「どうして忘れるの?」と自分を責める人へ、不完全な記憶力こそ優秀!?

暮らし

2014/9/18

 「このくらいならメモる必要はないだろう」としっかり覚えたはずなのに、次に必要になったときすっかり忘れている。「一度言ったんだから、何度も言わないよ」などと上司や先輩に言われても、次から次へとおこる出来事に埋没していく記憶…。「なんでこんなに忘れてしまうのか」と自分の記憶力のなさを呪っている人、少なくないのでは?

 日々見聞きしたことをすべて覚えていれば、勉強も仕事もどんなにはかどるだろう…。しかし、それは幻想にすぎないと主張するのが、認知心理学を専門とする高橋雅延氏だ。氏は、著作『記憶力の正体 人はなぜ忘れるのか?』(筑摩書房)の中で、『記憶の人、フネス』という南米アルゼンチンの作家の作品を紹介している。主人公フネスは、一度体験したことや見たもの聞いたものなど何でも、その細部に至るまで完ぺきに覚えることができる。しかし、それは互いに何の関連性もない「ごみ捨て場」のような記憶ばかり。あるとき、フネスはそれらをようやくして分類しようと決意するが、とうてい自分の生きている間には終わらないと結局断念してしまう。高橋氏はこの物語を、「ことさら努力しなくても記憶を要約できるという忘却の力の重要性を、彼(作者)は主張したかったのでは」と解釈する。

 高橋氏によると、実際、このフネスと同様の卓越した記憶力をもつ、「超記憶症候群」と名付けられた人々が、現在世界で4名確認されているという。そのうちの一人、ジル・プライスという女性は、8歳頃から自分のまわりで起きる日々の出来事を、正確に記憶できるようになり、14歳以降のことは、ほぼ完璧に記憶しているそうだ。どんなに勉強ができることだろうと思いきや、そうでもないらしい。彼女の意志とは無関係に、過去の記憶が次々と思い出され、それに翻弄されるという。「その情景の一つ一つがあまりにも鮮明なので、楽しかったことも、つらかったことも、いいことも、悪いことも、記憶がよみがえるだけでなく、そのときの自分の感情も追体験することになる。当時の喜怒哀楽がそのまま乗り移ってくるのだ。だから、心を落ち着かせて生活することがとてもむずかしい」と彼女は話している。記憶は、なんでもかんでもあればいい、というわけではないようだ。自分を苦しめるような記憶は忘れた方がいい。忘却は生きていく上で大切な機能であることがわかる。

 それならば、必要なことだけしっかりと覚えておきたいところ。でも、そんな都合のよいことがあるだろうか。実は、生死に関わるような出来事は、どんな状況にあっても記憶する能力が認められているという。100年ほど前に、フランスの心理学者エドゥアール・クラパレートが健忘症の女性に行った実験がある。彼女は毎日顔を合わせる医師や看護師もわからなかったそうだ。ある日、クラパレートは、手の中にピンを隠して彼女の手を刺してみた。しかし、彼女は健忘症のためにこの出来事をすぐに忘れてしまう。しばらくして、クラパレートがもう一度、自分の手を彼女の手に近づけると、彼女は反射的に手を引っ込めたという。その理由を問いただしてみると、「だって、あなたの手の中に、ピンが隠されていることだってありますもの」と答えたそうだ。高橋氏によると、彼女にはピンで刺されたという意識的な記憶はなかったものの、痛みをともなった苦痛の記憶が無意識に残っていたと考えられるという。

 生死という自分の存在に関わる大きな問題でなくても、 “無意識の身体の記憶”はあるようだ。法隆寺の宮大工・西岡常一氏は、宮大工に必要な記憶力について、こう述べている。
「世間では記憶力のいい人が頭がいいといいますが、大工の場合は記憶力も大事ですが、手が記憶どおりに動かなくてはなりませんのや。そやから手に記憶させなければあきません。記憶がよく頭が覚えたと思っても、実際に仕事をするときには手が頭についていけないもんでっせ。手に記憶させるには繰り返すしかないですな。経験の積み重ねです」

 これは特殊な職業には限らないように思う。例えば、パソコンのブラインドタッチがそう。キーボードを見ることなく、どこにどの文字があるのかを思い出さなくても、私たちは入力することができてしまう。高橋氏は、これもまた無意識の身体の記憶だという。家で料理をしたり、車や電車に乗って通学・通勤するのもそう。頭で意識的に思い出して行動する以上に、無意識のうちに手が動く、身体が動く。毎日繰り返すことで、それは確かな記憶になる。

 どうやら、記憶力がないなんて嘆くことはないようだ。本当に必要なことは意識しなくても無意識のうちに身体に刻み込まれ、余計な記憶は排除されていく。記憶は、人間が社会生活を営む上で、ある意味都合よく十分に機能しているといえる。

 そう考えれば、「○○さんに、○○を伝えなければいけなかった!」なんてささいなことに、慌てふためく必要はないかもしれない。本当に大切なことなら覚えているはず。忘れてしまうくらいなら本人にとってはそれまでのこと。そんなことをいちいち責める輩を気にする方が、身の毒とも言えそうだ。

文=佐藤来未(Office Ti+)