ブラジルをも圧倒した優勝国ドイツの強さの秘密 そして、日本がドイツサッカーから学ぶべきこととは

スポーツ

2014/7/14

 今大会もドイツが強かった。いや、これまでにないほど強かった。

 10年をかけて進化した攻撃的サッカーを築き上げたヨアヒム・レーヴ監督率いるドイツ代表は、世界最高の選手として名高いリオネル・メッシを主将とするアルゼンチン代表とW杯ブラジル大会の決勝戦を戦い、延長戦の末1対0で勝利。90年のイタリア大会以来、24年ぶり4度目の優勝を果たした。

 ドイツはW杯では4大会連続の4強入り。このブラジル大会の準決勝ではホスト国を7対1で撃破した。ブラジルは、エース・ネイマールの負傷離脱、主将チアゴ・シウバのイエローカード累積2枚による欠場があったとはいえ、この後の3位決定戦でも0対3で完敗。立て直しができないほど王国を打ちのめし、ドイツは見事W杯を制覇した。

 前回の南アフリカ大会でベスト16という成績を収めた日本も、今大会は史上最強のチームとして優勝を目標に掲げて挑んだ。目指したのは同じく攻撃的サッカーだ。“史上最強チーム”“W杯優勝”“攻撃的サッカー”。これら前評判、目標、スタイルともにドイツ代表と同じだったが、1次リーグを1勝もすることなく敗退した日本代表とは比較にならない。

 だがドイツと日本のサッカーのかかわりは古く、深い。近代日本サッカーの基礎と哲学は、ドイツから受け継がれたことに始まるからだ。

 ドイツ専門デジタル版サッカーマガジン『KAISER(カイザー)』(ブックビヨンド)は、先進的な電子書籍の中に、日本とドイツのサッカーにおける歴史や文化の考察がたっぷりと語られ、未来への建設的な提言として昇華させている。

 90歳の現役最年長記者・賀川浩氏の証言がある。1953年、日本は戦後初めてドイツに遠征するのだが、その前に日本でドイツのオッフェンバッハ・キッカーズと国際試合を行い、善戦するも0対2で敗戦。するとドイツのコーチ陣は日本人の頑張りに感心し、「この後ドイツに遠征に来るのなら、面倒見て練習もつけてやるからうちのクラブを訪ねるといい」と誘い、実際に訪ねたところ講習会を開くなどして、熱心に日本代表を指導してくれたという。

 その後、日本サッカーに大変革をもたらしたデットマール・クラマーに出会う。
1960年に来日したクラマーは、日本初の外国人コーチとなり、東京五輪で日本代表を指導し、メキシコ五輪での銅メダル獲得に貢献。「日本サッカーの父」として知られる。日本の将来のため、先を何手も読みながら、今何をするべきかを的確に指導した。少しでも手抜きをする選手は厳しく叱責し、その能力を最大限引き出そうと尽力した。

 「勤勉で真面目」とは日本とドイツの国民性をあらわすのによく聞かれるフレーズだが、「ドイツ人は言われなくても、休むことなく必死にプレーする」「他の国だったら“まあいいか”となるところを絶対に手を抜かせない」と日本人初の欧州プロサッカー選手の奥寺康彦氏は同書のインタビューで語っている。

 思えばブラジルとの準決勝もそうだった。ドイツは前半に5得点、後半にも相手の一瞬のスキも見逃すことなく2点の追加点を叩きこんだ。試合終了間際にブラジルが意地の1得点を挙げたが、この失点にドイツの守護神ノイアーは激昂していた。

 どこまでも手を抜かないドイツ。その強さは昔から変わらないが、80年代以降はスピードとパワーに頼り、クリエイティブな美しさがないと不人気だった。だがそんな「ドイツのサッカーはつまらない」という悪評はもう聞かれない。正確なパスワークや創造性に富んだ攻撃パターン。スピードとパワーだけではない、バリエーション豊かな攻撃サッカーに世界が脱帽している。

 最近ブラジルでもめったに見られなくなったというストリートサッカー。ドイツではコンピューターゲームなどの遊びの選択肢が増えた80年以降、激減していったという。ストリートサッカーは、個の創造性を発展させるうえで、極めて重要な役割を担う。ドイツサッカー協会は2000年以降、育成システムの大改革を行い、全国に366もの育成センターを設置したが、人口数百人の村から大都市まで、ストリートサッカーをしなくなった現代の子どもたちを育成し、個のスキルを伸ばす工夫を凝らしているようだ。

 ドイツに学んでサッカーの礎を築いた日本。先を見据え、今何をやるべきなのか。先人の助言と現在未来の選手の言葉が詰まったこの本には、ドイツの強さの秘訣だけでなく、日本が強くなるためのヒントが詰まっている。

文=松山ようこ(スポカルラボ)