読書の幅を広げたい! 「文庫ナイト」に潜入してみた

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/22

荻窪ベルベットサンで開催された「文庫ナイト」

荻窪ベルベットサンで開催された「文庫ナイト」

ビブリオバトルに、ブックポーカー、ブクブク交換。自分の好きな本を持ち寄って語り合うイベントが、ちょっとしたブームになっている。「この本のどこに自分が魅力を感じるのか」を発信しながらワイワイガヤガヤ、本好き同士でブログやSNSでは得られない、リアルの交流を結べるのが最大の魅力だろう。荻窪3丁目にあるライブハウス「荻窪ベルベットサン」で開催されている「文庫ナイト」もそのひとつである。

内容は至ってシンプルだ。参加者は自分のお気に入りの文庫を持参し、交代で2~3分ほどのプレゼンを行う。持ち込む本は何冊でもOK、絶版・品切本でも紹介可能。時間の許す限り思う存分紹介し合い、会が終わるころには参加者全員が「誰かのお薦め文庫」の情報を共有している、というイベントである。「参加したいけど、人前で話すのはちょっと苦手」という人でも大丈夫。主催者である書評家・杉江松恋氏が適宜フォローをいれてくれるので、とにかく参加者はリラックスしてのびのびと好きな本についてお喋りすれば良いのだ。

advertisement

……このようにイベント概要を一通り説明してみたが、ぶっちゃけどんな雰囲気なのか、実際に参加してみなければわからないよね。というわけで今回は13年12月8日に開催された第3回文庫ナイトに潜入、面白本を薦めあう夕べをレポートしよう。

第3回のお題は「翻訳ミステリー文庫」。第1回の「中公文庫」、第2回の「ちくま文庫」とレーベル縛りだったのに対し、今回はジャンル縛りだ。実は主催者・杉江氏の著書で、いま書店で手に入る翻訳ミステリーの中で選りすぐりの逸品を紹介するブックガイド『読み出したら止まらない! 海外ミステリーマストリード』(日本経済新聞出版社)が昨年10月に発売、第3回はその刊行記念として翻訳ミステリーがテーマになったというわけだ。

この日のイベントは約10名が参加。年季の入ったミステリーマニアから初心者まで、幅広い層の本読みたちが一押しのミステリーを携えてベルベットサンに集結した。

プレゼン開始の前に主催者の杉江さん、キャリーバッグから本を取り出し、ド~ンとテーブルに並べた。その数、なんと40~50冊!「これ全部紹介できるかなあ……」と杉江さん。いや、これ全部紹介する気なの、杉江さん!

杉江さんの前に積まれた文庫の山に一同驚愕しながら、いよいよプレゼンタイムがスタートする。口火を切ったのは杉江さん。「じゃあ、まずは青い背の本から」と選んだのは、英国の老作家3人が殺人請負業を行うユーモア・ミステリ『殺人同盟(1)懐かしい殺人』(ロバート・L・フィッシュ:著、菊池光:訳/早川書房/絶版)、クロスワードパズルで作られた遺言状と殺人の謎に挑む本格ミステリー『パズルレディと赤いニシン』(パーネル・ボール:著、松下祥子:訳/早川書房/品切れ)、私立探偵ジョン・デンスンが活躍するオフビートなハードボイルド『デコイの男』『シスキユーの男』(リチャード・ホイト:著、浅倉久志:訳/早川書房/絶版)の4冊。ランダムに選んだにも関わらず、どの本の内容・読みどころもすらすらと言葉に出てくるところが、やはり凄い。

その後、杉江さんとお客さんが交互に紹介する形で進行する。社会人1年目だという参加者のなかで最も若い男性は、ローレンス・ブロック『聖なる酒場の挽歌』(田口俊樹:訳/二見書房/絶版)をお薦めする。元アル中の私立探偵マット・スカダーが、酒を飲んでいた10年前に関わった事件を回想する物語で、スカダーが活躍するシリーズの中では本格謎解きの色合いもあってシリーズの入門書に最適、とアピール。スカダーシリーズ、ハードボイルド小説への愛がしっかりと伝わってくるプレゼンだった。

紹介にひと工夫加える参加者も。例えば『死者の舞踏場』(小泉喜美子:訳/早川書房/絶版)など、インディアン居留地を舞台にしたミステリシリーズを書いたトニイ・ヒラーマンを紹介した方は、特別な居留地の地図や小説の舞台の写真集など貴重な資料を用いて説明、土地風俗を理解しながら小説を読む楽しみをプレゼンした。

この他にも『エラリー・クイーンの国際事件簿』(エラリー・クイーン:著、飯城勇三:訳/東京創元社)、『サム・ホーソーンの事件簿(5)』(エドワード・D・ホック:著、木村二郎:訳/東京創元社)といった名探偵の推理が魅力の本格ミステリーが好きな方、シャーロック・ホームズが唯一敬服した女性、アイリーン・アドラーをメインに据えたパスティーシュ『おやすみなさい、ホームズさん』(キャロル・ネルソン・ダグラス:著、日暮雅通:訳/東京創元社)など「乙女ミステリ」を中心に推す方などなど、様々な嗜好を持つ参加者による熱烈な推薦トークが2時間ほど続いた。

杉江さんの『マストリード100』は全方位的にあらゆるタイプの翻訳ミステリーを網羅した読書案内だが、好みの異なるもの同士が集まり本を薦め合う「文庫ナイト」もひとつのガイドブックを編集しているような楽しさに溢れるイベントであった。「文庫ナイト」は今後も不定期に開催されるとのこと。興味のある方はぜひ参加してお薦めの文庫本をプレゼンしてみよう。

文=若林踏