松田翔太×前田敦子はどう演じる? 映画原作『イニシエーション・ラブ』8年後の文庫解説補足

文芸・カルチャー

2015/5/7

早いもので、『イニシエーションラブ・ラブ』(乾くるみ/文藝春秋)の文庫解説を書いてから、もう8年になる。正直に言うと、まさか140万部を突破するほどのロングセラー、ベストセラーになるとは、失礼ながら思っていなかった。むしろ当時は、ミステリマニアというごく限られた範囲での話題作、けれどその範囲では爆発的な話題作、というふうに捉えていたのだ。だから文庫解説では本書の内容にはほとんど触れず、ミステリ的な仕掛けについてネタばらしにならないようヒントだけ与えることだけに集中したのだが……いやあ、不明を恥じるばかりである。

本書の舞台は、バブル最盛期1986年から87年にかけての静岡及び東京である。ページを開くと目に飛び込んでくるのは、まさにその時代の、あるいはそれより昔の、懐かしいヒット曲のタイトルだ。「揺れるまなざし」「君は1000%」「木綿のハンカチーフ」……それらの曲名を章題として物語は進む。作中にも当時を思わせる風俗がたくさん。ドラマ「男女7人夏物語」や国鉄から名前が変わったばかりのJR、テレホンカード、などなど。

そういった懐かしい小道具を背景に展開されるのは、プリミティブな恋愛模様である。静岡市で暮らす大学生の鈴木は人数合わせのために呼ばれた合コンで、初めてマユに会う。その後、少しずつ接近するふたり。毎週金曜日にデートをして、お互いの好きな本を貸し借りする。鈴木はマユのためにオシャレに気を使うようになり、車の免許を取り、そんな日々に張り合いを感じていた。しかし大学四年生の鈴木はすでに東京の大企業に就職が決まっていた…。ここまでが「A面」と題された、いわば第一部である。

第2部となる「B面」は、大企業への就職を蹴って地元に就職した鈴木が、はからずも東京への出向を命じられる場面で始まる。休みのたびに、矢も盾もたまらず静岡まで車を走らせてマユに会いに帰る鈴木。しかし東京での生活は、鈴木に新しい出会いももたらしていた。果たして鈴木とマユの関係はどうなってしまうのか…。

とても普通の、とてもありふれた、だからこそとても身近な恋愛模様がここにある。ケータイもメールもないスカイプもない時代の遠距離恋愛。でもその中に、実は驚きの仕掛けが隠されている。物語が終わるほんの3ページ前あたりから急激に膨らむ違和感。思わず「えっ?」と声が出たエンディング。

だからこそあのような(どのような、かは文庫をお読みください)解説を書いたわけだが、そこでなおざりにしてしまった本書の内容紹介を、今ここで書けたことは実にありがたい。8年出しそびれた宿題を出した気分だ。それは、ただ当時書き忘れたからというだけの理由ではない。この8年の間に、私の中で本書の評価が大きく変わったせいもある。

きっかけは、本書を紹介する大手サイトに「恋愛小説だが、一部ではミステリーとも言われており」という説明があったことだ。「一部ではミステリーとも」だと!? ミステリとしてしか読んでなかった自分にとって、この一文には蒙を啓かれた思いだった。恋愛小説が先なのか!

そしてようやく気付いたのだ。一部のマニア向けだと思っていた本書がここまでの支持を受けたのは、この身近な恋愛模様ゆえなのだと。恋愛小説として感情移入できるからこそ、あの仕掛けがわかったとき、そこに見えるまったく別の絵に心底驚けるのだと。そしてそこに浮かぶ新しい絵に、初読のときと再読とでは同じ文がまったく異なる意味を持つ驚くべき絵に、もうひとつの別の恋愛小説を見ているのだと。本書は秀逸なミステリである。が、同時に、まぎれもなく恋愛小説だったのだ。ミステリとしてしか読まなかったとは、何とももったいない読み方をしたものである。

本書が映画になると聞いて驚いた人は多い。著者の乾氏がいちばん驚いたろう。あの仕掛けをどう映像化するのか、楽しみで仕方ない。映画を観れば、8年前の自分の「不明」がまたひとつ白日の下に曝されるんだろうなと苦笑いしつつ、それでもスクリーンで彼らに会えるのが待ち遠しい。マユと、鈴木に。特に、鈴木に。

文=大矢博子

イニシエーションラブ・ラブ
(乾くるみ/文藝春秋)