アメリカンドリームはお金じゃない!? インド人初のプロ野球選手が誕生するまでの軌跡

スポーツ

更新日:2014/12/24

 「やっぱり“お金”だね。“Money”に尽きるんじゃないかな」

 アメリカをひとことで現すと? という話題で盛り上がった時、ある友人がこう答えた。首都ワシントンD.C.で働く日本の知人たちの集まりでのことだ。日本よりアメリカでの暮らしの方が長くなっていたその友人の答えに、全員が「あー」と納得の声を一斉に挙げた。

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 富裕層と貧困層の格差が広がり続けている大国アメリカ。お金の持つ力は強大で、時に善悪の境界線をもあいまいにすることも。裁判でお金持ちのセレブが疑問の余地の残る無罪を獲得することもあれば、チャリティにはイメージアップ戦略やそれによって得られる利益が見え隠れする。アメリカンドリームと言えば聞こえはいいが、一攫千金の現実は何かとグレーな領域と隣り合わせだ。

 実話からなる『ミリオンダラー・アーム』(J.B.バーンスタイン:著、横山啓明:訳/集英社)で、著者でもある主人公J.B.バーンスタインはアメリカの敏腕スポーツエージェント。巨額の契約を取りまとめる成功者だが、ある日、一攫千金を夢見る若いアスリートから「100万ドル(約1億円)の現金を前払いで用意してくれたら契約する」といわゆる裏金工作を求められ、嫌気がさしてしまう。アメリカでは前途有望な若者ですら欲望に毒されていると…。

 そういうJ.B.は、サンフランシスコの豪邸に暮らし、高級車を乗り回しては、美女と一夜限りの関係を楽しむ。仕事ぶりはクリーンかもしれないが、欲望のままにプライベートを謳歌する。そんなJ.B.が、自ら思いついた企画から、インドを巡り、プロ野球選手の卵、リンクとディネシュを発掘する。2人とも水道もガスもトイレもない家に住み大家族で支え合って暮らしてきた。それでいてあまり欲がない。この言葉も文化も違うピュアな青年2人をプロ野球選手に育てるため、アメリカで3人は共同生活を始める――。

 この物語は、インド人初のプロ野球選手が誕生するまでの軌跡だ。注目の史実なので、ほぼ本書から忠実に映画化され、「感動の実話」とのコピーで宣伝されたが、あまりの文化的差異から、インドとアメリカとでコメディさながらのドタバタ劇を繰り広げるところに最大の妙味がある。

 『ミリオンダラー・アーム』は、J.B.の企画したリアリティ番組で、全米の人気音楽オーディション番組「アメリカン・アイドル」に倣い、ピッチャーの卵を発掘するべく始めた壮大なスカウト企画番組。挑戦者は、時速145キロのスピードボールを連続してストライクゾーンに収めることに成功したら、最大“ミリオンダラー(百万ドル)”を獲得できる。そうして見つかった原石の“アーム(腕)”を持つ若者が、リンクとディネシュだ。

 しかし、2人ともやり投げの選手で野球は未経験。見事勝ち残って渡米するも、野球のルールから覚え始めなければいけない。2人は日々、カルチャーショックの洗礼を浴びながらも、インドの家族を思い、自らの文化を大切にしながらアメリカの文化を理解しようと努める。

 日本からメジャーリーグを目指した野球選手なども、アメリカでの野球や言葉、文化の違いに苦労しているが、この2人は天地がひっくり返るほどの違いだったはずだ。ゼロからどころかマイナスからのスタートだったのだから。

 彼らは野球漬けの毎日を送りながら、英語は映画のDVDから見よう見まねで覚えていく。女の子にいきなり「調子はどうだい、ベイビー」と話しかけたりするなど、時に(イタい)勘違いや失敗もするけれども、野球や語学を通じて、文化の違いを深く理解し、人としても豊かに成長を遂げていく。

 そんな2人を育てていくうちに、仕事人間で損得勘定ばかりしていたJ.B.も、変わっていく。「これほど儲けが少なく、得るものが大きいクライアントを持ったことがない」と2人との関わりの中で、“お金”では得られない価値の大きさを語るようになる。

 あとがきでは訳者の横山氏が、野球やスポーツを知らない人にも楽しめると二度も念押ししている。J.B.や2人がいかにトラブルや苦難を逞しく乗り越えていったか。彼らが経験したことを思い返せば、多少の勘違いや失敗は笑い飛ばせるかも。格差も国境も越えた壮大なドタバタの逸話は、事実だけに心に深く響く。

文=松山ようこ