あなたは“悲惨な中年童貞”に同情できる? ―貞操を守り抜くミドル世代

社会

更新日:2017/2/13

 魔法使いが増えているのだという。

 魔法使いと言っても、別にサリーちゃんでもキキでもなく、ここでは悲しき中年の童貞男子のお話。ネットの一部を中心に、30歳になっても童貞だと魔法使いに、40歳で妖精に、そして50歳だと仙人になれると言われているそうだ。四十代半ばの中年の童貞にして妖精…なんて、本物の妖精サイドから猛クレームが来そうだけれど、言わんとすることはなんとなくわからなくもない。

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 そして、問題はこの魔法使いやら妖精やらが増えているということだ。なんでも、30歳以上の未婚男性のうち4人に1人が童貞なのだとか。人数にして、200万人を超える。彼らが魔法を使って世の中を良くしてくれるなら大変結構なことだが、実際はそんなことはない。彼ら中年童貞の抱える問題を探ったノンフィクション『ルポ 中年童貞』(中村淳彦/幻冬舎)を読めば、魔法使いや妖精といったファンタジーな言葉とは裏腹の、悲惨な現状が見えてくる。

 童貞であるかどうかは、ハッキリ言えば本人の勝手、自由である。だが、この本にはそんな自由とかなんだとかキレイ事ではない現状が書かれている。

 多数の中年童貞が登場するのだが、それがまたとにかく激しい。二次元の世界に傾倒して本物の女性の裸を見て嘔吐するアキバ系童貞や、AKB48にドハマりして貯金を切り崩すドルヲタ童貞、ネットに韓国や中国の悪口を書き連ねるネトウヨ童貞…。学生時代の失恋がトラウマとなり、恋愛感情を抱いても告白はせずに妄想だけで満足する男や、介護の現場で働くも偏執的な性格から周囲に受け入れられない男なども登場する。言ってみれば、皆が皆、絵に描いたような“コミュニケーション不全”な人たちなのだ。

 彼らがどうしようもないから童貞なのか、童貞だからどうしようもなくなったのか、卵と鶏論争みたいなもので不毛な気がするけれど、少なくとも本書に登場する中年童貞たちは、それだけ強烈だ。そして、こうした中年童貞が増えているというのならば、日本の未来もお先真っ暗だと思えてくるのである。

 ただ、少し冷静になって考えてみると、“童貞である”ということはかなりシビアな問題である。童貞ではない男性であっても、“早く童貞を捨てなければ”という焦りにかられた経験を持っている人は多いだろう。だが、そんな思いを心の片隅に置きつつ日々を過ごし、気がついた時には童貞ではなくなっていたりするものでもある。童貞であるかぎりは“童貞である”ということは深刻な問題だが、ひとたび女性と交わってしまえば、童貞であるかないかはさして重要な問題ではないということに気づくのだ。

 しかし、それでも童貞にとって童貞であることは大きな問題で、それは歳を追うごとに確実に肥大化していく。それが心を歪ませることがある。男性であれば、その気持ちもなんとなく理解できるはずだ。

 だからといって、本書に出てくるような酷いレベルのコミュニケーション不全者たちに同情するのも馬鹿らしい。何しろ、とっくに童貞を捨てて“普通の”人生を送っている中年男性たちにとって見れば、彼らは若い頃にするべき努力や経験を放棄した連中、だからである。女性にモテるためにはどうすればいいのか、彼女を作るためにはどうすればいいのか。それを考えて、誰しもそれなりの努力をしている。

 本書を読む限り、中年童貞たちはどいつもこいつも酷いレベルのコミュニケーション不能者で、友達になりたいとは決して思えないし、同じ職場には決して来てほしくないような連中ばかりだ。確かに、彼らを生み出した原因は社会にもある。それはこの本にも書かれているとおりで、中年童貞の問題を社会的問題として捉えるならば、中年童貞を生み出す社会の構造にメスを入れる必要があることは間違いない。

 けれど、この本の中年童貞たちのエピソードを読むと、“童貞である”ということ以上に彼らの持つ心の闇、歪みに思わず眉をひそめてしまう。そして、それを単純に社会の問題にしてしまうことにも疑問を持ってしまうのだ。

 もちろん家庭環境など同情すべき事情はさまざまあるだろうが、普通に経験できることを避けて、モテるための努力を避けて生きてきた中年童貞たち。それでいて、齢40にして“社会が悪い”では、あまりにも分が悪すぎる。

 童貞であることの辛さは理解するけれど、結局は“自業自得”。それが一般男性の多くが抱く感想だと思う。

 心に闇を抱える魔法使いや妖精たちを大量に生み出す現代社会の宿痾(しゅくあ)。そこに切り込むのは重要だ。けれど、魔法使いがその魔法を封印することは、他人や社会がどうこうできるものではない。彼ら自身が自ら魔法を使わずに生きる道を選ぶしかない。本書は、ネトウヨ中年童貞が童貞を捨てそう…という前向きなエピソードで締めくくられている。いくら中年の童貞でも、本人が変わりさえすれば周りはそれを拒否しない。そして、してはならないだろう。

 そして、若き魔法使い候補たちのために、魔法使いとしての人生がいかに厳しいものであるかを知ってもらうことも、とても重要だ。その上で、童貞人生を歩むなら、それこそ“本人の自由”である――。

文=鼠入昌史(Office Ti+)