「双子」「三つ子」「いとこ」「セクシー」 どうして素数は人を惹き付けるの?

文芸・カルチャー

2015/3/20

「落ち着け…素数を数えて落ち着くんだ…。素数は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字…わたしに勇気を与えてくれる」。これは、『ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン』の中でプッチ神父が発言する名台詞である。その台詞に共感する者も多いのか(?)ネットのあちらこちらで引用されるのをよく目にする。しかし、文系の中には、なぜこんなにも素数に魅了されているのか理解できない者が多いのも事実。一体素数のどこに魅力があるのだろうか。

竹内薫著『素数はなぜ人を惹きつけるのか』(朝日新聞出版)では、多くの人を魅了しつづける素数の実態に触れている。素数に惹き付けられる者が素数から何を感じ取っているのか分析しつつ、ド文系の私でも思わず唸らされた内容にふれてみるとしよう。

竹内氏によれば、素数は「すべての自然数を素数のかけ算で表すことができる」という特徴を持つ「数の原子」である。「これ以上分解できない」究極の単位である素数は数学者たちにとって、非常に美しい存在。しかも、2、3、5、7、11、13、17…と気まぐれに登場し、どういう規則で現れるのか未だに解明されていない。そこに数学者たちはロマンをそそられるものらしい。古代から現代に至るまで数学者は素数の法則を探そうと躍起になっているが、今わかっている最大の素数は「2の5788万5161乗−1」ということだけ。数学者たちは素数を「双子素数」(「5」「7」のように差が 2 である2つの素数)、「三つ子素数」(「5」「7」「11」のように間隔が2や4である3つの素数)、「いとこ素数」(「3」と「7」のように差が4である2つの素数)、「セクシー素数」(「5」と「11」のように差が6である2つの素数)などと名付けては、素数たちを愛で、その法則に迫ろうと試行錯誤してきたようだ。

数字に「双子」「三つ子」「いとこ」「セクシー」というネーミングをする感覚は文系人間には理解ができないだろう。だが、ド文系である私が注を加えるとすれば、おそらく数学者たちは、すべての数の素となる素数のピュアな姿に惹き付けられ、次に現れる素数の礎になり続けているという特徴に母性を感じ(これが今話題の「バブみ」?)、神出鬼没であるさまにツンデレさ、ミステリアスさを感じて惹かれているのではないだろうかと分析される。そんな素数は、竹内氏によれば、実は自然の摂理の中にも組み込まれている神秘的な存在であるようだ。

たとえば、アメリカのある地域では、13年周期か17年周期で大量発生するセミが存在する。このセミはある一定周期で発生するため「周期ゼミ」と呼ばれているが、素数の年に大量発生するため、別名「素数ゼミ」とも呼ばれている。なぜ13年や17年といった素数年ごとに大量発生するかといえば、それがセミにとって有効な生き残り戦略であるためだ。

小さくて栄養価の高いセミは、捕食者に狙われやすいが、いくら食べられても生き残る個体がある一定数だけ存在すれば、絶滅を免れることができる。そのために彼らが取った手段が、素数周期ごとの大量発生。素数以外の周期で発生するセミも存在していたが、偶数年に現れるセミは、生存戦略上、とても不利だった。たとえば12と8の最小公倍数は24。12年と8年の周期で大量発生するセミがいたとすると、24年毎に発生時期が重なって交雑が起こり、発生する周期が乱れてしまうため、生き残り戦略を取ることができなくなってしまう。素数ならば、他の数との約数を持たないため、最小公倍数が大きくなり、同時発生する間隔が大きくなる。13年と17年であると、時期が重なるのは、221年後であるから頻繁に発生時期が重なることは考えにくく、生存戦略上有効であるようだ。

「セミでさえ素数を理解しているというのに、私は…」と絶望する者もいるかもしれないが、素数は、自然界だけでなく、ネット社会にとっても欠かせない存在である。たとえば、クレジットカード番号や口座番号を暗号化する通信には、素数の存在が欠かせない。素数を使う暗号化技術は、1969年に数学者ジェームズ・エリスによってその原理が発見され、1973年にクリフォード・コックスが具体的な暗号を生み出した。しかし、彼らはイギリスの政府通信本部GCHQという秘密組織の人間であったため、彼らの功績は1997年になるまで明らかになることはなかった。クレジットカードの安全性は、「素数の規則が明らかにならないこと」を前提に構築されており、私たちの情報は素数に守られているといっても過言ではない。素数にはそんな頼もしく、「尊い」一面もあるのである。

素数は意外と身近にあふれた存在なのだ。竹内氏は素数の秘密を解き明かそうと日夜努力してきた数学者たちの奮闘を、数式とともに触れている。コンピュータのなかった時代、時には数十年間かけて地道に計算することによって素数の謎に迫り続けたその熱意には驚かされる。今まで「数字を見るだけで眩暈がしていた」という文系の者も、素数に神秘性が見出せるようになれば、数字に親しめる日も近いかもしれない。

文=アサトーミナミ