「新しい知的スポーツを楽しむように、特許をめぐる争いを楽しんでほしい」──『このミス』大賞受賞『特許やぶりの女王』南原詠インタビュー

文芸・カルチャー

更新日:2022/3/24

特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来

大鳳未来は“発明しない側”の人間 だからこそ才能を守るために真摯に戦う

──受賞作『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』は、どういった着想から生まれた作品でしょうか。

南原:「とにかく絶対に特許の話を書こう」と思って、以前から特許をめぐる小説を書いてきました。でも、これまでは特許だけがテーマだったんですね。法律論争をひたすら書いていましたが、今回初めて“掛け算”を考えようと思ったんです。せっかく掛け合わせるなら、話題性のあるものがいい。ただ、流行りすたりのある一過性のものを使うと、数年後には「何これ」となりそうで悩みました。

 そんな時、ふと浮かんだのがバーチャルアイドルというアイデアでした。ちょうどVTuberの桐生ココさんがスーパーチャットで1億円以上稼いで世界記録になったというニュースを知り、「VTuberはアツいかもしれない」と思って。そこで調べてみると、これは一過性のブームではなく、アニメーションのように世界に通用する産業になるような気がしてきたんです。当時、VTuberの8割は日本製でしたし、「これは日本から世界に打って出られるコンテンツ産業のひとつになるかもしれない」と思い、それなら小説の題材として使ってもいいのではないかと思いました。ある意味賭けではありましたが、やってみる価値はあるかなと思ったんですよね。

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──特許とバーチャルアイドルを掛け合わせた面白さに加え、主人公の女性弁理士・大鳳未来のキャラクターも作品の魅力になっています。彼女はどのようにして生まれたのでしょうか。

南原:強気な女性を書きたかったんです。私が男性を描くと、なんかなよなよしちゃうので(笑)。初めて書いた小説は男子高校生が主人公だったんですけど、若桜木先生から「なよなよしている。これじゃダメです」と言われて。自分は男性なので、ある意味男性のことを知りすぎている分、はっちゃけて書けないところがあったんですよね。逆に女性キャラクターだと、知らない分、自由に書ける。現実だと、ここまで沸点が低い女性はいないと思うんですけど(笑)、でも知らないから書けました。

──南原さんご自身は、大鳳未来というキャラクターをどのように捉えていますか?

南原:どんな時でも強気で、「そこで怒るのか」というところで怒ったりするような傍若無人な女性です。でも、それは実力があって自信があるから。彼女は元パテントトロール(特許権を乱用し、企業に巨額の賠償金を要求する企業や個人)の最前線で、血で血を洗うような戦争をしてきたキャラクターです。だからこそ、経験に裏打ちされた自信があるんです。

 そのうえ、彼女には信念があります。というのも、未来は“発明しない側”の人間であり、“発明する側”の人間にはあこがれがあるんです。あまり言いたくはありませんが、そこには私自身を重ねているところがあります。私も発明する側を、挫折した人間です。順調にエンジニアを続けていたら小説を書いていなかったと思いますし、今でも仕事でエンジニアと話をすると「すごいな」「こうはなれないな」と思うことがすごく多いんですね。弁理士の周りには才能あふれる人が集まってきますし、発明する側としない側の間には大きな壁があるのは事実です。

 そのあこがれは大鳳未来にもありますが、だけど彼女にはそういった才能を守るための知識や経験がある。「私はこの世界で戦っていく。才能そのものではなくて、才能を守るという戦いをするんだ」という信念があるキャラクターなんです。

南原詠

──作中でも、VTuberの天ノ川トリィに対して未来が「あなたの才能は私が必ず守ります」と告げていました。その裏に、発明する側か、それを守る側かという立場の違いがあるというのは「なるほど」と思いました。

南原:未来は主人公ではありますが、裏方の人間なんですよね。知財側の人間は表に出る人たちではないので、ここまで表に出る裏方って珍しい(笑)。それも彼女らしさのひとつなのかもしれません。

──彼女が採る作戦も、常識はずれでトリッキーです。こうした作戦に出るのはどういった理由があるのでしょう。

南原:ほとんどの特許紛争は、水面下で解決します。表に出てこないので統計は取れませんが、裁判になるケースは多くなくて。大体「あ、これは勝てないな」と思ったら、どちらかが引っ込みます。警告書を送った側も、反論を聞くうちに「あ、これは戦いにくいな」と思ったら手を引く。それで大体決着がつくんですね。

 逆に言えば、争う余地があるのは曖昧な部分が残った権利です。まぁ、特許出願は言葉で書くのでどうしても曖昧な部分が出やすいんですけど。でも、良い権利はそもそも裁判にならず、水面下の交渉で何とかなります。例えば商標だと、ある名前を付けて商品を販売したら「うちの商標権を侵害している」と警告されることがあります。これが裁判になってしまうと、どちらかが折れるまで争いが続きますが、水面下だったら「その名前だと困るから、ちょっと変えてくれない?」「そのままでもいいから、うちの商標とは違うと断り書きを入れてくれない?」という交渉が成立するんですよね。そうすればお互いがハッピーですし、多くの場合はそうやってけりがつきます。

 ですから、未来はある意味ダークなこともしていますが、水面下で解決しようとすればやっぱりこうした形になるんですよね。まぁ、とはいえ未来がやってることは相当はっちゃけてますけど(笑)。それは状況が状況なので、そうせざるを得なかったんです。

知的財産を題材に、自分にしか書けないミステリーを書き続けたい

──単行本化にあたって、『このミス』大賞への投稿作から大幅に改稿されたそうですね。特許権を題材にしているため、わかりやすさを追求したのでしょうか。

南原:そうですね。応募作は正確さにこだわり、弁理士が読んでもツッコミが入らないようにしたところ、法律用語だらけになってしまって。そのわかりにくさを指摘されたので、最初にちょろっと直したんです。そうしたら「全然直っていない」「まだわからない」と言われ、法律用語はほぼ一般的な言葉に置き換えました。当初とは逆に、弁理士が読んだら怒りそうなくらいまで直しました。

──専門性よりエンターテインメント性を取ったわけですね。ご苦労された甲斐あって、すでに5万部を突破する売れ行きを見せています。ご自身では、どういったところが受け入れられたと思いますか?

南原:できるだけ読みやすくしたというのは、ひとつあると思います。それ以外はまだ分析しきれていませんが、現役の弁理士や知財関係の方がけっこう読んでくださっているんですね。本職の方が読むとツッコミどころはあると思うものの、それでも手に取っていただけて。また、知財について知らなくても楽しめる本にしましたが、知っている方はより楽しんでいただけているのかもしれません。

──知らない職業を垣間見る楽しさ、企業小説のようなスリルを感じました。さまざまな角度から楽しめる作品ですが、エンターテインメント性を高めるために工夫したことはありますか?

南原:実はこれまで、物語の書き方をちゃんと勉強せずに書いてきたところがありました。どう盛り上げるのか全然意識していなくて、自分でも「緩急がついてないな」と思いながら書いていたんです。そこで今回は、ハリウッド映画の作り方などの本を読んで勉強しました。ミッドポイント(ストーリーの中盤で起きる大きな出来事)という言葉を知ったのも最近で。ミッドポイントまで盛り上げて、主人公にピンチが次々降りかかり、たくさん課題がある状態を一撃で解決するという流れで考えていったのは、ある意味初めてだったんです。

 以前は、そういったセオリーにしたがうと、ありきたりの小説しか書けなくなるんじゃないかと思っていたんですけど。でも、まったく違いました。少なくとも、勉強してからじゃないとそんなこと思っちゃいけないですよね(笑)。恥ずかしながら、シナリオの書き方に忠実に書いたというのはひとつあると思います。

──では、今後についてお聞かせください。これからも特許や法律が絡んだミステリーを書いていくのでしょうか。

南原:はい、大鳳未来シリーズを書いていきたいという気持ちがあります。デビューする前から、自分にしか書けない小説と言ったらカッコいいですが、新しいマーケットを作るくらいの気持ちでないとやっていけないだろうなと思っていました。今のところ、特許を主な題材としてミステリーを書いている方はほとんどいません。池井戸潤さんの『下町ロケット』は特許紛争の話ではありますが、ガチの法律論争をしているわけではありませんよね。私の場合、たまたま知識もあるので(笑)、そういった題材で小説を書いていきたいと思っています。特許権以外にもデザインの意匠権、ブランドなどの商標権もありますし、不正競争防止法なんていう法律もあります。幅が広いので、ネタはまだまだあるのかなと思っていて。このあたりで小説を書けたら、きっと新しいマーケットになるんじゃないかと思っています。

 なにより知的財産、特許は、3~400年ずっと続いているシステムです。良くないシステムだったら、きっとこんなに長く続かないと思います。人類に認められた由緒正しい考え方なので、せっかくならそれでちょっと遊んでみたいという気持ちがあります。

──兼業作家は少なくありませんが、現役弁理士のリーガルミステリーは珍しいですよね。すごい鉱脈を掘り当てたのでは?

南原:自分でもそう思っています(笑)。せっかくなので、この鉱脈を掘れるだけ掘っていきたいですね。

──これからも弁理士業と作家業、二足のわらじを続けるご予定ですか?

南原:基本的には、兼業でやっていきたいです。会社の仕事で「これ、ネタになるな」と思ったら、血抜きをして物語に盛り込んでいく。物語を書く時には、仕事以上に法律を勉強するので会社での業務にも役立つ。良いスパイラルが生まれるのではないかと思っています。

──ちなみに、会社の方々は南原さんが作家デビューされたことをご存じなのでしょうか。

南原:すぐバレました(笑)。会社では眼鏡をかけていますし、今はマスクをしているのでバレないかなと思いましたが、金曜日に受賞が発表になり、週明けの火曜日にはバレていましたね。部長にサインを求められたりしつつ、好意的に受け入れていただいています。

──最後に、ダ・ヴィンチWeb読者に向けてメッセージをいただけますか?

南原:受賞に際し、『このミス』大賞最終選考委員の大森望さんが「ルールを知らないスポーツを見るようなものだ」とおっしゃってくださったんです。そのうえで、「ルールを詳しく説明する必要はないけれど、『今、何対何でどっちがリードしている』『今、大技が決まった』というのはわかるようにしてほしい」とおっしゃって。単行本の刊行に際し、その点はわかるようにしたつもりです。ですから、新しい知的スポーツを楽しむ要領で、この本を面白がっていただければ、私としてもうれしいです。ぜひお手に取ってください。

南原詠

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