「おんふり」「あまんじゃく」とは? 日本人の情感あふれる雨の言葉たち

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/21

今年も、夏がやってきた。夏といえば強烈に照りつける太陽。そして、かつての夕立、近年ではゲリラ豪雨なんてものが名物になりつつある“雨の季節”でもある。何処からか視界を覆うほどの大きい雲が突然姿を現し、「雨気」が辺りに広がっていく。ぽつぽつと「雨粒」が地面を叩くたびに「雨染み」が滲み、すぐに「雨糸」を引くほどに強くなる。静かに人間の喧騒を飲み込む「雨声」に、「雨蛙」の声が重なって聞こえてくると、「雨雨降れ降れ」と八代亜紀は歌い、母さんが蛇の目でお迎え嬉しいな。

というわけで、日本は雨の多い国である。日本全体の平均年間降水量は約1700ミリで、世界平均降水880ミリの約2倍。そんな「空の水道」が集中する日本には、それだけ「雨」に関係する言葉が多く存在するのも当然だ。上記の、ただ雨が降り始めたという風景を表現するだけでも、6つの雨に関係する言葉が使え、ついでに歌まで2曲歌える。そんな季節の移ろいと共に千変万化する雨と寄り添って生きてきた日本人ならではの、情感あふれる「雨」の言葉を紹介しているのが、『雨のことば辞典』(倉嶋厚、原田稔/講談社)だ。

advertisement

災害と恵みの2面性を持つ雨と付き合いながら暮らしてきた日本人、そのため雨を表す言葉には事欠かない。古く詩歌や、ことわざ、方言などから雨に関する用語を集めたこの本は、さながら「雨について考える辞書」だ。ただの字引としてではなく、「雨の降るしくみ」などのコラムや、エッセイ的な記述を取り入れ、読んでおもしろい雨の辞典になっている。

同書の中からいくつか紹介しよう。あなたはどれだけ知っている?

○春夏秋冬と雨の彩り
春「雪解雨」
読んで字の如く。時期的に言えば、まだ雪が残っている冬の時期の雨だが、雪を溶かし植物の芽吹きを促進する雨なので、春の雨である。「雪消しの雨」とも呼ばれる。降るものと言えば雪しかない北国にとって、冬の間に積もった根雪を溶かす雨は、春の到来を告げる嬉しい雨なのだ。

夏「狐の嫁入り」
誰しも一度は聞いたことがあるだろうし、初めて聞いた時には何のことやらと頭を捻ったことだろう。同じ意味の言葉に「天気雨」や「日照り雨」などがある。空が晴れてるのに少しだけ雨が降りかかる現象、または逆に雨が降り続けている最中に一時的にさっと晴れ間が見える現象を言う、元は青森の方の言葉だとか。余談になるが、この世にはすり鉢や袖をかぶって井戸を覗くと、「狐の嫁入り」が見える土地があるとか。この場合、雨の話ではなくなるが、「狐の嫁入り」を見る方法があるというのは中々に興味深い。

秋「伊勢清めの雨」
伊勢参りと言えば、古くは江戸時代の「お蔭参り」で知られるように、日本人なら一度は耳にしたことがあるだろう一種の行事だ。その伊勢神宮で、もとは陰暦9月17日に行われた、天皇がその年の新穀でつくった神饌(神様に捧げる食物)と神酒を伊勢神宮に奉る宮中行事の神嘗祭。「伊勢清めの雨」は、その翌日の陰暦9月18日に降る雨のことをさす。現在は10月17日に行われている、祭祀後を清める雨。

冬「御降り」
「おさがり」または「おんふり」と読み、「御下」とも書く、元旦に降る雨をこう呼ぶ。現代の人ならば、元旦から雨が降ったりしたら、年初めからジメジメとして幸先が良くない、などと思う人も少なくないことだろう。しかし昔の、特に農家の人間にとって雨とは恵みである。それが元旦から降るとその年は豊作になるといい、大層喜んだそう。「御降り」という敬語を使っていることからも、その気持ちがよく表れている。

○方言と雨の言い回し
・「ねこんけあめ」
なにやら「ねこんけ」などとよく分からないが、可愛らしい語感が印象的な言葉。宮崎県日向地方の方言で霧雨のことを指す。霧雨とは雨滴の大きさが0.5ミリ未満の細かい雨のことを言い、その細さを猫の毛に例えたのだとか。

・「あまんじゃく」
「あまのじゃく」ならよく聞くが「あまんじゃく」? 群馬県勢多地方の方言で、旅先などでよく雨に降られる人のことや、雨を好む人のことを表す。一般的に「あまのじゃく」といえば、わざと他人の言うことに逆らう人のことを指す、そこから転じてわざわざ雨を喜ぶということから「あまんじゃく」となったのだとか。

ご紹介できたのはたった6つだが、同書に収められた言葉は1200語あまり。これから雨が降るたびに「これ、ねこんけ雨」「ああ、狐の嫁入りか…」なんて呟いて、群馬県人に「ねぇねぇ、あの人“あまんじゃく”よ」と呼ばれる夏にしよう!