本屋大賞2位&10万部突破記念! 安壇美緒『ラブカは静かに弓を持つ』の世界を、斉藤壮馬の朗読とチェロで楽しむスペシャルイベント開催《イベントレポート》

文芸・カルチャー

更新日:2023/7/11

小説×音楽×朗読 ”ラブカ”スペシャルナイト

 少年時代、チェロ教室の帰りに遭遇したとある事件がきっかけで心を閉ざして生きていた男・橘。上司から音楽教室のチェロ講座への潜入捜査を命じられ、彼は再び弓を持つことに。身分を偽って出会った師と仲間に心を開けば開くほど、自分の立場との間で葛藤する様子を描いた『ラブカは静かに弓を持つ』(安壇美緒/集英社)。2023年本屋大賞第2位、第25回大藪春彦賞など多くの賞を受賞するなど、話題を集めている。そんな本作の本屋大賞2位と累計発行部数10万部突破を記念するイベント「小説×音楽×朗読 ”ラブカ”スペシャルナイト」が6月19日に都内某所で行われた。イベントには著者の安壇美緒さんと声優の斉藤壮馬さん、ピアノ三重奏団TRIO VENTUSが登場。安壇さんと斉藤さんの対談、斉藤さんによる朗読、TRIO VENTUSの生演奏という豪華なラインナップで行われた当日の様子をレポートする。

(取材・文=原智香)

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チェロの音色からイベントはスタート

小説×音楽×朗読 ”ラブカ”スペシャルナイト

 TRIO VENTUSのチェリスト・鈴木皓矢さんによる、バッハの「無伴奏チェロ組曲第一番 プレリュード」の演奏でイベントはスタート。小説の主人公・橘も演奏するチェロの音色に、会場は一気に“ラブカ”ワールドに引き込まれた。そこに安壇さんが登壇。「演奏が本当に素晴らしく、聞き惚れてしまいました。執筆していた頃や本作が世に出た当初は、まさかこんな展開が待っているとは思ってもいなくて。このような素敵なイベントを開催していただき、感激で今も何が起きてるのかちょっとわかっていない状態です」と感無量な気持ちを率直にコメント。喜びを表現した。続いて斉藤さんも登壇し、対談が始まった。

「ありすぎるよりはない方がいい」安壇さんの小説が生まれるまで

小説×音楽×朗読 ”ラブカ”スペシャルナイト

 斉藤さんは声優として活動する傍ら執筆活動も行っており、昨年小説『いさな』を発表。本書の帯に推薦文を寄せたり、安壇さんと過去にも一度対談をしたりと本作との関係は深い。そんな斉藤さんはまず安壇さんの小説の魅力について、「主人公の狡さやみっともなさにいつも心を抉られます。主人公を通して自分の中の見たくないものを突き付けられている感じがして、そこが逆にたまらないですね」と表現。そういった部分は意識的に盛り込んでいるのかと質問した。すると安壇さんは、「俯瞰の視点ではなく、主人公の中に入っているような気持ちで書いているので、『こんなこと言って受け入れられるんだろうか』と思うくらい私自身も気恥ずかしいというか、みっともなさが常にあります」と説明。また斉藤さんはさらに本作について、「(音楽教室での楽曲の著作権使用料という、当時現実世界でも話題になっていたテーマの)橘の全著連側と浅葉の音楽教室側どちらかに寄りすぎず、エンターテインメントとしてのバランスがしっかり保たれているのも読んでいて心地よい理由の一つなのかなと。推敲はかなりされるんですか?」と問うと、安壇さんは「めちゃめちゃやる方でして…(笑)」と即答。実は担当編集に渡す、いわゆる初稿の前に4回以上は頭から書き直しているという。

小説×音楽×朗読 ”ラブカ”スペシャルナイト

「自分から出す段階でかなり練るというか、(ボリュームも)バサバサに切った状態で出したいタイプではあります。書き進めるよりも削る作業の方が正直楽しいですし、バランスを取っていく作業が好きなのかもしれません。思想というほどではないですが、『ありすぎるよりはない方がいい』と思っているので」。斉藤さんはこの言葉に「かっこいい! 『ありすぎるよりはない方がいい』はもう太字で書かれそうですね(笑)」と驚嘆。「もし自分がコンスタントに書くチャンスをいただけるなら、今おっしゃった手法を試してみたいです」と続けた。

「ファンタジックで綺麗」と安壇さんが評する斉藤さんの小説の源流は

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 続いて話題は斉藤さんの小説について。斉藤さんが「小説って、時間の操作が特徴的な媒体だと思うんです。例えば『そして100年が経った』と書けば、1行で100年時間を飛ばせちゃう。僕は自分が書くものとしては、時系列がめちゃくちゃだったり、人称がバラバラだったりする『よくわかんないけど、変な話ですね』みたいなものが好きなんです」と話すと、安壇さんも「確かに斉藤さんの小説はすごくファンタジックですよね。暴力的であったり人間の嫌な部分が描かれたりする小説もある中で、ご自身の内面がすごくファンタジックで綺麗だからこそ、綺麗なテイストのお話を書かれるんだろうなという印象がありました」と語り、「そういったテイストは、もともとご自身の好きな世界観なんですか?」と質問した。これに斉藤さんが「海外だったらカート・ヴォネガットとかスティーヴン・ミルハウザー、国内ですと恒川光太郎さん、舞城王太郎さんとかが好きです」と作家名を挙げると、安壇さんから「私も舞城王太郎さん、好きですね」との返答が。意外な共通点に斉藤さんは「ちょっと今後、別で語らせてください!」と熱いオファーを送った。

小説×音楽×朗読 ”ラブカ”スペシャルナイト

 後半ではこの日のために二度じっくり読み直したという斉藤さんが、『ラブカは静かに弓を持つ』の中の好きなシーンを熱く語る場面も。その他にも安壇さんが書く人物造形についてや、斉藤さんの執筆活動が声優の仕事に与えた影響など、プロフェッショナル同士の対談は刺激的で濃密な内容ばかりだった。

クラシック生演奏×朗読 耳で楽しむ小説体験

小説×音楽×朗読 ”ラブカ”スペシャルナイト

 対談が終わると、ついに朗読劇がスタート。斉藤のすぐそばで楽器の調整をするTRIO VENTUSの面々を見て、「こんな近くで生音を聴けるなんて、僕が一番楽しんでしまいますね」と顔をほころばせた斉藤さんだが、いざ朗読がスタートすると表情もオーラも一変。今回朗読したのは物語の前半、橘が初めて音楽教室へ足を運び、チェロ講師・浅葉と出会うシーン。純粋に新規入会者を喜び、終始明るく楽しげに音楽の、そしてチェロの魅力を語る浅葉。過去の出来事によってチェロから遠ざかり、潜入捜査のため仕方なくこの場にいる物憂げな橘。対照的なふたりを声と表情で見事に演じた。

小説×音楽×朗読 ”ラブカ”スペシャルナイト

 TRIO VENTUSは朗読の中盤でベートーヴェンの「ピアノ三重奏第4楽章」を、朗読後にピアノの石川武蔵さんがこの日のために編曲した「戦場のメリークリスマス」をそれぞれ披露。演奏後、鈴木さんはこの曲について「僕たちが演奏した第4楽章は、その当時活躍していたモーツァルトなどのような、きらびやかで華やかな曲ではなく、ベートーヴェン自身の爆発するような情熱や鼓動が聞こえてくるような曲。潜入捜査という使命を受けて不本意ながらもまたチェロと向き合わなくてはならなくなった橘の心情を想像しながら演奏しました」。「戦場のメリークリスマス」については「チェロを弾くこと自体はとっても大好きな橘が、トラウマを抱えながらも水の波紋のようにじんわりと音楽をまた受け入れていく情景を思いました」と解説。そして最後に「とっても前向きな曲を演奏いたします」とシューマンの「ピアノ三重奏曲第一番 第二楽章」を演奏。これまでの2曲とはまた印象の違う演奏を披露した。最後に再び安壇さんや斉藤さんが登壇し、大きな拍手とともに会は終了。参加者たちは温かな余韻とともに会場をあとにした。

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