ただ百閒のことを喋りながら呑んでいた2年間について ~『百鬼園事件帖』誕生秘話そのほか~ #4

文芸・カルチャー

更新日:2024/1/9

先日刊行された、三上延『百鬼園事件帖』には、作家と編集者、内田百閒好き同士の長い長い雑談の日々があった。
なぜ百閒の話、とりわけ悪口はそんなに盛り上がるのか。
たいへん小規模な百閒ファンの集いから、どうやって小説が誕生したのか。
三上延にしか書けない百閒の魅力とは?
などなど、ふんわりのんびり語りました。対談の模様を全4回にわけてお届けします。
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構成・文=カドブン編集部

三上延×初代担当K 対談
『百鬼園事件帖』誕生秘話そのほか #4

結局、我々は百閒のどこがいいのか

編集K:百閒の何がいいんだかさっぱり人に説明できないっていう話をずっとしてたじゃないですか。この本が出たことで、こうですって言えるようにはなったので、ファン的にはありがたいです。

三上:そこは割と頑張りました。

司会:百閒作品への入口っていくつかあるんですよね。

編集K:『まあだだよ』とか見なくていいんで。(注:1993年公開、黒澤明監督による映画。)

三上:『まあだだよ』の文句も酔ってよく言いましたね。

編集K:言ってましたよね。なんかあの、俺たちの百閒に何をするみたいなね。あんなんじゃないんだよって。

三上:あれじゃないんだよね。

編集K:ヒューマニスティックじゃないんですってば。だいぶ駄目なヒューマン。

三上:いい人じゃねえんだ。

編集K:愛すべき人でも別にないんですよね。

三上:いろいろ言いたいこともあるけどしょうがないから好きになってしまう。

編集K:ところで三上さんの百閒はどこから?

三上:やっぱり『サラサーテの盤』ですね。本屋に並んでた福武文庫のアンソロジー『サラサーテの盤』の表紙のインパクトがすごく強くて、これは買わなきゃと思って。で、買ったらこんな面白い作家がいるんだと。『サラサーテの盤』を書いた頃の短編がやっぱり好きですね。今でもこのアンソロジーは読み返しちゃいます。これが原点なので。

編集K:私は『ツィゴイネルワイゼン』から『サラサーテの盤』に入ったと記憶しているんですが、初読のとき、実はあんまりわからなかったんですよ。映画より陰気だな、とか失礼なことを思ってたくらい。その後何かのきっかけで、百閒の随筆をガーッと読み出して。で、数年経ってからもう1回『サラサーテの盤』を読んだら、うわこんなすごい小説だったのか、と。

三上:なんていうか、話は陰気で、難しいですよね。

編集K:小説の良さは、展開とか、人物だけじゃないとわかってきたあたりで、面白くなったのかもしれないです。なんか、そこにその文字列があるのがすごいみたいな。
土手の描写で、「長いものがそこで死んでいるような」っていう表現に、ハッとしたのを覚えてます。

三上:『冥途』ですかね。

編集K:そうですね。『菊の雨』とかも、何でこんなものがこの世にあるのかっていうぐらいの凄い文章じゃないですか。めちゃくちゃ短いんですが。

――本当に2ページないぐらいですね。

三上:『菊の雨』はこの短さで表題作ですよね。単行本の。百閒自身もよく書けたっていう自覚があったんでしょうね。

――本当に、いろんな面がある作家ですね。『百鬼園事件帖』を読んで、これから百閒の作品を読んでみようかなと思った人に、まず何をすすめますか?

三上:やっぱり『冥途・旅順入城式』かな。あと今だと『ちくま日本文学001内田百閒』は割といいですね。いろいろ入ってます。
これに収録されている『山東京伝』を初めて読んだときに、何か異常なものを読んだ気がしたんです。山東京伝のところに弟子入りをして、誠に小さな方が玄関から上がってまいりましたって走っていくとただの蟻がいる。出て行けって山東京伝に言われて追い出されて終わりっていう。

――わからん。

三上:わからん。

編集K:小説なんだよね?って。

三上:小説、これ?って。

編集K:念押しをしたくなる感じの。

三上:「私」視点で語ってるんだけど、「私」の頭が完全におかしいんですよね。

編集K:甘木くんがいるはずの時代のことを書いた随筆は、もうちょっと後ですよね。

三上:そうですね。甘木がもうちょっと待つと多分『百鬼園随筆』が出ます。そうすると、多分学生とか若い人も結構読む作家になるんじゃないかなと思うんですよね。

編集K:法政で教授をやっていた時代のことが読めるのはどのあたりですか?。

三上:ちくまの内田百閒集成の『百鬼園先生言行録』かな。最初の1冊なら『御馳走帖』もいいかもしれません。



現在比較的手に入りやすい、ちくま文庫の内田百閒集成

編集K:『御馳走帖』は中公文庫でしたっけ。

三上:ですね。戦後のいちばんご馳走が食べられない時代にご馳走の話を出すっていうね。

編集K:『御馳走帖』の中に、缶詰メーカーに呼ばれて行った話があるじゃないですか、

三上:なんだっけ。ありましたね。

編集K:応接室に通されると、背後の棚に缶詰がたくさん飾ってあるんですよ。美味しそう、食べたいって思っていたら、空想の舌がどんどん伸びていくみたいな描写があって。

――缶詰のことを考えるあまり、舌が。

編集K:缶詰のことはあんなに考えてるけど、百閒は基本的に、人間というか、他人にそこまで興味ないんじゃないかと思うんですよね。

三上:自分が一番動かせないものとして、抱えて生きてるから。

編集K:我々は笑いながら読んでるけど、当人は相当大変だったんだろうなとは思うんですよ。百閒が百閒やってることの大変さっていう。

三上:そうですね。百閒も好きでああなってたわけでは多分ないから。

編集K: 好きでこんな自分になったわけじゃないから、もう好きになるしかないみたいなことなのかもしれないですよね。

三上:どうしようもないから自分を肯定していくしかない。どうにもならない自分をとりあえず認めるというか、その結果自分のわがままな部分を第一に好きになってしまうというか。

続編決定! そして次なる展開は?

――じゃあ、最後に肝心な話を。続編の構想がおありということですね!

三上:そうですね。

――この機会に、Kさんからリクエストなどは?

三上:ちょっとそれは聞きたかったですね。

編集K:まず、法政騒動ですね。百閒ほど社会に向いてない人っていないじゃないですか。その社会に向いてない人が社会と接点を持たざるを得なくなって、割とちゃんと持ったらどうなるか。当然あら大変ってことになるわけで、そこで三上さんの描く百間はどうするのかっていうのはすごく興味があります。そして甘木くんはどういうふうに、百間のそばを歩いていくのか。甘木くん出ますよね?次も。

三上:もちろん。出ます出ます。

編集K:自分の、社会に向いてなさみたいなものを百閒を読みながら肯定させてもらっていたファンとしても、すごく読みたいですね。で、三上さんは今回の芥川の話みたいに、うわ、そこ開けるんだって蓋を開けると思うので、それがどこなのかもたいへん怖くて楽しみですね。

三上:やっぱりね、森田草平は出したいんですよね。

司会:森田草平は百閒にとってどういう存在なんですか。

編集K:パイセンですね。法政から百閒を追い出したパイセン。どうしようもないパイセンだって百閒は思っているけど、それは百閒の主観。

三上:百閒もね、大して質は変わらないと思うんですよ。

編集K:森田草平の方がそれこそ社会に向いてるんですよね。だから何だろう、ろくでもなさは変わらないんだけれども、森田草平の方が社会向きだし、いうてメジャー感がある。人間としての。

司会:人間としてのメジャー感。

三上:やらかしも多いですけどね。

編集K:リアルワールドに生きている人々は、きっと森田草平の方に共感したと思うんですよ。当時は。でも作家として残ったのは百閒であるっていう。

三上:そうですね。

編集K:森田草平の方にも言いたいことはいろいろあったと思うんだけど。

三上:それはもういろいろあったでしょうね。

編集K:そうそうそう。

三上:まず森田草平に関する解像度を上げないとと思ってます。

司会:森田草平がキーとなるというか。

編集K:そう。こないだ『実説艸平記』を読み返して、自分が絶交した先輩のことを思い出しました。

三上:そう、あの文章にはなんかそういうのを思い出させる力がある。

司会:そうですね。

三上:多分、森田草平の中で百閒と遊んでた時代って、一番人生でいい頃だったんですよ。

編集K:そしてきっといろいろ美化していた。

三上:ん?何をですか?

編集K:
いや、やっぱり森田草平みたいな人って、人に言ったこととかやったことは割と忘れちゃうだろうなと思って。そんな風だから、百閒のことも、「困ったやつだけどかわいいところもあってさ」ぐらいに思ったんじゃないかなって。

三上:そうですね。こういう人だと忘れますよね。自分がひどいこと言ったりやったりしても。「ちょっと仲たがいしてさ」みたいな、そういうフワッとした感じで説明しようとしますよね。

編集K:「俺にとっては今でもかわいい後輩なんだけどね」って。

三上:そうそうそうそう。「何か周りもいろいろ変なこと言って、結局奴とは会えなくなっちゃったんだよね」みたいな感じで、ふんわり。

編集K:ふんわり。
ああっ、もうこんな時間……やっぱりダラダラとした話になってしまった。

三上:飲んでるときの話そのままでしたね。

編集K:ね。記事になるのかこれ、って。

司会:私が読みたいので大丈夫です! それでは本日はありがとうございました。続編も楽しみにしています。

作品紹介

百鬼園事件帖
著者 三上 延

〈ビブリア古書堂〉シリーズ著者がおくる文豪×怪異×ミステリー!

舞台は昭和初頭の神楽坂。影の薄さに悩む大学生・甘木は、行きつけのカフェーで偏屈教授の内田榮造先生と親しくなる。何事にも妙なこだわりを持ち、屁理屈と借金の大名人である先生は、内田百間という作家でもあり、夏目漱石や芥川龍之介とも交流があったらしい。
先生と行動をともにするうち、甘木は徐々に常識では説明のつかない怪現象に巻き込まれるようになる。持ち前の観察眼で軽やかに事件を解決していく先生だが、それには何か切実な目的があるようで……。
偏屈作家と平凡学生のコンビが、怪異と謎を解き明かす。

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プロフィール

三上延(みかみ・えん)
1971年神奈川県生まれ。2002年に『ダーク・バイオレッツ』でデビュー。11年に発表した古書をめぐるミステリー「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズが大ヒットし、12年には文庫初の本屋大賞ノミネートを果たすなど大きな話題に。同シリーズは第1シリーズ「栞子編」完結後、18年より第2シリーズの「扉子編」が刊行されている。他の著作に、『江ノ島西浦写真館』『同潤会代官山アパートメント』などがある。