82歳の官能小説評論家がふり返る『日本の官能小説』と性表現 ―摘発と戦ってきたエロスな文学の深淵

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/21

戦後70年を迎える今年。『日本の官能小説 性表現はどう深化したか』(永田守弘/朝日新聞出版)がたどる官能小説の歴史も1945年、終戦の年からはじまる。闇市の暗がりで、摘発の目をかいくぐりながら売られていたエロ写真や印刷物。食料を確保するだけで必死だった時代に、人々はそれでも官能を求め、それを活力とした。

以降の官能小説における変遷を本書に著したのは永田守弘さん。御年82歳にしていまだ年間300冊を読破する、まさに官能小説界の生き字引だ。純文学の世界から官能小説に転身した作家陣がその筆をふるった時代あり、摘発が相次いだ時代あり、女流作家華やかなりし時代あり……。ときどきの世相を反映しながら〈深化〉してきたその歴史を、永田さんの案内でたどる。

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―永田さんにとって、官能小説がもっともアツかったと思われる時代はいつでしょう?
永田守弘さん(以下、永)「純文学を志し芥川賞にもノミネートされた川上宗薫、青春小説のジャンルで活躍した富島健夫、別名義で推理小説も執筆していた宇能鴻一郎をあわせた〈ポルノ御三家〉が活躍した1960年代後半はワクワクしましたね。文芸をやっている人たちは、官能小説への転身は邪道だと見なしていましたが、川上宗薫あたりは開き直って、生き生きとして作品を発表しつづけました。それが大いに売れてちゃったんですね。文芸の人たちは、官能小説家が儲けていることに対するやっかみもあったんじゃないかな。それから、〈本物〉の女流作家が出てきた時代もまたよかった」

―本物の、というのは?

「女性が書いた、という官能小説は古くからあったんですよ。でもそれは実は、男性作家が女性名で書いていただけ。1978年に〈本物〉の女性である丸茂ジュンさんがデビューしたときは衝撃が走りましたね。男性が女性をヒィヒィいわせるという、それまで主流だった男性目線の表現とは明らかに違っていたからです。これを機に、女性の感性や心理、生理を織り込む作品を書く女流作家が次々と登場しました。ふり返ると1980年代は、官能小説がたいへん元気でしたね。ビニ本や裏ビデオが大ブームとなったのと歩調を合わせるように、睦月影郎や女流作家の藍川京ら、いまなお官能小説界を牽引する作家が何人もデビューしました。官能小説が文庫化されて、より買い求めやすくなったのも活況への追い風となりましたね」

―本書を読んで、いま名前があがった睦月影郎さんや藍川京さんのように、官能小説では長いあいだ一線で活躍される作家さんが多いと感じました。

「官能小説というのは、落語に似ているんですよ。純文学などでは新人のみずみずしい感性が評価されることもありますが、官能小説ではフレッシュさよりも、人の官能を刺激するツボを心得た表現を求められます。それには、落語が見習いからはじまって前座、二ツ目とあがっていくように、長い修行が必要だということです。ただセンセーショナルなだけではダメ。出版社も常に新人をさがしているのでデビュー自体はそれほどむずかしくないかもしれませんが、人間の生々しく、奥深いところに迫りつつ性的興奮をあおるものを書くとなると、そうとうな実力が必要で、そこを抑えている作家は読者からも長く愛されます」

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