不景気、テロ、震災…現代日本は「戦前」にソックリ!?

社会

2013/8/12

 既成政党に対する絶望感やシニシズムが蔓延し、鬱屈する若者が増え、無差別殺人事件や大地震が発生、景気はどんどん悪くなり、地方は疲弊、不穏な空気が日本を包む……これ、今のことではなく、明治末期~昭和初期の話だといったら、どう思うだろうか? 『帝都の事件を歩く 藤村操から2・26まで』(中島岳志、森まゆみ/亜紀書房)によると、現代の日本の状況は驚くほど戦前の状況に似ているという。

 では日本が第二次世界大戦に突入するまでの主要な出来事を振り返ってみよう。

 1914年に起こった第一次世界大戦によって好景気となった日本。成金が生まれて格差社会が拡大するが、20年には戦後不況に。21年の原敬首相暗殺後は政治も混乱し、41年に東條英機が首相となるまでの20年間になんと20代も総理大臣が変わるなど、政争を繰り返した。さらには23年に関東大震災、29年にはウォール街で株価が暴落して世界恐慌が発生して社会不安が拡大、31年には満州事変が起こる。閉塞した状況を改革しようと、32年には五・一五事件で犬養毅首相、血盟団事件で三井のトップだった團琢磨が暗殺される。そして36年には青年将校たちが二・二六事件を起こすが、若者たちによる急進的で暴力的なテロやクーデターはことごとく失敗。その後、37年に蘆溝橋事件から日中戦争が始まり、41年には第二次世界大戦へ参戦、45年に敗戦を迎えた。

 04年の日露戦争の前後から、青年たちは列強国を目指すという国の目標と個人の目標にズレが生じたことから煩悶し始め、世界の不安と一体化していったそうだ。やがて彼らは政治に目覚めて日本を革新しようと考え、理想を掲げる。しかし格差は拡大、やがてその思いは急進的となり、一気に「ガラガラポン」しようとテロへと走る……そうした歴史を辿る本書は、03年に華厳の滝で投身自殺した一高生・藤村操の死=煩悶する青年の登場から、36年の二・二六事件で青年たちが挫折するまで、近代の事件現場となった街を歩きながら考察し、現代日本の未来についても考える「路上対談」を収録している。

 著者の中島氏と森氏は、煩悶青年を生んだ東大や一高のあった本郷から歩き始め、江戸川橋、東京駅、隅田川、田端、日本橋と時代を下りながら考察し、最後に二・二六事件などのクーデターの舞台となった永田町を歩く。彼らが住んでいた帝都=東京では、かなり狭い範囲で人々が絡み合って歴史が動いていたことがわかる。本書では「二・二六事件以後、暴力的な国家とむき出しの合法的な治安維持権力だけが残り、右派も左派も負けるに至った時代は、藤村操の死から30年で到達した日本近代の若者鬱屈史」だと語っている。

 空前の好景気となったバブル景気がはじけた後、景気が悪化した日本を襲ったオウム真理教の無差別テロや阪神大震災。社会不安は拡大し、非正規雇用が増え、コロコロと首相が変わって政権は自民党から民主党へ。しかし何かが変わるかもしれないという期待は裏切られ、景気はさらに悪化。そこへ東日本大震災が起こり、その後再び自民党が政権を握ったここ20年の日本。アベノミクスで経済が持ち直しているとは言うものの、震災復興も遅々として進まず、人々は鬱屈を抱えたまま、景気も上向きというには程遠い状態だ。

 「歴史は繰り返す」と言ったのは『アレクサンドロス大王伝』を記したローマの歴史家、クルティウス・ルフスと言われているが、本書のまえがきには「歴史が同じ形で繰り返すことはないが“型”はあり、戦前期の歴史の顛末を辿って、現在を相対化しつつ、その先を見据える指針を獲得すべきではないか」とある。戦前と同じような過ちを繰り返さないよう、帝都の記憶を街から辿り、未来を考えてみてはどうだろうか。

文=成田全(ナリタタモツ)