと羨ましく思う気持ちもあるんです。それと学者を登場させると蘊蓄を語らせやすい、というメリットもありますよね。一般人がいきなり小難しい説明を始めると「なんだ、こいつ」という感じですが(笑)、学者だったら違和感がありませんから。キャラクターに蘊蓄を語らせるのが好きなんです。

――主人公のアスム、幼なじみであり恋人でもある少女セーファ。学長のシュイムに教授のマダム、助教授のミントン。独特の響きをもつネーミングに、何か由来はあるのでしょうか。

周木:沖縄にある聖地の名前から取っています。アスムが住んでいるのは亜熱帯の島で、はるか昔に沖縄に住んでいた人たちが移り住んできたという設定です。作中で明言はしていませんが、それで沖縄風のネーミングがたくさん出てくるんですね。音の響きも作品のイメージにぴったりだったので、使わせていただくことにしました。私のキャラクターはだいたい地名から取ることが多いんです。

――セーファとの将来を夢見て、生物学の勉強に打ち込んでいるアスム。ところが廃墟と化した旧研究棟で助教授ヤブサトの惨殺死体を発見。平和な島にじわじわと恐怖が広がり始めます。

周木:明るく楽しい遊園地であっても、深夜明かりが落ちると不気味な空間になる。入ったことはないですが、真夜中のディズニーランドって怖い場所だと思うんですよ。そういうギャップの怖さは楽園の島にもあると思うので、演出として取り入れています。何百年も続いている島なら廃墟もあるでしょうし、殺人事件の現場として“映える”のはそういう場所なんです。

――事件について黙っているよう告げたシュイム学長と、そんな学長に近づき過ぎないように忠告したマダム教授。アスムからセーファを奪ってやると宣言した皮肉な若者クボ。さまざまな人の思惑が、ミステリアスな雰囲気を高めています。

周木:ラストにすべてがかかっているようなシンプルな一発ネタの作品なのですが、そこにいたる過程も面白く読んでもらいたい。そのために人間ドラマの盛り上げは重視しています。冒頭から細かい謎をいくつもちりばめて、アスムがそこにアプローチすることで物語の推進力を作っていく、というやり方です。その人間ドラマの中に、ラストにつながる伏線も紛れ込ませていますね。

――島ではさらに第2、第3の殺人が発生。奇怪な連続殺人の謎を追いかけるアスムは、世界の根幹を揺るがす事実にたどり着きます。まさに「さあ、どんでん返しだ。」にふさわしいサプライズです。

周木:ミステリにもいろんなタイプがありますが、私が書きたいと思っているのは中心にどんと大きな仕掛けのあるミステリ。影響を受けてきた小説や映画も、見てきた世界ががらりと反転するような、サプライズやどんでん返しを含んだものが多かったです。逆に小さな手がかりを拾い集めて、論理的に謎を解明していくようなミステリは、書こうと思ってもうまく書けないんですよ。本格ミステリ作家としてはやや外れた位置にいるのかと思いますが、何でもありのメフィスト賞出身だから許してもらえるかな、と(笑)。

――しかし冒頭から読み返してみると、随所にヒントが置かれていたことが分かる。真相を知ってから読むと、また印象ががらりと変わります。

周木:2度読みしていただきたいと思って書いているので、嬉しいです。ヒントについては自分流のルールを決めていて、作品の中心をはさんで正反対の位置に、真相とヒントを置くことにしているんですよ。たとえば結末10ページで真相が明かされるとしたら、冒頭10ページあたりに手がかりを置いておく、という書き方をしています。今回はフェアとアンフェアの綱渡りのような書き方をしている部分があるので、そこがどう受け止められるかな、という感じですね。

――この作品に限らず、周木さんはミステリにSFやパニックホラーのテイストを取り入れることが多いですよね。

周木:もともと小松左京、筒井康隆、星新一などの日本SFから活字の面白さに目覚めた人間なんです。ミステリを読むようになったのはSFより後なので、ミステリにもついSF的なスケールの大きい驚きや荒唐無稽さを求めてしまうところがありますね。デビュー作の『眼球堂の殺人』もミステリを書きたいというよりは、「こんな建物あるわけないだろう」という建物を書きたいという動機が第一でした。

――なるほど、『楽園のアダム』もまさにスケールの大きい驚きが味わえる作品になっています。では読者へのメッセージを。

周木:私の大好きな荒唐無稽な面白さがある一方で、期せずして人間観を問うような作品になったと思います。私たちの日常に入り込んでいる価値観が、どこから来ているのか。それは絶対なのか。テーマ的にも今の時代と響き合う部分があるので、ぜひ読んだ方は感想を聞かせてほしいですね。結末も多くの方には「おお」と驚いてもらえるものになっていると思います。

――それでは周木さんおすすめのどんでん返し小説・映画を何作かあげていただけますか。

周木:小説ではまず筒井康隆先生の『ロートレック荘事件』。小説でこういうことができるんだ、ととてつもなく驚いた覚えがあります。あの枚数であの驚き、どんでん返し小説のベストとしておすすめしたいですね。京極夏彦先生の『姑獲鳥の夏』は荒唐無稽さということでは一番。「こんなことある?」という話なんですが、それを納得させてしまう筆力が素晴らしいです。

周木:映画は大好きなM・ナイト・シャマラン監督の『ヴィレッジ』ですね。シャマラン作品はどれも好きで迷いますが、『ヴィレッジ』はネタの引っ張り方が面白くて、個人的には『シックス・センス』より出来がいいと思います。デヴィッド・フィンチャー監督の『ゲーム』も有名ですがおすすめしたい作品。落として落としてラストで一気に持ち上げる、みたいな流れが気持ちいいんです。ニコール・キッドマン主演のホラー映画『アザーズ』もいいですね。ラストで世界観がひっくり返るタイプの名作です。

――たくさんあげていただきありがとうございます! 最後に次回このシリーズに登場される麻耶雄嵩さんにメッセージをお願いします。

周木:一度もお目にかかったことがないのにメッセージなどおこがましいのですが、後輩ミステリ作家として尊敬しております。仰ぎ見るような存在なので、このキャンペーンでご一緒できるのが夢のようですね。どんどんすごい作品を書かれるので、置いてけぼりにされている気がしますが、もっと先に進んでいかれるんだろうなと思います。これからも面白い作品を期待しています。

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