ハウス加賀谷を苦しめた「統合失調症」とは?

健康・美容

更新日:2013/8/14

  今をさること14年前、人気絶頂のお笑い芸人が突然ブラウン管から姿を消した。お笑いコンビ、松本ハウスのハウス加賀谷だ。彼は持病であった統合失調症に悩まされ、その悪化により99年に芸能活動を休止した。おりしも当時の人気番組『タモリのボキャブラ天国』でブレイク、脚光を浴びたさなかのことであった。

 それから時は流れて10年後。長い歳月をかけ、加賀谷は薬物療法の末に症状が安定。統合失調症は寛解(症状が一時的あるいは継続的に軽減した状態)したと思われたため、4年前にコンビを復活。先日、加賀谷の半生とコンビ復活までの軌跡を綴った彼らの著書『統合失調症がやってきた』(ハウス加賀谷、松本キック/イースト・プレス)の出版記念イベントが行われた。現在ふたりは芸人として活動しながら、NHK Eテレ『バリバラ~障害者情報バラエティー~』に準レギュラー出演、統合失調症の理解を深めるため、全国各地の講演会から招かれているという。

 本書は、加賀谷のインタビューを相方の松本キックが聞き書きするスタイルでまとめられた。幼少時代からのエピソードを時系列で追い、合間に松本の回想を挿入、症状悪化の経緯が理解しやすく構成されている。加賀谷の統合失調症との闘いは中学2年の授業中、「かがちん、臭いよ」と、教室の背後から友人の声が聞こえた気がした瞬間から始まった。振り返ることで声の襲来を阻もうとしても、前を向くとまた声がする。統合失調症の症状のひとつである「幻聴」であり、さらに「自己臭恐怖症」も併発していた。人の精神は、小さな混乱や恐怖が積み重なってゆくことでこのように追い込まれ、自分の内側になだれ落ちるように崩れ壊れてゆくものなのか。加賀谷が体感した世界が、リアルな表現で淡々と綴られていくことに圧倒される。

 この統合失調症という病気について、詳しくご存知の方はどれぐらいいるだろうか。厚生労働省による推計では、現在受診中の患者数は79.5万人とされている(2008年患者調査)。「幻聴」や「幻覚」「妄想」が現れたり「感情が平坦化」することで、思考が混乱する精神疾患である。思春期から30歳代の青年期にかけて発症しやすく、およそ100人にひとり弱がかかると言われ、決して特殊な病気ではない。原因は今のところ明らかではなく、脳内神経伝達物質の変化など個人のもつ要因のほか、大きなストレスなども関与するとされており、薬物療法と精神科でのリハビリテーションによる治療を組み合わせることが効果的であるとされている(『統合失調症ABC』大塚製薬ブックレットシリーズより)。加賀谷は中学2年当時に発症し、芸人としてブレイク後もその症状は治まることなく、多忙な日々の中、再び彼のみぞ知る暗黒の世界に閉じ込められた。

 様々な症状が出現する中、最も辛かったことを尋ねると、発症の発端となったあの日の「幻聴」だと語る。

「14歳で発症した当時は、病気に対する知識や情報がまったくなかった。友達の声がリアルな言葉として耳に入ってくるので、幻聴だなんて思わないし、今でもあれが幻聴だったとは信じられないほど。自分が“臭い、臭い”と言われているのに、その原因について何も理解できないことが、何よりも辛かったです」(加賀谷)

 当人が直面している幻聴や幻覚、内的世界を誰とも共有することができない絶望感。今と比べ精神の病についての情報も乏しく、どんなにか心細かったことだろう。

 一方で、身近に精神疾患を抱えた友人がいたとして、それを大きな気持ちで受けとめ、先の見えない一進一退を長期に渡って見守り続けるのは並大抵のことではない。それを相方の松本は、気長に慎重に成し遂げた。

「加賀谷には3ヵ月に1度連絡を入れていましたが、今思えば当時の僕は、その場その場の状況をそのまま受け入れていただけ。適度な距離を保って自然に接していたら、結果的に10年間待ち続けられたんです。周囲の人は、統合失調症はこういう病気だからこんなふうに接しなくちゃいけないとか、頭でっかちになって先回りしすぎないで、当事者を通じて一緒に病気を学ぶような気持ちでいたらいいと思います」(松本)

「人それぞれ症状が異なるので、この本に書かれているのは、たまたま僕が通ってきた一例です。僕は“病気にかかったから仕方ない”とは言いたくないと思って過ごしてきたので、同じ病気をもつ方にも絶対に諦めないでほしいと思う」と加賀谷は締めくくった。

 芸人としての復帰が加賀谷の生きる“芯”となった。会見後に行われたイベントでは、精神の暗闇で七転八倒してきた人とは思えぬエネルギッシュな加賀谷のトークが炸裂し、それを父親のように目を細めて見つめる松本の笑顔が印象的だった。

文=タニハタマユミ