ローマ法王の後ろ盾も! 高橋真麻は“打たれ強いお嬢様”だった!

芸能

2013/8/15

 いま、もっともテレビで引っ張りだことなっているのが、元フジテレビアナウンサーの高橋真麻だ。古巣のフジはもちろん、日本テレビにテレビ朝日、TBSと民放のバラエティ番組に総ナメ出演。“史上最大の放送事故”とネット上で評判を呼んだテレビ東京の隅田川花火大会中継でも、びしょ濡れになりながら懸命にレポートし、「笑ったけど、真麻はがんばってた」「一生懸命で見直した」と評価もうなぎのぼり状態だ。

 フジテレビに入社した当初は、「どうせ親の七光り」「コネ入社がミエミエ」とバッシングにさらされていた真麻。彼女がお茶の間に受け入れられるようになったのは、ご存じの通り、バラエティなどでなりふりかまわず『シンデレラ・ハネムーン』(岩崎宏美)などの歌謡曲を歌い上げるようになってから。腫れ物扱いのポジションを自力で挽回するという“打たれ強さ”も真麻の魅力である。しかし、そんな強さを手に入れた裏側には、お嬢様ならではの苦労があった。

 父・高橋英樹の著書『家族上手に生きる 妻はアンコ 夫はおモチ』(小学館)によると、真麻は3度の流産を経て誕生した“奇跡のひとり娘”。だが、出産に至るまでには危機もあり、高橋夫妻は、道端に咲く花や地蔵に祈るだけでなく、来日していたローマ法王が映ったテレビ画面にさえ手を合わせたという。そのため、真麻が生まれたときの夫妻の喜びは大きく、ローマ法王にも感謝の手紙をしたためたほど。すると「あなた方とお嬢様に神の祝福がありますように」という返事が届いたという。いわば真麻には、生まれながらにして“大きな後ろ盾”があったのだ。

 もちろん、愛娘を前に高橋英樹は「役者休業宣言」をして育児に熱中。真麻の可能性を伸ばすために1歳から体操教室や料理教室に通わせ、幼稚園は女子の一貫教育で知られる名門・雙葉学園に入園させた。そんななか、父の心配は「高橋英樹の娘」として冷やかされたり、中傷を受けないかということ。だが、その心配は的中してしまう。

 いじめのきっかけは、真麻が小学3年のとき。学芸会のミュージカルで主役に選ばれ、同級生たちから「高橋英樹の娘だから選ばれた」と妬まれたことだった。父は胸を痛めたが、しかし当事者である真麻は「妬むより、妬まれるほうで良かったわ」と明るく話したという。そこには、親には心配をかけたくないという真麻の気丈さもあったのだろう。他人に父親のことでとやかく言われても、負けたりしない。──フジテレビ入社時のバッシングなど、真麻にとっては想定内だったのかもしれない。

 真麻がアナウンサーを目指し始めたのは大学2年のころ。だが、当時は「女優の道も頭の片隅にあったようだ」と高橋英樹は証言している。父としては、小さな頃から「あの人はうまい」「あの演技は違う」と演技を批評する真麻の感性に一目置いていたそうだが、「女優になったら、パパが俳優だから“親の七光り”で安易な道を選んだと思われるので、私は私の道を独自に切り開きたかった」と女優を断念したという。しかし、いまではすっかり“独自の道”を自分で切り開いた真麻。もしかすると、近いうちに念願の女優業に進出することも大いにあり得そうだ。

 また、真麻といえば、交際中のIT社長との行く末も気になるところ。高橋英樹は、真麻がボーイフレンドを連れてくることがなかったことから「ウチの娘はそんなに器量が悪いのか?」と心配したこともあったのだとか。「できることなら嫁にやりたくない」と本音を漏らしていることからもわかるように、真麻にとって最大の壁は父、なのかもしれない。